10 魔族達の目的
──昼間だというのに、なお暗いとある城の内部において、複数の異形の者達が円卓を囲み、話し合いをしていた。
頭部には角、背中には羽。
そして、青い肌を持つ彼等は魔族と呼ばれる存在であり、その中でも上位の力を兼ね備える幹部達の会合である。
大幹部の四天王、そしてその直属である五人衆と呼ばれる彼等は、ある指令によって派遣されたメンバーが戻って来ない事で緊急に集められていた。
「──それで、ライゼンは人間領の辺境にあるというダンジョンに向かい、消息を断ったのだな?」
「はい。調査のために、人間に化けてしばらくダンジョンの探索をするとの、メッセージは残されていたのですが……」
部下からの報告を受け、一段高い場所に陣取る四天王の一人が、「ふむ……」と言葉を漏らした。
「ダンジョンが思ったよりも手強くて、しばらく連絡が滞っているだけではないのか?」
「その可能性もあります。ですが、一週間以上も連絡がないのは異常かと」
「あのライゼンの性格からすれば、確かに変ではあるな」
「ああ……剣技だけでなく、小まめな連絡を欠かさぬ『報連相のライゼン』とまで呼ばれて名を上げた男だからな」
そんな、強さと几帳面を兼ね備えた男が連絡もなく消息を断った事に、ある可能性が集合していた全員の脳裏に浮かぶ。
「もしや……ダンジョンか、そこに集まっていた冒険者どもの手にかかって、死んだのでは?」
「馬鹿を言うな!あの剣の腕だけなら四天王に匹敵する、ライゼンだぞ!?」
「だが、例のダンジョンには人間達の精鋭も集まっていると聞く。例えば、ダンジョンの罠にかかってしまった時に、運悪く実力者とかち合わせて……というパターンもあるかもしれんだろう?」
「むぅ……」
確かにそんな事もあるかもしれないと、押し黙ってしまう。
「……ライゼンが生きているにしろ死んでいるにしろ、そのダンジョンにはまた人をやらねばならんな」
彼等の計画のためには、それは必須。
四天王の一人がそう提案すると、他の者達からも賛同の声があがった。
「ならば、俺に行かせろ!そんなダンジョンなど、すぐに攻略してくれるわ!」
「いや、戦力の逐次投入は犠牲が大きくなる可能性が高い。ここは、四天王全員で乗り込むのが妥当だろうな」
「そうだな……攻略だけなら、我々のうち一人が出向けばいいだろうが、制圧するなら最大の戦力でさっさと済ませた方が確実だ」
人間達の間で、難攻不落のダンジョンとして噂されるようになった『オルアス大迷宮』。
そのダンジョンを奪い、魔族の拠点とすることで人間界への侵攻の足掛かりとするのが、今回の最大の目的である。
そのためにも、犠牲を最小限に抑えて迅速に制圧できるのが望ましい。
なので、四天王全員で乗り込むかと話がまとまりかけた所で、五人衆の一人が手を挙げて発言を求めてきた。
「四天王の皆様、ダンジョンの入手も重要ですが、人間達の動向についても問題があります」
「……そうか、『勇者』の事があったな」
勇者……その名を口にした途端、魔族達の顔に嫌悪感が滲み出る。
「我々の敬愛する魔王様に対抗するために、人間どもが造り出した強化人間……穢らわしいにも程がある!」
魔族と人間の戦いが始まってから長い年月が経ち、その末に生み出されたのが『勇者』と呼ばれる者達だ。
様々な魔法や薬物、果ては精神操作まで使って人間の限界を越える強化をされて近年投入された勇者は、魔族にとって厄介であると同時に唾棄すべき存在でもあった。
しかし、嫌悪感を抱く存在てはあるが、その強さは見過ごせない物がある。
つい先日も、五人衆配下の十勇士のうち、二人が同時に勇者の手にかかって討たれたばかりだ。
「確かに、勇者は捨て置けんな。しかし、まだ魔王様への脅威と言えるほどではないだろう」
「甘い。勇者が快進撃を続け、人間どもが調子に乗れば、勇者の量産化なんて事態も無くはないぞ?」
「そうなれば、面倒ではあるな……」
本来、人間達の方が魔族よりも圧倒的に数の上では勝っており、いかに強力な魔族達であろうとも不利な状況である事は否めない。
