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07 四人の五人衆

            ◆◆◆


「ちいぃっ!」

 突然の落とし穴にかかり、滑り落ちて行きながらブルガは舌打ちをした!

 ただ落下するだけではなく、まるで長い滑り台に乗せられたような状況は、殺傷よりも分断を狙ったためだろう。

 しかし、なぜわざわざ敵がそんな事をしたのかが理解できない。

 素直に落とせば、死にはしないまでも大ダメージは与えられたかもしれないと言うのに。

 そんな考えに気を取られていた時、急に滑り台の通路が途切れ、ブルガの体は空中に投げ出された!


「くっ!」

 身を翻し、空中で体制を整えたブルガは、危なげなく着地を果たす。

 しかし、一息ついた彼は周囲に広がる風景を見た瞬間に、絶句した。


「なんだ……森?」

 ブルガの眼前に広がっていたのは、鬱蒼と繁る広大な森の入り口。

 一瞬、外に放り出されたのかとも思ったが、よく見れば高いとはいえ天井があり、左右も遠くに壁が見える所からダンジョン内である事は間違いないようだ。

 だが、地下にこれだけの森を再現させるには、どれ程の魔力とダンジョンを構築する能力が必要なのか……ブルガは、改めて只者ではないであろう、ダンジョンマスターへの警戒を強めていた。


 そんな、一瞬の隙を見せた彼目掛けて、一本の矢が飛来する!

 しかし、それを軽々と受け止めたブルガは、射手へ見せつけるようにへし折った!

「こんな不意打ちなど、俺には通じんぞ!」

「見事だな、魔王軍五人衆の一人『魔獣』ブルガ」

 パチパチと心にもない拍手をしながら、森の中から姿を現した人物に、ブルガの目が細められた。


「エルフ……だと?」

「俺の名はレオパルト。ああ、握手は無しな」

 場にそぐわない明るい雰囲気で名乗ったエルフに、ブルガの警戒感はさらに高まる。

 冒険者同士がダンジョン内で出会うならともかく、こんなダンジョンの特殊なフロアで待ち伏せるように遭遇するパターンは偶然ではあり得ない。

 しかも、向こうはこちらの素性を知っているのだ。

「貴様……ダンジョンモンスターの一種か?」

「れっきとした生身のエルフだよ。まぁ、警戒している通り、敵ではあるがな」

 ムッとしたようなエルフが言う、敵であるという言葉……それに反応したブルガの表情が、威嚇するような凄惨な笑みへと変わる。


「ククク……馬鹿正直な事だ。だが、不意打ちが通じなかった以上、貴様の勝機は失われたぞ!」

「不意打ち?ただの挨拶だろ」

 あれで死なれたら、こっちが拍子抜けだと嘯きながら、流れるような無駄の無い動きで次の矢を構えるレオパルト。

 そして、人間の姿の偽装を解いて本来の姿へと変化してくブルガ。

 二人の手練れは、互いのわずかな動きも見落とさぬよう、張りつめた緊張感の中で対峙した。


            ◆◆◆


「ぬうっ!」

 落とし穴にまんまと引っ掛かってしまったリエーンスは、投げ出されたと同時に地面を転がりながら、ダメージを分散させて体制を整える。

 剣の柄に手を添えながら辺りを見回し、怪訝そうな表情を浮かべた。

「ここは……なんだ、工房?」

 広い部屋の中に、整然と並べられた大量の武具に眉をひそめながら、リエーンスは呟く。

「まぁ、当たらずとも遠からず……といった所かしら」

 すると、その呟きに対して反応する声が届いた!


