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04 四天王の恐怖

          ◆◆◆


 地上階層の偽装村。

 普段であれば、ダンジョンに挑む冒険者達で賑わっているはずのそこは、今や戦場と化していた。


 その日、突然襲撃してきた魔族はたったの四人。

 しかも人間に化ける事もなく、堂々と正体を顕にしたままで姿を見せた彼等に、たまたま駐屯していた数十人の冒険者は数の有利にかまけて猛然と挑みかかり……成す術なく蹂躙されて、返り討ちとなった。


「ハァ……ハァ……」

 そんな調子に乗った冒険者達が犠牲になっている隙に、この地上階層をマスターであるオルーシェから任されていたシスター・マルマは身を隠し、緊張の汗で全身を濡らしながら襲撃者達の様子をうかがう。


(う、嘘でしょう……なぜ、あの方達が……)

 恐怖で震える自らの体を抱きしめながら、マルマは敵の姿を一人一人、確認していく。

 そして、それらが彼女のよく知る人物達で間違いないと確信したその時、マルマは再び堪えきれない緊張にブルブルと震え出した。


「どうやら、人間の戦士は全滅したようですね」

 頭から黒いローブをまとい、同じく黒いオーラを全身から放って周囲をうかがう、死神を思わせる雰囲気を放つ魔族四天王、『暗澹』のタラスマガ。


「油断は禁物……と言いたいところだが、こうも雑魚ばかりでは話にならんな」

 岩山のような巨体に反し、理知的な物言いで周囲を見回すのは、同じく四天王の『大地』のラグラドム。


「…………」

 扇情的な肢体をきわどい衣装と薄布で包み、無言のまま何かを確認しながら周囲を探っているのは、四天王の紅一点『幻惑』のガウォルタである。


「落ち着け、ガウォルタ。あの方に先行されてしまったのは、我々全員のミスだ」

 どこか焦りを見せていたガウォルタを、そう嗜めた軽装の優男。

 彼こそが、この魔族四天王のリーダー格であり!最強と名高い『天空』のソルヘストだ。


 魔王軍の最高幹部にして、最高戦力である彼等が一堂に集結している目の前の光景に、マルマはひたすら気配を消して嵐が過ぎ去るのを願う事しか出来なかった。

 そんな、石の下にあつまる虫のように小さくなって隠れるマルマに気づいた様子もなく、四天王の面々は会話を続けていたが、ようやく話はまとまったようでダンジョンへ向けて進む的な声が聞こえてくる。

 この場から脅威が去ってくれる事に、マルマはわずかながら安堵の呼気を漏らす。


「君はこの村の管理者かな?」


 次の瞬間、隠れていたマルマの眼前に現れたのは、『天空』のソルヘスト!

 いつの間に捕捉していたのか、彼女を凝視しながら優男の四天王は手を伸ばしてくる!


「ひゃあぁぁぁぁぁぁっ!」

 悲鳴と共に弾かれたように飛び上がったマルマは、何とかその手から逃れようと無我夢中で駆け出す!

(い、いけない……少し漏らしてしまいました……)

 胯間の辺りから太ももにかけての濡れた生ぬるい感触に、わずかな羞恥心とそれに至った恐怖心が彼女の体を突き動かす!

 振り返る事なくひたすら逃走したマルマだったが、しばらくして追っ手が来ないことに気がついた。

 どうやら振り切れたらしい安堵感に、一気に力が抜けた彼女は、そのまま膝からへたり込んでしまう。


「ハァ……ハァ……あっ!」

 呼吸を整えて少し冷静になると同時に、マスターであるオルーシェへ四天王襲来による注意と警戒を呼び掛けねば!との理性が働いた。


「早くマスターに知らせないと……」

「ほう、そのマスターというのは、何者かね?」

「そんな事、このダンジョンのマスターに決まって……」

 そこまで言いかけて、マルマは弾かれたようにして顔をあげる!

 確かに自分は全力で逃げて、数キロほど山谷を駆け抜けたはずだ。

 しかし、現実の彼女は隠れていた場所から数歩も動いていない(・・・・・・・・・)

 挙げ句、四方を四天王に囲まれていて、逃げ場など皆無な状況に追い込まれていた!

