03 ダンジョンのルール
「コア、何があったの!?」
突然の衝撃の正体を確認すべく、オルーシェがダンジョン・コアに状況の説明を求める。
『どうやら、地上階層において戦闘が勃発している模様です』
「なんだとっ!」
思わぬダンジョン・コアからの答えに、俺達はギョッとしながら顔を見合わせた。
地上階層は普通の村に偽装してあるというのに、どこの馬鹿が暴れてやがるんだ!?
いや、それ以前に地上での戦闘の余波がこの最深部にまで届くっていうのはどういう訳なのか!
「マルマとの連絡は?」
『……ダメですね。交戦中なのか、それとも……』
地上階層を任せてあるマルマが応答できないって事は、かなりの異常事態って事だな……。
魔族五人衆の一人を相手にしても、ひけを取らなかったあいつが手一杯かもしれない襲撃者とは、何者なんだ……。
緊張の走る俺とオルーシェだったが、そんな空気をまったく読んでいないようなティアルメルティの声が割って入ってきた。
「お、おい!今の声は何者じゃ?」
「は?何者って……?」
「今の、『コア』とか呼ばれておった者の事じゃ!なにやら、そこの小娘に従っておるようだったが、お主以外にも意思のあるダンジョンモンスターがいるのか?」
まぁ、マルマはその類いではあるけれど、それを説明している暇もなければ義理もないな。
「あー、まぁそんな所……」
『はじめまして、お嬢さん。私はマスターオルーシェに仕える、このダンジョンのコアであります』
面倒なので適当に誤魔化そうとした時、ダンジョン・コアのやつが自らティアルメルティに対して挨拶をしやがった!
おおい!この非常時に、小娘の好奇心に付き合ってられないぞ!?
しかし、そんな俺とは違う様子でオルーシェはティアルメルティの方を凝視する。
え、どうしたの?
「コア……あなたが、私に許可を取る前に対応しようとするって事は……」
『ええ、間違いありません。マスターの安全のために魔法の使用は禁じたままにしていますが、彼女の魔力パターンは青……人間に偽装していますが、確実に魔族です!』
「なっ!?」
ティアルメルティが……魔族!?
それじゃあ、まさか……こいつの言っていた戯言は……。
「というか、余はただの魔族ではない!魔王だと言っておったろうが!」
うっかり言葉を漏らしたくせに、ふんぞり返って彼女は胸を張る!
っていうか、ちょっと待て!
「百歩譲って、こいつが魔族だっていうのはいい。だが本当に……この非力な小娘が、魔王だっていうのか?」
「だ、誰が非力な小娘じゃ!無礼者!」
またもティアルメルティは腕をグルグルと回しながら襲いかかってくるが、頭を押さえられた彼女の拳が俺に届く事はない。
うーん、この懲りない奴がなぁ……。
なにやら、上の襲撃者が脅威に感じられなくなってきた気がするぞ。
「ハァハァ……きょ、今日はこのくらいで勘弁してやろう……」
お約束な台詞を吐きながら、ティアルメルティはガクリと膝をついて荒い呼吸を繰り返す。
『彼女が魔王かどうかは判別しかねますが、相当の魔力の持ち主である事は間違いありません。おそらく、前回侵入してきた五人衆の数倍はあるかと』
「な、なにぃ!」
マジか!?
このうずくまってゲロを吐きそうになってる少女に、そんな魔力が!?
驚愕する俺達を見上げるように青い顔を上げたティアルメルティは、口の端にニヤリとした笑みを浮かべた。
「フッ……なかなか正確な見立てよ。しかし、まさかこのダンジョンが『知性ある核』によって構築されておったとはな……道理で、余の魔法も封じられてしまう訳じゃ」
どうやら回復したのか、ティアルメルティはユラリと立ち上がると、まるで何事もなかったかのように優雅にポーズを決めた。
しかし……俺はその手の専門家ではないから欲望わからんのだが、ダンジョン・コアに知性の有る無しで、そんなに変わる物なのか?