「っ!?」

 リエーンスが声のした方へ視線を向けると、そこには武器に囲まれて座る一人の女性が、こちらを値踏みするように目で彼を眺めていた。

「ガキ……いや、ドワーフか?」

 一瞬、その身長から人間の子供かと思ったリエーンスであったが、細かい特徴を観察すればそれが人間でない事はわかる。

 待ち構えていた女に搭載された筋肉や、醸し出す歴戦のオーラは長い年月をかけてようやく纏えるような物だ。

 そんなドワーフの女性、エマリエートを前にしてリエーンスは唇の端を歪めた。


「ドワーフの中には、製作物の材料を入手するためにダンジョンに居を構える奇行種がいると聞くが、お前もその類いか?」

「奇行種とは随分な言われようね……まぁ、変わり者ではあるけれど」

 肩をすくめるドワーフの女性は、しかし次の瞬間には刺すような視線でリエーンスを見据えた。


「ようこそ、魔王五人衆の一人『狂剣』のリエーンス」

「ほぅ……その口振りだと、俺の事をよく知っているようだな」

「ええ、もちろん。敵の盾を斬り、鎧を断ち、相手の武器さえ破壊する、狂気の剣士リエーンス。純粋な剣の腕なら、五人衆筆頭のライゼンに勝るとも劣らないとか」

 ライゼンにひけをとらないと言われた時、リエーンスの表情に微妙な優越感のようなものが浮かぶ。

 そして、それを裏付けるようの言葉をエマリエートに投げ掛けた。


「随分と詳しく、我々の事を学んでいるようだな。その勤勉さに免じて、ダンジョンマスターの所へ案内するなら、命は助けてやろう」

 だが、そんな彼の提案をエマリエートへ鼻で笑う。

「冗談でしょう。敵を前にして戦わずして降伏なんて、逃走するよりあり得ないわ」

 その返しに、リエーンスはわずかな違和感を覚えた。

 今まで戦ったドワーフの戦士達ならば、その命が失われるまで戦う者も多かった。

 しかし、目の前のドワーフの女は逃走する事も厭わないニュアンスで話している。


「女……お前は、戦士ではないようだな」

「そうね、戦士というよりは冒険者といった類いよ」

「冒険者……なるほどな」

 エマリエートの言葉に、リエーンスも合点がいったとばからに頷いている。

 それならば、その柔軟さも変人っぷりも納得できるというものだからだ。

「だが、俺と戦うというなら覚悟しろ。俺は今までに、ドワーフ(お前ら)が作った数多くの武具を破壊してきたのだからな!」

「未熟な若輩者の作った武具しか相手にしてこなかったようだけど、大した自信じゃないの。なら、見せてあげるわ……熟練した古匠の業というものを、ね」

 魔族としての本性を現し始めたリエーンスを前にして、エマリエートは不敵な笑みを浮かべた。


            ◆◆◆


 落ちていく途中、何かしらの魔方陣に触れた魔王五人衆の紅一点であるシャヌーブは、自身がどこかに転移させられた事を知った。

 どうやら何処かの屋内らしい場所に跳ばされたようだが、何か見覚えがあるような気がして警戒は解かずに周囲を観察する。

「ようこそ、こんな夜更けにも関わらず、私の教会へ」

 不意に声をかけられ、身を翻してそちらの方向へ視線を移すと、夜の闇から滲み出るように一人の修道服姿の女性が姿を現す。

「貴女……たしか、シスターマルマ……」

 オルアス大迷宮に挑む者が必ず立ち寄る、最寄りの村。

 そこの代表を務めていたのが、目の前にいるシスターだ。


(つまり……私だけ地上に放り出された訳ね……)

 落とし穴から転移のトラップコンボとはさすがに想定していなかったが、下手に危険な場所に跳ばされなくて幸いだったのかもしれない。

 そんな考えがシャヌーブの頭を過った瞬間、マルマがニタリと笑う。

 それは、常に慈母のごとき笑みを浮かべたいつもの彼女からは想像もできないくらい、粘着質で淫らな欲望が透けて見えるほどのネットリとした微笑み。

 村に入った時に、顔を合わせた程度の付き合いしかないが、それでもこの印象の変化にシャヌーブですらギョッとさせられてしまった。


「安心するのはまだ早いですよ、魔王五人衆の(・・・・・・)シャヌーブ様(・・・・・・)?」

 自身の正体を言い当てられ、マルマが敵だと判断したシャヌーブは即座に人間に偽装していた変化を解除して、魔族の姿へと戻る!

 それと同時に、強い毒性を持つ腐食性の霧を発生させると、それをマルマに向けて放った!