 再び下半身を生ぬるい液体が濡らし、マルマは絶望的な気持ちで身震いする。


「……訳がわからないといった表情ですね。なに、たんに貴女はガウォルタの術中にハマっていただけですよ」

 静かに、そして丁寧にタラスマガが声をかけてきた。

 そして、そんな彼の説明にガウォルタは自慢げな表情を浮かべながら、ピースサインをマルマに向ける。


 もはや絶対絶命!

 だが、その窮地が彼女に覚悟を決めさせた!


超・魅了の魔眼(グレートチャーム)!」


 マルマの両目に、ピンク色の妖しい光が宿る!

 以前、ここを襲撃してきた五人衆の一人であるシャヌーブすら虜にした、ハイ・サキュバスの必殺の魔眼!

 性別や種族を問わずに魅了する操り人形にでまきるそれは、おそらく四天王が相手でも通用するかもしれなかった。

 だが!


「……っ!?」

 突然、マルマの視界は暗黒に包まれ、標的の姿を見失う!

 いや、視界だけではない。

 嗅覚、聴覚、そして言葉すら発する事ができなくなり、真っ暗な沼の底に沈んだような恐怖心が彼女を支配する!

「……まぁ、聞こえてはいないでしょうが、私の術を堪能してください」

 一見、なんの異常もなく棒立ちになって震えるマルマに、あらゆる感覚器の自由を奪った『暗澹』のタラスマガはポンと肩に手を置いた。


「さて……彼女はどうしましょう?」

「放っておいていいだろう。何かを聞き出すにしても、今はそんな暇すら惜しい。魔王様を見つけるためにも、早々にダンジョンへ向かうべきだな」

「だったら……こうしようぜ!」

 リーダーであるソルヘストの言葉を受けて、『大地』のラグラドムが天をつくように右足を振りかぶった!


「ぬおぉぉぉぉぉっ!」

 そのまま、気合いの声と共に足を振り下ろすと、爆発したような衝撃と轟音が響き、凄まじい土煙が舞い上がる!

 しばらくして、それらが風に払われた時……村の建物などを半壊させ、巨大なクレーターと化したその中心に四天王達は佇んでいた。

 ただの踏みつけ(スタンプ)の一撃で、爆発魔法を越える威力を見せつけたラグラドムの実力は恐ろしい!

 しかし、なにやら「あれ……?」といった表情で首を傾げる彼の姿に、仲間達は何かピンときたようだった。


「……お前、もしかして『今の一撃でダンジョンの天井をぶち抜いて、格好よく乗り込んでやろう』なんて考えたのか?」

 図星を突かれ、想定通りにいかなかったラグラドムが、カアッと頬を赤く染める。

 思わず羞恥に両手で顔を隠す巨体の戦士の肩を、ガウォルタがポンポンと叩いた。


「……まぁ、天然のダンジョンだったら、うまくいっていたと思うぞ」

「……そうですね。逆に考えれば、ここのダンジョンはかなり高レベルなコアによって形成されているという、我々の読みが当たっていた証明でしょう」

 遠回しに、ラグラドムの行動は無駄じゃなかったね!と励ましつつ、気を取り直した彼等はいよいよダンジョン攻略へと動き出す。


「さあ、いくぞ!早く魔王様に追い付かねば!」

 ソルヘストの言葉に、気合いのこもった声で応えた魔族の最高戦力達は、目指すべきダンジョンの入り口に向かって、半壊した村を後にした。


           ◆


 ──四天王が村を立ち去って、しばらくした頃。

 クレーター状に陥没した大地の一角から、弱々しい動きで這い出て来る姿があった。


 ラグラドムの『踏みつけ』で起こった爆発に巻き込まれながらも、かろうじて生き残る事ができたマルマである!

