02 マスター交替
◆◆◆
「……よっこらせー、どっこいせー」
謎のリズムに合わせて、俺は外で狩ってきたばかりの魔人や魔獣の死骸を、ダンジョンの中に放り込む。
今日の獲物は、ちょっと大きいやつだからな、これで少しでもダンジョンポイントの足しに為ればいいんだが……。
早いもので、ダンジョンマスターとなってから、はや一月……。
俺はその間、来る日も来る日もこうしてダンジョンの中に獲物を放り入れて吸収させ、ダンジョンポイントを貯める日々を送っていた。
正直言って、くそったれな毎日である。
というか、ダンジョン育成ってこういう物なのか?
前に俺が攻略してきた人造迷宮にも、こんな苦労が有ったのだとしたら、すごく申し訳ない気分になってくる。
『……外でモンスターを狩ってくるのはいいのですが、それよりも私を拡張した方がいいんじゃないですか?』
頭の中に、呆れたようなダンジョン・コアの声が響く。
「……ちまちまと床やら壁やらを増やすより、ある程度まとめてドーンと作った方が効率がいいだろ」
冒険者たるもの、ぐぐっ……とためてから、ドカンと一発!
そうやって、でかい結果を残してこその、この家業じゃねぇか!
効率良くセコセコと積み重ねるなら、普通に商売でもやってれば良いんだよ!
『なんとも、刹那的な生き方ですね』
「うるせぇ、俺のやり方に文句を言う前に、この体の方をなんとかしやがれ!」
肉体を完全に生き返らせるにはポイントが足りないと、この体にされた訳だが……いかんせん弱すぎる!
いまの状態では、いいところで生前の十分の一ぐらいの戦力しか発揮できない。
そのせいで、ゴブリン程度の一団を狩るのにも一苦労だ。
おまけに、鍛えても肉体的成長は無いし、魔力を練って身体強化に回すといった、小技の類も使えないときたもんだ。
利点と言えば、疲労する事がなく、睡眠や食事も不必要(できない訳ではない)というくらいだろうか。
しかし、そんな利点も飲まず食わずで働かせるのに丁度いいから、スケルトンにしたんじゃねぇかと疑いたくなってくる。
『下衆の勘繰りですよ、マスター』
心なしか、ダンジョン・コアの声も空々しく聞こえる。
ふん、そうだといいけどな……。
とにかく、ポイントは貯めてやるさ。
しかし、それはダンジョン拡張なんかに使わねぇ!
目指す百万ポイントが貯まったら、さっさと生き返って、ダンジョンコアなんざ売り飛ばしてやる!
解放されるその日を目指して、俺は再び獲物を狩りに出掛けるのであった。
◆◆◆
その日、ダンジョン周囲に巣食っていたモンスターや魔人達を狩り尽くしてしまった俺は、獲物を求めて少し足を伸ばしていた。
「くそう……なかなか、良い獲物が見つからねぇな」
成果ゼロという体たらくに、思わず呟いていると、不意に頭の中で警鐘が鳴り響いた!
な、なんだぁ!?
いきなりの事に動転していると、今度はダンジョンコアの声が届く!
『マスター、侵入者です!攻撃を受け、このままでは……あっ!』
そこで、ダンジョン・コア声は途絶えた!
うおぉぉい!ちょっと待てぇ!
ダンジョン・コアに何かあったら、俺はいったいどうなるんだよ!
非常に嫌な予感がして、俺は猛然とダンジョンの入り口まで駆けていった!
◆
ダンジョンに戻ると、入り口を植物とかでカムフラージュしていた物が、きれいに取り払われている。
くっ……こんな山奥に、人なんぞ来ないだろうと油断していたのが、仇になったか!
と、とにかく……侵入者をぶっとばして、ダンジョン・コアを守らなければ!
俺は、急いで入り口に飛び込む!
ほとんど手付かずのダンジョンは、ちょっとした洞穴と変わらないので、すぐに最奥のダンジョン・コアがある部屋にたどり着いた!
するとそこには、何やら小さな人影がひとつ!
野郎、こいつが襲撃の犯人か!
「うちのダンジョンにちょっかい出す奴は、誰だあぁぁ!」
「きゃあっ!?」
「!?」
思わぬ驚きの声に、俺の方が面食らってしまう!
「なっ……えっ?」
戸惑う俺の前に、立っていた人物……それは小さな女の子だった!
歳の頃は、恐らく十代前半。
少しクセのある茶色い髪を肩の辺りまで伸ばし、眼鏡の奥で輝く緑色の瞳をいっぱいに見開いて、こちらを凝視している。
体つきが細い上に、ローブを兼ねたフード付きマントを羽織っている所から、魔術師……もしくは、その見習いといったところか。
なぜこんな子供が……とは言わない。
貧民のガキならば生きていくために、このくらいの歳で冒険者になる事を選ぶ奴もいるからだ。
……俺とかな。
しかし、目の前のガキはそういう事情を抱えているわけでもないだろう。
なぜなら、それなりに身形は整っているし、なにより幼少から魔術師の道に進むなんざ、裕福な保護者がいなけりゃ無理な話だ。
まぁ、例外として魔術師に拾われて弟子になってる場合もあるが、そういった連中は自分の弟子が一定の歳になるまで手元に置きたがる。
助手として育てるなら、色々と学ばせる必要があるからだ。
つまり、このガキは放逐されたか、家出でもしたかだが……なんにせよ、帰る場所がありそうな子供を、俺の事情に巻き込む訳にはいかんな。
「おい、ガキ……」
「……ガキじゃない。オルーシェっていう名前があるわ」
ほぅ、俺の姿に驚きはしてるけど、物怖じはしてないな。
なかなか、腹の座ったガキだ。
「そうかよ、ガキ。で、こんな所で何をしているんだ?それは、子供のオモチャじゃねぇんだぞ?」
あえて厳しく、脅しをかけるように言い放つ。
「このスケルトンは何者なの?」
しかし、オルーシェは俺ではなくて、ダンジョン・コアに問いかけた。
『彼は冒険者ダルアス。このダンジョンのマスター……』
おい!なんで素直に答えてんだよ、お前!
