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08 決着、五人衆

 ボルレアーズの手から放たれた魔力が、骸骨兵体(スケルトンボディ)の俺を包み込む!

 それはさながら、夏の川辺を走っていて蚊柱へと突っ込んでしまった時のようにっ!


「ぐわあぁぁぁぁっ!」

「フハハハハ!最強の迷宮守護者も、私の操り人形となるのだぁ!」


「があぁぁぁぁぁぁっ!」

「ククク、抵抗など無意味よ!」


「ぬあぁぁぁぁぁぁっ!」

「………………」


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

「ちょっと待てぇ、お前えぇ!」

 ん?なんだ?

 こっちは、お前の魔力に抵抗するのに忙しいんだが?


「いや、なんで貴様はさっさと支配下に入らんのだ!」

「そりゃあ……頑張って抵抗してるから……?」

「そもそも抵抗とか、無理なんだよ!あれは魔力に包まれたアンデッドの支配権を、強制的に奪うための魔法なんだからな!」

 ほぅ、そんな魔法もあるのか。

 生前もあまり死霊使いとは接点が無かったし、あいつら矢鱈と口が固いというか秘密主義者だから、あんまりそっち系には詳しくないんだよね。


「例えそれが竜種のアンデッドだったとしても、支配権は奪えるはずなのに……こいつ、おかしい……」

 なんか自信をなくしたのか、ボルレアーズは項垂れながらぶつぶつと呟いていた。

 うーん、そんなにすごい死霊魔法が使えるはずなのに、今の俺には通用しないのか……もしかして、骸骨兵になっても自我を保ち続けている俺の精神力がすごいのでは?

 そんな風に、密かに自画自賛していた所に、その声は響き渡った!


『無駄だよ、魔族の死霊魔術師』


 突然の呼び掛け……このダンジョンのマスター、オルーシェの声に自分の世界に入りかけていたボルレアーズは、ビクリとしながら現実に引き戻された。


「な、なんだお前は!」

『なんだお前はってか?そうです、私がダンジョンマスターです!』

「ダンジョン……マスター……?」

 おそらくは、老練な魔術師がマスターをやっているとでも思っていたのだろう。

 だが、それよりも遥かに年若い声に、少し面食らっているようだ。

 しかし、そんなボルレアーズに構わず、オルーシェはマイペースに話を進める。


『ダルアスを操ろうとしているようだけど、それは無理』

「なんだとっ!」

 死霊魔術師としてのプライドがあるのか、ボルレアーズは露骨にオルーシェの言葉に反応した。

「無理とはどういう事だ!まさか、お前が私以上の死霊魔法の使い手だとでも言うつもりかっ!」

『私は死霊魔術師じゃない。でも、ダルアスを操れない理由は簡単』

 そうなの?

 俺もなんで奴の魔法が効かなかった知りたい所だし、今後のためにも理由が有るなら是非聞きたい。


『そう……それは『絆』』

「は?」

 オルーシェの言葉に、ボルレアーズはポカンと口を開けて間抜けな声を漏らした。

『私とダルアスの間には、強い絆がある。だから、彼を私から奪うなんて無』

 顔は見えないけれど、すごいドヤっとした顔でふんぞり返るオルーシェの姿が見えた気がした。

 俺が言うのもなんだけど、そんな抽象的な理由でいいのか?


「そ、そんな理由で納得ができるかっ!第一、絆とはいってもどれだけの固い主従関係だというんだ!」

『主従じゃない』

「なにっ?」

『私とダルアスは……夫婦(かぞく)だから」』

 その言葉に、再びボルレアーズはポカンと口を開け、俺は感動の涙が溢れて来るのを感じた。


 家族……ずいぶんと打ち解け、懐いてくれているとは思っていたが、俺の事をそこまで受け入れてくれていたとは!

 生前は天涯孤独の身の上だっただけに、オルーシェの思いが心に染みる!

 そうだな、オルーシェ……俺達は親子(かぞく)だ!

 なんなら、そのうち「パパ」って呼んでいいぞ!「お父さん」も捨てがたいな!

「な、なんなのだ、お前らは……その程度の関係性で、私の死霊魔法を無効化するとはあり得ないというのに……」

 骸骨兵の身でありながら、ドバドバと涙を流す俺を気持ち悪そうに見ながらボルレアーズは後退りする。

 おいおい、失礼な事を言ってくれるな。


「フッ……どうやら魔族は、独り者が家族を得たら無敵になるという、人の世の常識を知らんようだな」

「な、なんだと!そんな事が……!?」

 俺も以前はそんな馬鹿なと思っていたがな……しかし、今ならわかる。

 遊び好きで飲兵衛だった知り合いの冒険者が、家庭を持って子供が生まれた途端に、まっすぐ家に帰るようになった奴の気持ちがっ!

 そして、そんな家族を想う気持ちは、死霊魔法なんかに負けないっ!


「くっ!ならば、これだ!」

 俺を操る事を断念したボルレアーズは、素早く詠唱をして別の魔法を発動させる。

死霊兵創造(アンデッドクリエイト)!」

 力あるボルレアーズの言葉が響くと同時に、奴の周囲の空間に黒い染みのような物が無数に浮かび上がった!