 避ける間もなく毒霧に包まれたマルマの服がドロドロに溶けていき、見た目にそぐわぬ派手な下着のみの姿となったシスターに、シャヌーブは尋問するように問い掛ける。


「その溶けた服のようになりたくなかったら、動かない事ね」

「あらあら……さすがは五人衆きっての毒使い……『毒華』の異名を持つシャヌーブ様ですね」

 この期に及んで笑みを浮かべるマルマに対し、シャヌーブは警戒を強めながら更なる質問を重ねた。

「どうやら私達の事に随分と詳しいようだけれど、貴女はいったい何者なのかしら?」

「そうですね……かつて、五人衆の下部組織である十勇士に魔王軍を追放された者がいた事はご存知ですか?」

「……聞いた事はあるわね」

 たしか、同僚へのセクハラや数々の変態行為により、追い出された奴がいたと記憶している。


「もしかして、そいつがこの村にたどり着いから、捕らえて色々と聞き出した……といった所?」

「いいえ……。捕らえるもなにも……その追放されたというのが、私ですから」

「はぁ?」

 思わず間抜けな声を漏らしてしまうシャヌーブ。

 それもそのはずで、追い出されたのはむさ苦しい男であったからだ。

 眼前の美女には、一ミリたりともの面影などありはしない。


「訳のわからない事を言って、時間を稼ごうというなら無駄な事よ!」

「本当の話ですよ……我が偉大なマスター、オルーシェ様の力でこの身体へと生まれ変わったんです」

「なっ!」

 驚愕するシャヌーブの目の前で、マルマの溶けた服が彼女の身体を這い上がるようにして纏わりついていく!

 それは、グラマラスなマルマの肢体を強調するみたいに、ピッタリと張り付く淫靡なコスチュームへと変わり、それに伴ってマルマはその正体を明らかにしていった!


「貴女……サキュバス!?」

「はぁい♥うふふ……どうですか、今の私は?いやらしくて素敵でしょう?」

 形のよいぷるんとした唇に舌を這わせ、清楚なシスターから妖艶な淫魔へと変化したマルマに、シャヌーブは息を飲む。

(馬鹿な……性転換どころか、種族その物を変えるなんて……)

 そんな真似は、彼女の主である魔王ですら不可能だ。

 だが、もしもそんな事が可能であるとしたら……そして、その力を手に入れる事ができたなら……。

 それは、魔王軍にとってとてつもない切り札となるだろう。

「ふ……ふふふ……これは、是が非にでもマスターとやらの情報を話してもらわなくちゃいけないわね」

「その前に、私のおもちゃになってしまうかもしれませんよ?」

「っ!舐めるなぁ!」

 格下の元魔族の口から出た挑発的な台詞に、シャヌーブは再び猛毒の攻撃を放った!


            ◆◆◆


「なるほど、我々の分断が目的だったか……」

 一人、フロアに残された魔術師風の男は、慌てるでもなく落ち着いた様子だった。

 むぅ……近距離で剣士を相手にするのは、絶対的に不利だとわかっているはずなのに、この余裕……。

 これは、俺を貧弱な骸骨兵(ぼうや)と侮っているか、何か奥の手を隠し持っているに違いない。

 魔族の幹部クラスという立場から、前者の可能性もあるけれど、この時代の冒険者よりも手練れだというなら、おそらく後者なんだろう。


「ククク……何処かで観ているのだろう、ダンジョンマスターよ」

 男は、この場にはいないダンジョンマスター(オルーシェ)に向かって話しかける。

「この骸骨兵(スケルトン)守護者(ガーディアン)として絶対の自信を持っているのだろうが、私の相手をさせたのは失敗だったな!」

「なにっ!?」

「我こそは、魔王五人衆の一人ボルレアーズ!またの名を『覇霊』のボルレアーズよ!」

 名乗りを挙げると同時に、ボルレアーズは人間に化けていた偽装を解いて魔族の姿に戻った!

「フハハハハ!あらゆるアンデッドは、我が下僕!貴様の守護者も、私が貰い受けるぞ!」

 高らかに宣言したボルレアーズの手から、死者を支配下に置く暗黒の魔力が放たれて、驚愕していた俺を包み込んだ!

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