03 探し人、来る
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ダンジョンマスターの権限を奪われてから、さらに一週間ほどが経った。
新たなマスターとなったクソガキ……オルーシェは、俺がせっせと貯めたダンジョンポイントを惜しげもなく使い、今は地下三階層まで拡張を行っている。
貯金を他人に使われるような悔しさはあれど、今の俺はダンジョンモンスターの端くれとして、奴に生殺与奪の権を握られている状態だ。
さらに、『マスターに攻撃しちゃダメだよ!』というルールに縛られて、おしりペンペンしてお仕置きする事すらできないときている。
くそぅ……元A級冒険者の俺が、あんな小娘にいいように使いっ走りにされてるなんて……。
しかも、最近はどんどん要求が増えていくわ、マウントをとった上からの命令が増えるわで、ろくなもんじゃない!
こんなところを、万が一にも知り合いの冒険者達に見られたら、指を差されて爆笑されそうだ。
逆の立場なら、俺もそうするだろうしな。
とにかく、なんとかしてクソガキを出し抜いて、最悪でも生き返る事だけは達成しなくては!
しかし、ダンジョン・コアまで奴に協力的だしなぁ……。
何か、いい方法はないだろうか。
「ふぅ……」
ごちゃごちゃと、考え事をしながら仕事をしていた俺の口から、なんとも切ないため息が漏れた。
俺の目の前には、さっきまで戦っていた数多くの魔人族やモンスターが、斬り伏せられて並べられている。
まったく、この辺のモンスターなんかは狩り尽くしたと思っていたのに、オルーシェから渡された「魔人やモンスターを集める事ができる魔道具」の効き目は抜群だな。
原理はよくわからんが、魔人族やモンスターを刺激する波長の魔力が出ているそうだが……まぁ、こちらからウロウロしなくてもいいのは楽で助かる。
しかし、まだまだやる事は終わらない。
これから、こいつらをダンジョンまで運んで、ポイントへ変換させる仕事がまだ残っているのだ。
集まってきた魔人の中には、まぁまぁレアなオーガ族とかがいて、ちょっとラッキー!なんて思ったが、このデカブツを運ばなきゃならないと思うと、逆にツイてなかったのかもしれない。
「はぁ……返り血を洗ったら、運ぶとするか……」
虚しい一人言を呟きながら、俺は獲物周辺にモンスター避けの匂袋(これもクソガキから渡されたやつ)を置いて、近くに流れる小川へと向かった。
◆
あはは……うふふ……。
サラサラと流れる小川のせせらぎ、キラキラと光る陽光に反射しす水面。
楽しそうな笑い声をあげながら、まるで水の妖精と戯れるように水しぶきをあげて、水浴びをする細い人影……。
まぁ、俺なんだが。
気分が変わるかと思って、「秘境で楽しそうに水浴びをする美女ごっこ」をやってみたが、現実に返るとひたすら虚しいだけだった。
こんな遊びに手を出しちまうくらいに、俺の精神はボロボロなのかもしれないな……へへへ……。
「~~……」
そんな現状に涙しながら、体についたモンスター達の返り血を洗い流していると、ふと人の話し声が聞こえた気がした。
……って、人っ!?
こんな山奥の秘境に、わざわざやって来るような奴等と言えば、迷い込んだ猟師や山賊、あとは……冒険者!
もしかしたら、これが起死回生の一手になるかもしれない!
そう考えた俺は、先程の声が聞こえた方向へ、静かに移動していった。
◆
──気配を消し、声の主達を探すこと数分……俺は五人の冒険者らしき集団を発見し、様子をうかがう。
そうして、彼等の話に耳を傾けていると……。
「本当に、こんな山奥まで子供の足で入って来たんだろうか?」
「最後の村で目撃された子供と、特徴は一致してたがな」
「それに、借りてきた人探しの魔道具は、こっちの方を示してるし……」
なんて会話が、聞こえて来た。
んんっ……これはもしや、あのガキを探しているのではないだろうか?
ひょっとしたら、別の人探しかもしれないが、あの冒険者達の装備の整いようから上位ランクっぽいし、そんなのが依頼を受けて探しそうな奴は、この辺じゃあのガキくらいしか見てない。
さらに、魔道具なんかを持っている事からも、オルーシェ絡みの可能性は高そうである。
しかし、今の俺では「詳しく話を聞かせて♥」なんて、姿を見せた途端に攻撃されそうだしなぁ……。
「とにかく、もう少し奥へ行ってみるか……」
そんな声と共に、冒険者達は移動しようとする。
ああっ、ここで見失ったら、好機に繋がるかもしれないチャンスが……!
ええい、男は度胸!行ったらぁ!
何かいるよと警告するために、ガサガサとあえて音を立てながら、俺は木陰から彼等の前に姿を現した!
「……ス、スケルトン!?」
一瞬、キョトン……とした彼等だったが、俺の姿を認識して驚愕の声をあげる!