 爆風のせいで、ボロボロになった修道服姿を日の元にさらした彼女は荒い呼吸で胸元を上下させながら、ごろりと地面に転がった。


(早く……マスターに、伝えなくては……)

 今やダンジョンモンスターの一種といえる彼女にとって、主へピンチが迫っている事を報告する事は、何よりも優先される。

 しかし……。


(あ……だめ……目が……)

 ダメージからの回復を図るためか、強制的とも言える睡魔に教われていた。

(……申し訳ありません、マスター)

 まるで底無し沼に沈むように薄れ行く意識の中、彼女は虚空に向かってすがるように手を伸ばす。


「逃げ……マスタ……」

 懇願とも祈りとも取れる小さな呟きを漏らし、マルマの腕が力なく落ちたのと同じタイミングで、彼女の意識の糸は完全にプツリと切れてしまった。


          ◆◆◆


「魔王……四天王」

「フフフ……さすがに無礼なお主でも、言葉も出ないようじゃな」

 驚きに愕然としている俺達を眺め、ティアルメルティは勝ち誇ったように笑う。

 だが、ちょっと待ってほしい。


「あの……四天王(そいつら)って、どんだけすごいんだ?」

「はぁ?」

 俺の質問に、ティアルメルティはおろか、オルーシェまでキョトンとしている。

 なんだよ……俺、そんなに変な事を聞いたか?


「お主……いくらなんでも、それは物を知らなさすぎではないか?」

「うん……ちょっと勉強不足」

 二人の少女にため息を吐かれ、なんだか居たたまれない気持ちになってくる。

 でも、しょうがないじゃん……俺が生きてた頃には、この世界に魔族なんて居なかったんだし……。


 そんな風に謂われない低評価をされている所に、先程のダンジョン全体に響いた衝撃に驚いたレオパルト達が駆けつけて来た。

 一体、何事かと慌てる彼等に、どうやら魔族の四天王とかいう連中が攻めてきたらしい事を告げる。

 だが、俺の言葉を聞いた連中の顔色が、サアッ……と血の気の引いた物へと変わっていく。

 な、なんだ?

 こいつらの、こんな反応見たことないぜ?


「ヤ、ヤバいぞダルアス……」

「ええ……四天王が相手では、分が悪すぎるわ」

 俺よりは、はるかに長いこと魔族と戦い続けていた、こいつらの言葉には重みがある。

 しかし、四天王だ何だとのたまった所で、俺達はすぐ下の五人衆には楽に勝ててるんだから、こっちも本気を出せば対抗できるんじゃないのか?

 そう告げた俺の顔を、レオパルト達は「正気ですか!?」と言わんばかりに見つめ、次いで肩をすくめた。


「そうだな……この前の五人衆を、Aの下クラスの冒険者に匹敵する強さだとすると、四天王は……甘く見積もって、Sクラスの上!」

「それも、一人一人がね」

「え、Sクラスぅ!?」

 Sクラス冒険者……それは、俺達の時代においても数人しか現れた事のない、最上級の強者にのみ与えられる栄光。

 そんな連中からすれば、俺達のような『二つ名持ち』ですら霞んでしまうほど、全てにおいて桁違いの連中だった。


「俺もエマリエートも、何度か四天王を戦場で見たことがあるが……」

「うん……私達じゃ勝てないわね」

 冒険者は、己の生死に直結する職業だ。

 それだけに、相手の力量を測る目は生命線とも言えるだろう。

 俺に匹敵するこいつらの目利きを持ってして、そういった結論が出たのだとしたら……間違いなく、勝てないんだろうな。


「……ふふん、なかなか見る目のある奴もいるではないか」

 現状をまえにして暗くなった俺達とは対照的に、勝ち誇ったようなドヤ顔でティアルメルティが、その平べったい胸を張って見せる。

 しかし、そんな彼女にレオパルトやエマリエートは今更ながら首を傾げた。


「なぁ……誰なんだ、この小娘は?」

「聞いて驚け。なんでもこのティアルメルティさまは、恐るべき魔王様だ」

「……はぁ?」

 目の前の、愛くるしい美少女が魔王。

 そう言われたエルフとドワーフの戦士達は、もう一度ティアルメルティを凝視した!

 そして、彼等の口をついて出た言葉は……。


「んな訳ねーだろ!」

 といった、至極まっとうな物であった。

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