06 奇妙な来訪者
──村に偽装した屋外階層に、初めて冒険者が訪れてから一ヶ月が経った。
いまや、オルアス大迷宮突入前に様々な準備ができるポイントとしてすっかり人気を博しているここには、冒険者や商魂たくましい商人達がこぞって訪れる場所となり、賑わいを見せている。
とはいえ、さすがに一般人で道中モンスターがひしめくこの山奥まで移入しに来るような物好きはいない……というか、各国が秘密裏にダンジョン攻略のために作った村っていう噂が、真実みたいな形で広がり伝わってるために、冒険者や商人以外は寄り付きもしないというのが真相っぽいんだがな。
まぁ、生き死にの覚悟が決まっていない一般人がこの屋外階層に住み着かれも困るから、現状が丁度いいくらいなんだが。
それにしても……現代の冒険者が弱すぎる!
最初にやって来た連中は、マルマに吸精され過ぎてたから仕方がないとしても、それ以降にやって来る連中も浅い階層でモンスターを狩ったり、小銭稼ぎみたいに宝箱を漁るばっかりだ!
しばらくマルマに吸精を禁止させて、素の強さのままダンジョンに挑ませてみたりもしたけれど、奴等の行動は変わらなかった。
俺の時代はこう……命がけで、少しでも奥に向かおうとする気概に溢れていたもんだがなぁ。
「昔と違って、いまは適当なモンスター退治を請け負うだけで食っていけるから、あまり危険は犯したがらないんだと思う」
不満げな俺にオルーシェはそう言うが、危険を冒さないで何が冒険者か!と、言いたい!
いや、実際に言ったらオルーシェから「おじさんの台詞」ってクスクス笑われたりしたんだが……。
しかし、せめて第五階層くらいまで降りてこいや!
合理的というか、チキン野郎というか……今の冒険者にはがっかりする事が多すぎるぜ……。
そんな不満と退屈の日々を送っていた、ある日。
ついに、俺の望むような冒険者が姿を現した!
独特の強者だけが放つ空気を纏いながら、ダンジョンの入り口を見つめながら佇むそのパーティ。
屋外階層の村には立ち寄れば、即座にダンジョン・コアによって記録されるが、こいつらの姿が記録に無かった。
ということは、険しい山道を越えたにも関わらず、村には寄らずにまっすぐにこのダンジョンへと向かって来たのだろう。
そんな真似をするのは腕に自信のある猛者か、功を焦る小物のどちらかだ。
そして、漂う雰囲気からこいつらは高確率で前者だろう。
おそらくリーダーと思われるのは、先頭に立つ鋭い眼光の剣士。
そして、仲間の魔術師らしき青年が二人といった小数の構成だったが……やはりできるオーラを持っているな。
ダンジョンへ侵入してきたこいつらが気になった俺は、そのまま奴等の動向を追うことにした……。
◆◆◆
「……ふぅん、ここが難攻不落のオルアス大迷宮とやらか」
そんな呟きを漏らしながら、三人組パーティのリーダーである剣士がダンジョンへ足を踏み入れる。
階段を降り、はじめの階層に到着した彼等はクンクンと周囲の空気を探るように鼻を鳴らした。
「……ふむ。若いダンジョンながら、芳醇な魔力の匂いがするな。これは中々良さそうな物件だ」
値踏みするように呟く剣士に、連れの二人が小さく頷く。
そんな一行へ、挨拶代わりとでも言わんばかりに何処からともなく現れたダンジョンモンスターが、襲いかかっていった!
「……ふん」
不意打ちに近いタイミングだったにも関わらず、後手で抜き放たれた剣はモンスターの攻撃よりも速く相手を斬り裂いた!
さらに、その勢いのままモンスターの群れに突っ込んだ剣士は、嵐のごとく剣を振るっては次々と標的を血祭りにあげていく!