……まぁ、真っ昼間の山奥で、いきなりスケルトンに出会ったら、場違いすぎてビックリするよな。
「みんな、慌てるな!」
リーダーらしき青年の一喝で、彼等は冷静さを取り戻し、ただちに臨戦体勢に入った。
だが、こちらとしてはやりあう気などない。
「カタカタ、ぼくは悪いスケルトンじゃないよぉ」
敵じゃない事を知ってもらうために、俺は両手を挙げながらそんな事を言ってみた。
「ス、スケルトンが喋った!?」
「しかも、悪いスケルトンじゃないって……」
「な、何らかの意思を持っている……のか?」
よしよし、とりあえず興味は持ってもらえたみたいだな。
俺は両手を挙げたまま、彼等に話かけた。
「驚かしてすまない。俺の名前は、ダルアス。とある事情でこんなナリをしてはいるが、れっきとした冒険者だ」
ハッキリとした俺の口調に、またも向こうから「ざわ……」とした気配が伝わってくる。
「悪いんだが、さっきあんた達が人を探しているっていう話を、たまたま聞いてしまってな。もしかしたら、力になれるかもしれない」
「なんだって!それは本当かい?」
「ああ。だから、その探し人の特徴なんかを、教えてもらえないだろうか」
俺の申し出に、彼等はヒソヒソと何かを話し合っている。
まぁ、突然でてきたスケルトンがこんな事を言えば、怪しすぎるだろうけど……。
「……わかった。君の話も聞かせてもらおう」
やった!乗ってきてくれた!
そうして、俺達は各々が持つ情報を交換する事にした。
◆
──なんでも、彼等は国の魔導機関からの依頼を受けて、ひとりの少女を探しているのだという。
彼等から聞いた、探している人物の特徴などをまとめると、これはもうオルーシェにほぼ間違いないようだ。
というか、偽名を使っている可能性のリストに、「オルーシェ」があったわ。
しかし……国家規模の組織が動くなんて、何者なんだ、あのガキは?
それこそ、その組織のお偉いさんの親族か何かか?
だとすれば、あいつの実家は国まで絡んでくる、超エリートの家系じゃん!
頑張って稼いでも、消耗系生活必需品に金が消えてく冒険者から見たら、羨ましいにも程があるんだが!
ぐぬぬ……!
しかも、そこから様々な魔道具を持ち出してきたとは、とんでもない奴だな!
「……最悪、魔道具は諦めてもいいから、その少女だけは連れ戻して欲しいというのが、我々の受けた依頼だ」
このチームのリーダーでもある、ヒリュコフと名乗った青年が、そう締め括った。
ふうん……こうして、捜索の手を出してもらえる辺り、ずいぶんと大事にされてたみたいじゃないか、あのガキ。
何が不満で家出したのか知らんが、ここはおとなしく保護者の元へ帰してやらなきゃな!
迎えが来たとなれば、諦めてマスター権限を返してくれるかもしれないし!
「あんた達が探している人物は、おそらく俺が知ってる奴だ。案内するから、ついてきてくれ」
「おお……それが本当なら、ありがたいが……」
俺がそう促すと、まだ多少は疑がわれているのか、彼等はまた、ヒソヒソと何かを相談していた。
しかし、結局は手がかりは俺しかいないと結論付いたようで、静かについてきてくれた。
◆
「これは……ダンジョンか」
「こんな山奥に、本当にあるなんて……」
かつて、俺が雨宿りに入り込んだ「ザ・洞穴!」といった雰囲気とは違い、今はどっかの遺跡を思わせる入り口が、ぽっかりと穴を開けている。
深い山奥に似合つかわしくない、その人工物めいた見た目に、彼等もちょっと驚いているようだ。
このチーム、一応はA級らしいんだが、装備の良さで底上げして経験はまだまだ……って感じだろうか。
まぁ、そういう連中もいないわけじゃないし、何よりA級の認定を受けたなら人柄は保証されてるようなもんだ。
穏便に事を運んでくれるだろう。
「それじゃあ、行こうか。なに、俺が一緒ならトラップは発動しないから、安心してくれ」
一応ダンジョンモンスターとして登録されているらしい俺には、迷宮内の罠が反応しないようになっている。
彼等を先導するように、地下一階と二階の迷路を抜け、三階層の中心、マスタールームまでたどり着いた。
「あんたらが探してる娘は、この中だ。念のため、俺が先行して飛び込むから、その後に続いてくれ!」
無言で頷くヒリュコフ達の視線を背中に受けて、俺は勢いよくマスタールームの扉を蹴破った!
「おらぁ、小娘ぇ!いよいよ、年貢の納め時だぜぇ!」
突然、飛び込んできた俺の姿にオルーシェは一瞬だけ固まったが、俺の背後の連中に気がつくと、即座に警戒体勢に入った!
うふふ、そんなに怯えなくてもいいんだぞ、単なるお迎えが……そう説明しようとした俺の横をすり抜けて、ヒリュコフ達がオルーシェへロープのような物を投げつけた!
「あうっ!」
ヒリュコフ達が投げたそれは、まるで蛇のようにオルーシェに絡み付き、彼女は小さな悲鳴をあげて床に転がる!
おいおい!手荒な真似をすんなよ!
「ちょっと、お前ら……」
「ようやく見つけたぞ、実験体十七号」
……はい?
抗議の声をあげようとした俺だったが、ヒリュコフの放った言葉に、思わず思考が停止した。
実験体……オルーシェが?
いい所の、お嬢さんじゃなくて?
「くっ……ぐうっ!」
絡み付くロープから逃れようとするが、まるでそれ自体が意思でも持っているかのように、さらにきつくオルーシェを締め付けていく!
「無駄だ。それが絡み付いてる間は、魔法も使えないと聞いているからな」
「ったく……こんな山奥まで逃げ込んで、手間をとらせやがって!」
怒りのこもった声でヒリュコフの仲間の戦士が、オルーシェを蹴りつけた!
その一撃を食らった体重の軽い彼女は、壁際まで床を転がっていく!
「あ……うう……」
口の端から血を流し、苦しげな声を漏らすオルーシェ。
って、おおい!
なにやってんだ、お前!
しかし、 思わぬ事態に戸惑っていた俺の止める間もなく、さらに追い討ちをかけようと、戦士はオルーシェへと近付いていった!