08 本領発揮
教会の聖堂内に激しく火花が弾け、鋼のぶつかり合う残響が響く!
一瞬の攻防で数合刃を交えた俺とライゼンは、一旦間合いをとって体勢を整えた。
──なるほど、上位魔族で剣に自信があるだけの事はあるな。
俺が使っている剣は、ダンジョンポイントを使ってオルーシェが作り出した特注品だ。
その特性として、俺が敵の魔力を取り込めば取り込むほどに強靭さを増していくという、一種の魔剣である。
それだけに、並の相手なら初回の打ち合いで敵の剣をへし折る事も珍しくないのだが、ライゼンは平然と渡り合いやがった。
これは、奴の武器が業物であるのと同時に、高い技量を持ち合わせている事の証明でもある。
……くっくっくっ。
思わず笑みが漏れそうになった。正直、楽しい。
ここまでの使い手は、この時代に目覚めてから初めてだからな。
かつての良きライバル達の事を思い出して、自然と気分が高揚してくるのを感じる。
「……驚いたな。たかがダンジョンのガーディアンごときが、これほどの強さを持っているとは」
向こうも相当の自信を持っているであろうライゼンが、まともに剣を交えた俺を、素直に称賛するような言葉を口にした。
それを聞いて、俺よりもマルマの方がギョッとする。
「け、剣の技量だけなら四天王にも匹敵する、ライゼン様が人間を誉めるなんて……」
しかし、思わず漏らした彼女の呟きに、ライゼンが怪訝そうに眉をひそめた。
「そこの淫魔……妙に魔王軍の内情に詳しいようだが……やはりマルトゥマの行方を知っているな?」
呟きを聞き咎められ、ギクリとした表情を浮かべたマルマが、慌てて首を横に振る!
「とぼけやがって……まぁいい。こちらの戦いが終わったら、その体に聞いてやろう」
「えっ♥」
……こらこら、言葉尻から勝手にエロい事を妄想して、目を輝かせるんじゃないよ!
エロスを何より優先しようとするマルマに、もう一度オルーシェをしっかり守るように釘を刺してから俺は再びライゼンと正面から向き合った。
「……なかなかに楽しい戦いではあるが、あまりのんびりともしてられんのでな。すぐに終わらせる」
そうライゼンが宣言した途端、奴の魔力が膨れ上がり姿が変貌していく!
肌の色は青く変色し、頭部からは鋭い角が伸びて奴の全身に力が満ちていくようだ!
やがて、一回り大きくなった肉体を試すように剣を振り、赤い宝石を思わせる瞳でこちらを見据えてきた。
「……それが、お前の正体って事か」
「そうだ。ダンジョンモンスターごときを相手に、魔族の正体を見せるのは私なりの敬意だよ」
言うだけあって、今のライゼンは人間に化けていた時とは比べ物にならない圧力を醸し出している。
さらに、奴の影から染み出すようにして二つの人影が現れた。
あれは……ダンジョンに侵入してきた時に連れていた、パーティのメンバーか!?
「その二人……仲間の魔族ではなく、使い魔の類いね」
「ほぅ?」
早々に連れの正体を見破ったオルーシェをチラリと見て、ライゼンが感心したように呟く。
なるほど、本人だけじゃなく仲間も偽装してたのか。
ついでに、一人でここに現れたのも、いつでも使い魔を呼び出せるという保険があったからだな?
ずるい!さすがは魔族、ずるい!
「なかなか目敏いな、人間の小娘。何者だ?」
「私はオルーシェ。このダンジョンのマスターで、そこのダルアスの相棒(というか、未来の妻)……よ」
なんか途中、発言の一部でゴニョゴニョと言葉を濁していたけど、なんて言ったんだろう……まぁ、頼れる相棒というのは間違いないがな。
「マスター!ワタクシは!?ワタクシは!?」
仲間はずれは嫌だとばかりに、マルマもアピールしながら会話に交ざってくる。
「ん。下僕にして奴隷」
「んひっ♥」
言葉攻めされて喜んでんじゃねぇよ、変態サキュバスがっ!
「ほぅ……こんな人間の小娘が、あのダンジョンのマスターとは驚きだ」
元魔族なのに現役変態のマルマに比べ、落ち着き払った態度を崩さないライゼン。
「しかし、こいつらの正体を即座に見破ったあたり、中々の観察眼は持っているようだな」
「まぁね。それに、その二人からはダンジョンモンスターに似た気配が感じられたから」
「ははっ、魔力探知の能力もかなりの物だ!もしや、見た目通りの歳ではないのか?」
「むっ!私はピチピチの十二歳!」
「若っ!」
オルーシェの年齢を聞いて、思わずライゼンもギョッとする!