やがて渦巻く血風が収まった頃、動くものは彼等しかなく襲いかかってきたモンスター達だった物が散乱しているだけの、無惨な景色が広がっていた。
戦闘が終わり、軽く剣を振って刀身にまとわり付いていたモンスターの血を払うと、男は剣を鞘に納める。
「温いな……」
剣士の呟きに、仲間の魔術師達も無言で同調するかのように再び頷く。
「しかし、まだ入り口付近ですので、手応えがないのも仕方がない事かもしれません」
「それもそうだ。どれ、適当な所まで潜ってみるか……」
「はっ!」
どこか楽しげな足取りを持って、三人の侵入者は更なる深淵に向かって歩みだした。
◆◆◆
「……こいつら、本当に人間?」
ダンジョン内の光景なら何処でも写し出す、観察用の水晶球で妙な強さを感じさせる一行を眺めていると、同じく映像を覗き込んでいたオルーシェが驚いたように呟く。
確かに彼女が言うように、こいつらはいままで出会ったどの冒険者達よりも遥かな高みにいる。
俺の時代の冒険者に、肩を並べるくらいはありそうだな。
しかし、それだけに怪しい……。
なんだってこんな強さの連中が、ろくな準備も無しにダンジョンに入って来たんだ?
一見すれば冒険者風ではあるが、こんな手荷物程度の物資でダンジョンに入るなんて行為は、駆け出しの素人だってやりはしない。
さらに、普通なら宝箱の類いを探すものだが、そういった物には目もくれてなかった。
そこから考えるに……こいつらも本気でダンジョンを攻略する気がないか、もしくは……冒険者ですらない?
ここまで観察していた奴等の言動を見るに、後者の予想が正しい気がする。
そんな、腑に落ちない感情を侵入者達に抱きつつ観察を続けていたが、奴等はダンジョンへの侵入者の中では再奥である第七階層までたどり着き、その階層ボスモンスターを撃破した時点で引き返し始めた。
さすがに、初見で取り返しのつかない深さまで潜りはしなかったか……それで第七階層まで来たんだから、たいした物ではあるんだがな。
なんにせよ、奴等の会話からダンジョンを出た後は、屋外階層の村へ立ち寄る予定を立てている事はわかった。
ここはマルマに要注意人物の監視を継続させ、場合によっちゃあ食わせて弱体化させよう。
そうしてマルマに連絡を取り、あとは任せていたのだが……その日の夜。
思いがけない報告が、彼女から上がってきた!
◆
「マ、マスター、ダルアス様ぁ!あ、あの人達は、人間じゃありません!」
慌てた様子で、ダンジョンの最下層に陣取る俺達の元へと連絡を寄越すマルマ。
つーか、落ち着け。
「まぁ、確かに現代の冒険者の中では、人間離れした強さかもしれないが……」
「い、いえ、そういう事ではなくてですね……そう、彼等は人間に擬態した魔族です!」
「なっ!?」
思いもよらぬその報告に、俺とオルーシェは同時に顔を見合わせた。
魔族?あいつらが?
「それは間違いないのか?」
「は、はいぃ……しかも、そんじょそこらの魔族ではなく、魔王様直属の四天王直轄の五人衆クラスと思われる、上位魔族です!」
なっ……それってつまり、魔王軍の幹部クラスって事じゃねぇか!
なんでそんな奴がここに……?
「さすがに理由はわかりませんけど、何か目的があることは確かだと思います……」
「そういえば……」
あいつら、ダンジョン内でも攻略というより、物件の調査みたいな真似をしてたな……?
まさか、前のオルーシェを追ってた連中よろしく、このダンジョンそのものに狙いをつけてきたんじゃなかろうか?
だとしたら、非常に厄介だ。
「……よし。マルマはそのまま、人間に化けてる魔族に色仕掛けで迫って、目的を聞き出して」
「え、ええ~?お言葉ですが、マスター……魔族の男性は、人間の女性に興味がありませんから、この姿の身では誘惑もできそうにないのですが……」
さすがに条件が厳しかったのか、マルマは情けない声を漏らしながら、しょんぼりと俯く。
「いざとなったら、正体を現してもいい」
そのオルーシェからの提案に、マルマは頭をあげると淫蕩な光を瞳に宿しながらニンマリと微笑んだ。
「そ、それは吸精も可……という事でしょうか?」
「うん」
「あはぁ♥かつての上司の味は、どんなものなのか……楽しみですぅ♥」
……めっちゃやる気になってる。
相変わらず、とんでもないスケベだな。
「それでは、さっそく今夜から仕掛けてみますわぁ♥」
「うん、よろしく」
そこで通信を切ると、俺達は再び村への監視モードへと入る。
さて、回りくどい真似をする魔族の狙いはわかるだろうか?
あと、十八禁にならないように加減しろよな、マルマ……。