 それはやがて、苦痛や怨嗟の表情に歪み、苦しげな声を漏らす人型のゴーストへと変わっていく!


「ククク……このダンジョンには、恨みや無念を残して死んだ人間達の魂が、無数に漂っているからなぁ。なかなかのゴーストが作り出せたわ!」

 ダンジョンが吸収するのは死亡した肉体であって、魂に関してはこちらで束縛でもしない限りは、勝手に天に還っていく物だったはず。

 にも関わらず、これだけダンジョン内に彷徨っているという事は、チャレンジに失敗した冒険者達の業という物だろう。

「普通なら、アンデッドにアンデッドをぶつけても意味がない……しかし、自意識を持つお前になら、精神を攻撃するゴーストは有効なはずだ!」

 むぅ、さすが死霊魔術のエキスパート。

 アンデッドの事がよくわかっているようだ。

 しかし。


「我流『連牙』!」


 剣を抜き放ち、流れるように繰り出した俺の剣閃が召喚されたばかりのゴースト達をあっという間に切り裂いて消滅させる!

「なっ!」

 あまりにも一瞬なその出来事に、ボルレアーズは驚愕の声をあげるが、この結果は当然だ。

 元々、ゴーストなんて普通の剣なら苦労するがちょっと魔法を付与してやれば、簡単に倒せるような存在だしな。

 魔剣を持ち、歴戦の冒険者だった俺からすれば、蚊を追っ払う程度の労力に過ぎない。……いや、蚊を追っ払う方が難しいかも?

 おっと、そんな事よりボルレアーズだな。

 横道に入りかけた思考を再び死霊魔術師に向けて、俺は剣の切っ先を突きつけた。


「で、どうする?まだ奥の手があるなら、さっさと出した方がいいぞ?」

「ぐ……ぬぬぅ……」

 ギリギリと歯を食い縛るその様子から、もしかしたら本当にもう打つ手無しなのでは……と、俺の方が心配になってきた。

「くっ、くそう……死体さえあれば……」

 まぁ、ダンジョン内に死体は残らないからな。

 アンデッドを作る素材が無いんだから、考えてみれば最初から死霊魔術師(ボルレアーズ)にとっては詰んでる状況だったのかもしれん。

 よし!ならば、一思いに斬り捨てて(介錯)やろうかな!

 そんな事を思った時、ボルレアーズが小さく肩を揺らして笑い声を漏らしはじめた。

 え、なに……壊れちゃったの?


「なるほど、大したダンジョンだ……ライゼンが攻略に失敗したのも頷ける」

 何かを悟ったように、死霊魔術師は顔をあげた。

「こうなれば、せめてお前だけでも道連れにしてくれるわ!」

 ボルレアーズは、凶悪な笑みと共に大きく吼えると、再びさ迷うゴーストを使役する!

 だが、奴は呼び出したゴースト達を自らの体に取り込み始めた!

 そうしてゴーストを取り込む度に、ボルレアーズの体は大きくなっていくが、同時に生気が失われていく!


「ク……ククク……これぞ、死霊魔術の奥義!我が肉体を依り代として、最強のアンデッドと生成する!」

「なっ……!だ、だがそんな真似をしたら……」

「無論、私はもう元には戻れん……だが、この強大な力で、お前を潰し、マスターを殺して、必ずこのダンジョンは我々がいただく!」

 不退転の覚悟を見せるボルレアーズ。

 そうかよ……そこまで本気を見せられちまったら、俺も全力でいくしかねぇな!


「俺も本気を見せるぜ、ボルレアーズ」

 そう言って、左手に嵌めてある指輪を発動させると俺の体が光を放ち、骸骨兵の体から生前の肉体へと戻っていく!

「なんだとっ!死者蘇生か!?」

「一時的な物だから、それとはちょっと違うな……だが、これが俺の本当の全力だ!」

 現代の冒険者達とは違う、歴戦の風格を纏う俺の姿に、わずかながら奴も戸惑ったようだ。

 しかし、すぐに気合いの入った表情に戻ると、巨大化した肉体を奮い立たせて俺を睨み付ける!


「面白い!生き返ったというなら、また死をくれてやる!」

「お前の方こそ、取り込んだ死霊達と一緒に天に還してやるよ!」

 猛然と攻め立ててくるボルレアーズに対し、俺はカウンター気味の一閃で深々と斬り付けた!

 だが、アンデッド化しているボルレアーズは、かなりの深手ながらも全く躊躇すること無く攻めて来る!

 こいつ、もしかして痛覚が無くなってるのか!?


「どれだけ傷つけようとも、無駄な事よ!私の意識が消えるまで、絶対に止まらんぞ!」

「だったら、無理やりにでも止めてやるよ!」

 おそらく、アンデッド化してダメージを負わないだけで、傷口が再生する訳じゃないだろう。

 なら、これで決める!

 俺は全身の魔力を迸らせ、身体能力を一気に高めた!