しかし、人間の国々は互いに表面上は協力する振りをするものの、それぞれの思想の違いから裏ではぶつかる事もしばしばあるようだ。
それゆえに魔族との戦争も一進一退といったところなのだが、もしも勇者が快進撃を続けて人間どもを一致団結させる象徴にでもなれば、それは魔族にとって脅威となる事は間違いない。
「人間界へ攻めるための拠点は必要ですが、手薄になったここへ勇者どもが攻め込んで来ないとも限りません」
「全くもって忌々しい限りだ……」
「だが、魔王様へ勇者が近づく可能性は、できる限り下げねばなるまい」
長い戦いの間に、時おり人間達が見せる爆発力のような物を彼等は何度か体験していた。
それだけに、人間の切り札である勇者の存在を楽観視できないと、この場にいる者すべて気を引き締める。
「ダンジョンの制圧確保と、勇者への対応……同時に進めなくちゃならないのが難しいところだな」
「いっそ、幹部クラスを総動員するか……」
四天王の一人がそう提案すると、その大胆な言動にザワリと場がざわめいた。
「我々四天王がダンジョンへ向かい、五人衆と十勇士が勇者一行を襲撃するというのはどうだ?」
「悪くはないが……魔王様の護衛はどうする」
「そうだ、魔族領を空にするわけにはいかんぞ」
「ああ、だから魔王様は我々と共にダンジョンへ赴いていただく」
「なにっ!?」
ガタリ!と大きく音を立てて立ち上がろうとする仲間を、提案者はそっと手で制した。
「ダンジョンの近くには、人間達の村があるという。そこは、モンスターの入れぬ結界が張ってあり安全性は高いそうだ」
「つまり、魔王様にはそこで待機していだき、我々がダンジョンを攻略したら即献上するというわけか」
提案者が頷くと、他のメンバーも「むぅ……」と小さく唸って思案する。
「確かに、名の知れたダンジョンだけに防衛機能は高いだろうし、魔王様にそこへ入っていただければ人間どもへの対抗手段としても申し分なさそうだ」
「攻めの拠点にもなるし、防御の要にもなるか……ますますダンジョンの入手が重要になったな」
反対する者はいないようで、これで話は決まったとばかりに今度は全員が立ち上がった!
「五人衆と十勇士の面々は、これから全員で勇者を狙え!我々は、魔王様と共にダンジョン攻略へと向かう!」
「了解しました!」
そう決まるが早いか、返事を残して四天王の部下達はあっという間に部屋から出ていってしまった。
素早い行動を見せる頼もしい部下達を見送り、四天王の面々も決意を新たに顔を見合わせる。
「いくぞ……魔王様へと献上する、オルアス大迷宮へ!」
◆◆◆
「──ライゼン様を尋問した結果ですが、魔族はこのダンジョンを奪って人間界へ攻めるための拠点にするという、計画を建てているらしいですわ」
ダンジョンに乗り込んできた魔族の幹部を、ここ一週間ばかり付きっきりで尋問していたマルマが、口を割らせて得た情報を俺達に報告してきた。
してきたのはいいんだが……妙に艶々としてるな、お前。
そして、彼女の背後に見えるカサカサに干からびたライゼンの姿……。
まぁ、サキュバスが行う尋問なんて、十八禁な内容を伴って当然だろうが。
「ここが魔族に狙われている……なら、もっとダンジョンを拡張して備えないといけない」
そんな事を呟きながら、オルーシェが不安そうに顔を曇らせる。
確かに、ライゼンだけでも結構手強かったが、それと同格か上の奴等がまだまだ控えてるんだから、心配にはなるか。
「任せろ、オルーシェ。俺がちゃんと守ってやるからよ」
子供の不安を取り除くように、俺は彼女の頭を撫でてやる。
すると、オルーシェはパァッと顔を輝かせて、俺の手をとった。
「うん……便りにしてるね、旦那様」
……なんか、俺の名を呼ぶオルーシェの言葉に、こちらの意図せぬニュアンスが含まれている感じがしたけど、気のせいだろうか?
しかし、ニコニコと微笑む彼女の姿に、まぁいいか……といった気持ちになる。
だが、人間の冒険者達に加え、魔族まで本格的にこのダンジョンを攻略に来るのか……。
「……腕がなるぜ」
久々の激闘の予感に、俺は我知らず笑みを浮かべていた。