しかし、すぐに気を取り直すと、剣の切っ先を俺の方へと向けた。
「……おそらく、貴様があのマスターの切り札なんだろう。ならば、それを倒して小娘の心を折れば目的を果たすのも容易くなるかもな」
「目的……だと?」
「まぁ、これから消滅する貴様が知る必要はない」
そう言いながらライゼンが指を鳴らすと、奴の仲間……というか使い魔達の手に炎の塊が浮かび上がる!
「燃え尽きろ、スケルトン!」
二人の術師から放たれた炎球が、同時に俺を襲ってきた!
だがなっ!
飛来する炎の塊を、俺は剣を振るって斬りつける!
それと同時に、炎は霧散して魔法を構築していた魔力が剣に吸われていった!
「なっ!」
ライゼンの驚愕する顔を眺めながら、俺は内心でニヤリとする。
斬った相手から魔力を吸収する事ができる『魔喰いの骸骨兵』となった俺だが、日々経験を積む事でそのレベルは格段に上がっていた!
ここ最近で、その対象は魔力で発動した魔法にまで及び、斬れば取り込むことができるようになっていたのだ。
フハハハ、反則みたいですまんね!
思わぬ俺の能力を目の当たりにし、わずかに反応が遅れたライゼンの懐に飛び込んで、剣を振るう!
辛うじて防がれてしまったものの、返す刀で使い魔の一人を斬り伏せる事ができた!
「ちぃっ!」
舌打ちするライゼンを援護すべく、残る使い魔が今度は雷の魔法を発動させる!
「あっちだ!」
しかし、ライゼンはその標的を俺ではなくオルーシェへと向けさせた!
「んの野郎っ!」
貫通力が高くある程度の範囲に威力がおよぶ雷系魔法では、マルマが守ったとしてもオルーシェへダメージが通ってしまうだろう!
今度は俺が舌打ちしながら、オルーシェのカバーに入ろうとする!
だが、今のスピードじゃ追い付けん……仕方ねぇ、あれを使うか!
俺は左手にはめられた指輪に魔力を流し、力ある起動承認を放った!
「復活!」
その瞬間、光に包まれた俺の全身が骨格標本のようなスケルトンから、生前のたくましい肉体へと戻っていく!
「なんだとっ!?」
驚くライゼンを尻目に、魔力を回して身体能力を上昇させた俺は、一足跳びでオルーシェに迫った電撃を刀身で受け止めた!
「大丈夫か、お前ら!」
「は、はいぃ……」
ん?
答えたのはマルマだけで、オルーシェは何やらポーッとしながら俺を見上げている。
「おーい、大丈夫なのかオルーシェ?」
ぼけっとするオルーシェの頬をつつきながら問いかけると、ハッとしながら彼女は慌てた様子で大丈夫と答えた。
「見とれるなら、あのライゼンの野郎をぶった斬るシーンまで待ってな!」
「うん……格好いいところ、見せて」
お?
軽口に対して乗ってきたオルーシェに、ちょっとばかりやる気がわいてくる。
娘に応援される父親ってのは、こんな気持ちなのかもしれないな……。
さて、魔族の正体を現したライゼンのように、ここからはこちらも全力全開だ!
まとめて奴等を倒すために、久々に生身の全身に魔力を巡らせて剣を構える!
「ただのダンジョンモンスターではないと思ってはいたが……なんなんだ、お前は!」
「見ての通り、とある冒険者の成れの果てさ」
「冒険者……だと?」
「ああ……『剣狼』のダルアスとは、俺のことよ!」
「……知らん」
「あ、はい……」
魔族は長生きだというし、ひょっとした生前の俺を知ってるかな?なんて思いながら名乗ってみたけど、そうですか、知りませんか……。
でもまぁ、魔族が台頭してきたのは俺が死んだ後だったというし、別にショックとかは受けてませんけどね、ええ。
「ふっ……しかし、訳のわからん奴とはいえ、人間にしては楽しめそうだな!」
「そう言ってもらえると光栄ではある……が、遊びは終わりだ」
これからといった感じで盛り上がるライゼンに対して、俺はひどく冷静になって集中する。
そんな俺の気配を察してか、笑みを浮かべていた魔族の顔が引き締まっていった。
「……なるほど、ならば私も本気でいこう」
バサリと背中の羽をはためかせ、ライゼンの体がフワリと宙に舞う!
って、飛ぶのかよ!ズルくない!?
「空中からの強襲こそ、私の本領!成す術もなく、死んでいけ!」
そう叫ぶと同時に、獲物を狙う猛禽類を思わせる速さで襲いかかってきた!




