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07 深夜の教会にて

 夜の帳が降り、人気の途絶え静寂が包む村の中を、一人の人物が歩み進んでいた。

 山間ゆえの独特な気候なのか、深めの霧が出て来ているというのにその男の足取りに戸惑う所は無く、平然と歩を進めている。


(自然現象……いや、人為的な霧か……)

 濃霧から感じられる、文字通り霞のような微妙な魔力の痕跡を感じ取り、彼は口元を笑みの形に歪めた。

(何者かは知らんが、私に目をつける辺り只者ではないだろう)

 彼がとった宿の一室に届いていた手紙……そこには、山奥に似つかわしくないほど立派な教会のシスターであり、この村を代表する者でもあるマルマ・マールという女の名前があった。

 なにやら重要な話があるので、夜になったら秘密裏に一人で教会へ来てほしいと記されていた手紙からは、微妙な魔力の残り香が感じられ、彼は興味をそそられたのである。


(ふむ……そういえば、この濃霧に含まれる魔力と似たような波動ではあるな)

 つまり、そのシスターがこの霧を発生させているのかもしれない。

(人払いのためか、何かの罠か……どちらにしても面白い!)

 そんな事を考えている間に、彼は村の一番奥に位置する教会へとたどり着いた。

 受け取った手紙をポケットから取りだし、魔力で生み出した炎で一瞬にして焼き尽くすと、わずかに残った灰を風に流して彼は教会の扉をゆっくりと開いた。


 教会の中は明かりひとつ無く、霧の天候も相まってか濃厚な闇に満たされている。

 それでも、夜目……というより、暗視能力のある彼にとっては昼間と大して変わらず室内が見てとれた。


「ようこそおいでくださいました」

 礼拝客が座る長椅子が並ぶ最前列の辺りから、一人の人物が立ち上がってこちらへと歩いてくる。

 質素な修道服では隠しきれないほどの蠱惑的なボディラインと、聖女のごとき美貌と微笑みを湛えたこの教会の主。

 この村を訪れた冒険者なら、一度はお相手をしてほしいものだと誰もが望む妖艶なシスター、マルマ・マールが彼を出迎えた。


「……この村の代表である貴女が、こっそりと会いたいとは光栄ですな」

「ワタクシの方こそ、初日であの恐ろしいダンジョンの踏破記録を塗り替えた優秀な冒険者、ライゼン様が申し出に応えてくださって光栄ですわ」

 社交辞令のような挨拶を交わして、両者は笑みを浮かべる。

 しかし、和やかな雰囲気はそこまでだった。


「それで……私になんの用だ、淫売シスター」

「あら……酷い言われようですわね。これでもワタクシ、主の教えを守る敬虔な信者ですのに」

「ふん……隠しているつもりかもしれんが、貴様から発する魔力は隠しきれんぞ」

 その指摘を受け、マルマは聖女の表情から一転、ニタリと口元を歪めた淫らな笑みで舌舐めずりする。


「さすが、魔王軍の五人衆の一人ライゼン様……鋭い」

「貴様……なぜそれを!?」

 マルマの呟きに、ライゼンの目が細められた。

 そんな彼に、マルマはこれが答えだと言わんばかりに正体を現していく!


 修道服が破れ、顕になった豊満な肉体が青い肌に変わっていき、角と羽と尻尾が生えてくる!

 男を誘う濃厚な甘い香りを放ちながら、サキュバスへと変貌を遂げたマルマがライゼンと対峙した!


「人間ではないと思っていたが、まさか淫魔とはな……。しかし、淫魔ごときがなぜ私を知っている?」

「あら、ワタクシごときでも、それくらいは存じておりますわ」

「そんなはずが無かろう!」

 キッパリと否定するライゼンに、マルマは少し面食らう。


「お前らは、人間の精気を吸って生きるだけの蚊のような存在だ。本来なら人間に化けて村を運営するなどという知恵も能力も無ければ、上位魔族の事を知ろうともしないはずだからな」

「フフフ、酷い言われようですわね……事実ですから、仕方ありませんが」

 ボロクソに言われながらも余裕の態度を崩さないマルマに、ライゼンは「ほぅ……」と感心したような声を漏らした。

「やはり、ただの野良サキュバスでは無いようだな……お前、魔王軍十勇士のひとり、マルトゥマを知っているか?」

 不意に出されたその名前に、マルマはとぼけたように首を傾げる。


「さて……そのマルトゥマという方は、何をなさいましんでしょう」

「ただの変態だ。しかし、一応は魔王軍の幹部クラスだったから、軍内で処刑すれば士気に関わる。だから、追放の体を取ってから密かに始末する事になったのだ」

 スラスラと出てくるライゼンの言葉に、マルマは目に見えて動揺していた。

 それを見たライゼンは、我が意を得たりとばかりに口の端しを釣り上げる!