「そう……前のマスターなのね」
『そういう事になりますね、現マスター』
「!?!?」
んんっ!?
なに、なんの話なの!?
疑問と共に、嫌な予感がてんこ盛りになった俺が、ダンジョ・コアとオルーシェを交互に見回していると、二人(?)は小さく笑みを浮かべた。
「このダンジョン・コアは、私が上書きしてマスターの座を乗っ取ったわ」
『そういう事です、元マスター。現在、ダンジョンの拡張から、ポイントの使用権まであらゆる権限がマスター・オルーシェの支配下にあります』
「な、なんじゃそりゃあぁぁぁっ!」
ちょ、ちょっと待てよ!
「そ、それじゃあ、俺が生き返る話はどうなるんだよ!」
「それも私の自由……今のあなたは、一介のダンジョンモンスターでしかないわ」
こ、このガキぃ……。
勝ち誇っていたオルーシェだったが、ふっ……と真顔になるといきなり俺に説教をかましてきた!
「だいたい、こんな地上の洞穴に無防備にダンジョン・コアを置いておく方が悪い。最低限、三階層くらいまではダンジョンを拡張して、外からの侵入者に備えるべきだったわ。それに、一切のセキュリティがないのも無茶苦茶。これじゃ、盗むか乗っ取るかしてくださいって言っているようなもの。他にも……」
やめてくれないか、ワッと言葉の洪水を浴びせかけるのは!
しかし、怒涛のお説教タイムは続く……まぁ、こいつの言う事はごもっともなんだろうけどよ。
だが、そんな事はどうでもいい!
今は生き返るためにも、奪われたダンジョンマスターの権限を取り返さなければ!
……でも、どうすればいいんだ?
このガキは魔法か何かでダンジョン・コアを乗っ取ったらしいが、俺にそんな真似ができるはずもない。
ならば、俺にできる事は……。
「おい、ガキ……いや、オルーシェ……さん」
「……え?」
急に「さん」付けで呼んだ俺を、オルーシェは怪訝そうな顔で見つめる。
「頼むっ!せめて、俺が生き返る事ができるまで、ダンジョンマスターの権利を返してくれないかっ!」
恥も外聞もかなぐり捨てて、俺は自分の年齢の半分にも満たない少女に向かって土下座し、懇願した!
そう、俺には捨てる訳にはいかない物がたくさんあるんだ!
ささやかな資産、また会いたい友人達や知人達、そしてなにより、いい雰囲気だったあいつのためにも……。
俺にも、帰りたい場所がある!
そして、そこへ帰るためにも、絶対に生き返らなきゃならないんだ!
そのためなら、土下座でもなんでもしてやらぁ!
「……そんなに、生き返りたいんだね」
「あ、ああ……それはもちろん……」
なんだ……?
今のオルーシェの表情や言葉の端から、俺に対する奇妙な感情が見え隠れしていたような……?
しかも、あんまりいい感じじゃなさそうなやつ。
だが、今はそれどころじゃない。
俺はもう一度、「お願いします!」と頭を下げてオルーシェに懇願する!
「……頭をあげて」
言われて、俺は彼女を見上げる。
「あなたの想いはわかった……生き返りたいという、執念も」
「そ、それじゃあ……」
「でも、ダンジョンマスターの地位を返すのは無理」
「なっ!?」
「このダンジョン・コアを書き換える際に、私が死ぬまでマスター権限を譲渡したり奪取したりできないよう、コアの一部を書き換えたの。だから、あなたにマスターの権限を渡す事はできない」
「そ、そんな……」
土下座した体勢ではあったが、絶望の重さに体がさらに深く沈んでいく気がした。
そ、それじゃあ、もう……俺は生き返る事はできないのか。
「安心して」
そんな絶望感にうちひしがれていた俺の肩に、少女はポン!と手を置いた。
「これから私の下僕として、あなたには働いてもらうわ」
「げ、下僕!?」
「そう。そして、満足のいくぐらいにダンジョンを広げる事ができたら、あなたを生き返らせてあげる」
な、なんだとぅ!
そりゃ、完全に奴隷契約とかじゃねぇか!
しかも、このガキが満足するまでなんて条件は、終わりの無いゴール過ぎる!
『マスター……』
あまりの事態にガクガクと震えていた俺を見かねたのか、ダンジョン・コアがオルーシェに声をかける。
お、いいぞ!なんか言ってやれ!
『素晴らしい考えに、感服しました。貴女こそ、我がマスターにふさわしい!』
そうだよね!利害が一致してたら、そっちに付くよね!
ちくしょう、味方がいねぇ!
シクシクと涙する俺に、オルーシェはソッと手を伸ばしながら、極上の笑みを浮かべ問いかけてくる。
「私の下僕になって働くか、今すぐダンジョンの藻屑に変わるか……どっち?」
……俺に選択の余地はない。
極々か細い希望であろうと、その手を取るしか選ぶ道は無かった。
「よろしくね、我が下僕」
「よろしくだ、クソッタレ!」
こうして俺は、ダンジョンマスターから下働きの下僕へと華麗なる転身を遂げたのであった……。