ちょっと気になったので、隣のオルーシェにこっそり尋ねてみると、「しょうがないなぁ♥」といった感じで彼女は教えてくれた。
「そもそも、ダンジョン・コアによって構築されたダンジョンは、ある種の結界に近い。その中で、モンスターやアイテム、さらにはトラップなんかを生み出して侵入者を糧にしながら成長していくの」
「おう、そこまでの基本的な事は知ってる」
「よろしい」
まるで、教師然として頷くオルーシェ。
なんだか、ちょっと楽しくなって来てないか?
そんな俺の思いを視線から感じたのか、彼女はコホンとひとつ咳払いをすると、話を続けた。
「そんなダンジョンだけど、コアが意思を持っている場合、内部に適用されるルールへの強制力が段違いに強くなる」
「そんなに違うものか……?」
生前、冒険者をやっていた時に、ダンジョンの攻略なんかもいくつかやっていたが、そこまでの違いは感じなかったけどなぁ。
「そういう物だと割りきっていれば、そこまで気になるものでもないかもしれない。でも、知っている者からすれば、雲泥の差」
オルーシェの説明に対して、ティアルメルティも大きく頷いていた。
なんだか、この中で俺が一番物を知らないっぽくて、ちょっと悲しくなってくる。
「莫大な力があっても絶対に覆す事のできないルールを課す『意思あり核』のダンジョン……それの内部はある意味で、異世界に近い。だから、魔王であれなんであれ『魔法が使えなくなる』というルールの階層では、魔法は使えないの」
なるほどなぁ……。
そこまで強制力に違いがあるとは、知らなかったぜ。
一時期は俺がマスターだったけど、すごかったんだな、ダンジョン・コアの奴。
『まぁ、ダルアス様がマスターだった時は、宝の持ち腐れでしたけどね』
「ハハハ、こやつめ!ぬかしよるわ!」
現状、俺がコアに手出しできない事はわかっていて憎まれ口を叩いてきやがる。
まったく、誰に似たんだか!
「しかし、意思のあるダンジョン・コア……そして凄腕のガーディアンであるダルアス……。これは思わぬ収穫よのぅ……気に入ったぞ!」
そんな俺達のやり取りを、いままでおとなしく眺めていたティアルメルティだったが、ブツブツと呟きながらスッと何か決意したように顔を上げる。
「これは是が非でも、余の物にさせてもらわねばな!」
「っ!?」
彼女の放った言葉に、オルーシェの表情がサッと変わった!
その物言い……まさか、こいつの狙いは!
「あなた……このダンジョンを乗っ取りに来たのね!」
「その通りじゃ!」
オルーシェの言葉に、ティアルメルティは悪びれた様子もなく大きく頷いた!
「はじめは、手頃な侵攻拠点を手に入れる程度じゃったがな。だが、余の……魔族の悲願のために、このダンジョンはもらい受ける!」
魔族の……悲願?
なんの事かよくわからんが、あまり人間界にとっては良くない事のような気がするな。
っていうか、なんで俺までセットになってるんだよ!
しかし、そんなティアルメルティの宣言に対して、マスターであるオルーシェはキッパリと拒否を示した!
「渡さない……ダルアスもダンジョンも!」
むぅ……ダンジョンより先に、俺の名前が出された事がちょっと嬉しい。
やはり、家族として慕ってもらえてるのだろうか。
だが、そんなオルーシェの気迫のこもった態度を前にしても、ティアルメルティは余裕をもって腕組みなんぞしている。
「気炎を吐くのは結構じゃがな……それで現実が覆せる訳ではないぞ」
「……どういう事?」
「ふっふっふっ……今、地上にて暴れ、このダンジョンを目指して来ている者達が何者か……わかるか?」
もったいぶるようなティアルメルティの言葉に、俺達は少し考えて……そしてハッとなった!
そうだよ、魔族の幹部である五人衆を倒したんだから、来るとしたらそいつらよりも上位の存在……。
「察したようじゃな」
俺達の顔を見ながら、ティアルメルティは再び嗤う。
「そう!余の配下の中でも、最強にして最高の者達!すなわち、魔王四天王のお出ましじゃ!」