「やはり貴様、マルトゥマを知っているな?」

「ノ、ノ、ノ、ノーコメントですわ!」

「ふん!貴様が話さなくても、この周辺に奴がいるならばすぐにわかる……まてよ?もしや、あのダンジョンに隠れていたりするのか?」

 当たらずしも遠からず。

 急に口を閉ざしたマルマに嘲笑を浮かべてライゼンが肩をすくめた瞬間、その隙を突くべく彼女が動いた!


「隙ありですわぁ!」

「ボディが甘い!」

「ぐえーっ!」

 不意を突いたつもりで飛び込んだマルマだったが、カウンター気味で腹パンを打ち込まれて悶絶しながら床に転がる!

「そ、そんな……グレーターサキュバスであるワタクシが、素手の一撃でなんて……」

「上位種であろうと、所詮はサキュバス……魔王軍幹部である私に、勝てると思う事がおこがましいわ!」

 踞る淫魔を見下ろしながら、ライゼンは追撃とばかりに彼女の尻を踏みつけて動きを押さえた!


「あんっ♥」

「喜ぶな、浅ましい淫魔が!」

 痛みや屈辱すら快楽に変換するサキュバスに、侮蔑の視線を向けながらライゼンは問いかける。

「さぁて……マルトゥマについて、貴様の知っている事を洗いざらい話してもらおうか」

「そ、それでしたら、ワタクシよりも適任の方がおりますわ」

「なに?」

 怪訝そうな顔をするライゼンに構わず、マルマは教会内に響き渡る大声で呼び掛けた!


「せんせぇ!せんせぇ!出番ですわぁ!」

「う~い」

 時代劇の悪代官じみたマルマの台詞に応え、教会の奥から二つの人影が現れる。

 ひとつは剣を携えた骸骨兵(スケルトン)

 そして、もうひとつは眼鏡をかけた小柄な人間の少女だった。

 あまりにも場違い、そしてアンバランスなコンビの登場に、ライゼンも一瞬キョトンとしてしまう。


「マスター!ダルアス様っ!」

「マルマ……それなりに吸精してても、魔王軍幹部の魔族に肉弾戦を挑むのは無謀すぎ」

「ったく、今の戦闘力をちゃんと把握しろよな」

「か、返す言葉もございませんわ……」

 あっさり返り討ちにあった仲間にダメ出しをしながら、スケルトンと少女はライゼンと対峙する。

 そんな光景に、魔族の口元から苦笑するような声が漏れた。


「くくっ、仮にも人間界の教会だというのに、淫魔やアンデッドがその主とはな……罰当たりな事だ」

「全くだ。だが訪れる連中が知らなきゃ、大した問題じゃねぇよ」

 ダルアスと呼ばれたスケルトンが、剣を抜きながら少女を庇うように立ちふさがる。

 その立ち振舞いや雰囲気から強敵の気配を感じ取ったのか、ライゼンも踏みつけていたマルマを解放してダルアスを睨み付けた。


「マルマ、オルーシェを頼むぞ」

「かしこまりましたわ!」

 ライゼンから逃れ、そそくさと床を這いながら合流したサキュバスがオルーシェを抱きかかえながら返事をする。

「マスターの愛らしいお顔や、すべすべのお肌、成長性途上の肢体には指一本とて触れさせませんわ!」

「お前が言うと、なんかいかがわしくなるな……」

 興奮するマルマに抱えられ、少し嫌そうな顔をするオルーシェを見ながらダルアスは呟く。

 しかし、今は目の前の魔族に集中しなくてはと、視線をライゼンに向けた。


 剣を抜き放ち、臨戦態勢になったライゼンから放たれる闘気に、ダルアスはわずかながら歓喜のような物を感じていた。

 この時代の弱体化した冒険者からは受ける事のなかった、心地よい圧力(プレッシャー)

 それが、ダルアスの心を奮わせる。


「さぁて……いくぜ、魔王軍幹部の旦那」

「かかってこい、アンデッド」

 互いを強敵と認識した二人の剣士は、激しい火花を散らせながら激突した!

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