 そして放つ、必殺の一撃!


「我流剣『昇り龍』!」


 キンッ!と空気を裂く音と共に、ボルレアーズの尻から頭にかけて一直線に走る!

 そして、「あ?」と間抜けな声を漏らした奴の体が、下から線にそって裂け始めた!

「あ……ががっ!」

 悲鳴らしい悲鳴すらあげる事はできず、真っ二つに両断されたボルレアーズの体が、音を立てて地面へと倒れ込んだ!


「ば、ばがな……この私がぁ……」

 げ、まだ生きてる。

 それどころか、肉体を再びくっつけようとして、裂けた体同士が手を伸ばそうとしていた。

 俺はそっ……っと片方の半身を掴むと、そのまま部屋の端へと放り投げる!

 面倒くさいし、再生なんかさせるかよ!

「お、おのれぇ……」

 恨みがましい目付きで、俺を睨むボルレアーズ。

 だが、そんな奴の口元に笑みが浮かんだ。


「無念ではあるが……私の敗北は認めよう。だが……分断された他の五人衆が、必ずお前らを殺すだろう!」

 予言めいた強い口調で、ボルレアーズは断言する。

「精々、震えて待つのだな!フハハハっ!」

「期待に添えられなくて、悪いな」

「っ!?」

 突然、横から入ってきた俺達以外の声に、ボルレアーズの目がそちらなに向けられた。

 そして、信じられないといった様子で大きく見開かれる!


「よう、ダルアス。こっちは片付いたぞ」

「同じく。なかなか歯応えはあったわね」

 部屋に入って歩いて来たのは、オルーシェが与えた別のフロアで、分断した五人衆を相手にしていたレオパルトとエマリエートだった。

 さらに、二人が引きずっているのは、すでに事切れたらしい、五人衆の……なんだっけ?

「ブルガ……リエーンス……」

 そうそう!そんな名前だった奴等!

 スッキリした俺とは裏腹に、ボルレアーズはいまだに信じられないといった顔をしていた。


「ば、馬鹿な……猛獣以上の獰猛さと速さを持ったブルガと、相手の武器や鎧を容易く破壊するリエーンスが……」

「はっ!エルフにとって獣を狩るなんてのは、日常茶飯事だぞ?」

「それに、私の武具はこんな奴に破壊されるほど、ヤワじゃないのよ」

「ぐ……ぬぬぅ……」

 余裕の態度を見せるレオパルト達に、ギリギリと歯ぎしりするボルレアーズだったが、この場にいないもう一人の五人衆に気づいてハッとなった!


「……そうだ、まだシャヌーブがいる!あいつなら、お前らを皆殺しにするのも容易い!」

『残念だけど、それも無理』

「なんだとっ!」

『現在の、マルマと魔族の様子だけど、音声だけ届いてる』

 繋ぐねとオルーシェが言った次の瞬間、この部屋中に二人の女の声が響いた!


『アハハハッ!どうしたんですか、シャヌーブ様ぁ!こんな所を責められて、すごく良さそうじゃないですかぁ!』

『あっ❤️あっ❤️だ、ダメぇぇっ❤️こ、こんなの、無理ぃぃ❤️』

『そんな事を言ってもダメですよぉ、本番はこれからですからねぇ!』

『んんっ❤️あ、あっ、らめぇぇぇっ❤️』


 そこで、音声はブツリと途切れた。

 ……マルマの野郎、マジで何やってんだよ。


 場にそぐわない醜態の音声のせいで、呆れかえった雰囲気が室内を包む中、ボルレアーズの体がボロボロと崩れ始めた。

 いよいよ、最後のようだな。

「我々、五人衆がこんな……申し訳ありません……魔王様……」

 そう最後に無念の言葉を言い残し、ボルレアーズをはじめとしと五人衆の遺体がダンジョンに吸収されて消えていった。

 上でマルマに絞られてるシャヌーブも、やがて同じ末路を辿るだろう。


「ひとまずは、一件落着って所かな……」

 指輪の力を解除して、骸骨兵の姿に戻ると、俺は大きく息を吐いた。

 そうして一息ついていたのだが、レオパルト達は少し厳しい表情で問題はこれからだと諭してくる。


「次はおそらく、魔族最強の四天王が乗り込んで来るだろうしな」

五人衆(こいつら)みたいに、簡単にはいかないだろうね」

 この二人の言う、四天王……そんなにヤバい連中なのだろうか。

「少なくとも、私達の時代のA級に匹敵すると考えて間違いないね」

 マジか……そりゃ、手強いな!


「まぁ、詳しい情報はマルマから聞き出すとするか……オルーシェ、あいつらの様子はどうなってる?」

『第二ラウンドに突入したみたい』

 おおう……何をやってるんだ、あのドスケベサキュバスは。

 いや、サキュバスがドスケベなのは当たり前か……?


 仕方なく、俺達はマルマの戦い(?)が終わるのを待つことにする。

 だが、決着がついたのはそれから数時間後……実に、二十三ラウンドが経過してからであった……。

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