03 追放者
「オラッ!起きろっ!」
気絶した魔族に馬乗りになって、俺は『ビビビビッ!』と効果音が出そうなビンタを見舞ってみる。
「うう……」
夜は墓場で運動会でもしてそうな、今の俺に似合いのビンタで奴も再び意識を取り戻したようだ。
「うっ……ひぃっ!」
「おっと、気絶は無しだ!」
またも倒れそうな魔族の角を掴み、無理矢理に上体を起こす!
そこで拘束されていることに気づいたのか、魔族はわずかに怯えを見せながらも俺達をチラチラ見回してから、ようやく口を開いた。
「こ、ここはどこ……ですか?あ、あなた方はいったい……」
むっ!?
見た目に似合わず、なんだか丁寧な言葉使いだな。
もしかして、結構な地位に就いてる奴だったりするのか?
「ここは、私のダンジョンの中。近くで行き倒れていた貴方を、ダルアス……その彼が連れてきてくれたの」
「なっ!まさか、このアンデッドを使役しているのは……」
「そう、私」
「な、なんと……その歳で……しかも、人間が私を助けてくれたと……」
年若いオルーシェが、俺のような骸骨兵を使役している事や、自分が助けられた事に酷く驚いているようだな……。
まぁ、人間と魔族は敵対しているらしいし、助けられるなんて思ってもいなかっただろうからな。
とはいえ、こいつもまだ完全に助かった訳じゃない。
もしも、俺達に敵対する目的で近くまで来てたなら、このままダンジョンの肥やしにしてやるぜ!
「……ふっ」
いつ暴れだしてもいいように注視していると、スキンヘッドの魔族はため息みたいな笑い声を漏らした。
「まさか、魔王軍を追放された矢先で、こんな出会いがあるとは……」
「なにっ!?」
問い返すような俺の口調に、魔族はまたビクリと体を震わせる!
「あなた……追放されたの?」
「え、ええ……ほんの些細な事が原因でね」
そう言うと、魔族は自嘲気味に笑った。
些細なミスで追放されるって事は、よほどの無能か……それとも、上にいる人物の逆鱗に触れたとかかだろうが……。
「いったい、何をやらかしたんだ?」
「……ちょっと、女性の格好をしただけなのにっ!」
「……うん?」
「仲間の戦闘服を無断で借りる事が、そんなにいけない事だというですかっ!」
いや、無断拝借はダメだろうが……って問題はそこじゃねぇ!
「な、なんだ!? つまりお前は、仲間の女性魔族の戦闘服を勝手に着て戦場に出たっていうのか!?」
「戦場には出ていません!だって、汚したり破損したりしたら大変じゃないですかっ!」
「変な所だけ常識で語るんじゃねぇよ!」
あと、なんで戦場にでないのに戦闘服を無断拝借したんだ?とか、そんな真似してたら追放されるのも当たり前じゃねぇか!とか、色々とツッコミ所が渋滞するわ!
しかし、ひとつだけわかった事がある。
もしかしたら、この魔族が『オカマは』と呼ばれる連中の一派かもしれないという事。
そして、こいつが本物の『オカマ』であるのなら……強敵だっ!
「へ、変た……」
「まて、オルーシェ!」
たぶん『変態』と言いかけた彼女の言葉を制する!
こいつらにとって、わかりやすい罵倒の言葉は、虎の尾を踏むのと一緒だ!
──俺が生きてた時代には、こんな格言があった。
曰く、「手負いのモンスターとオカマには用心すべし」という物だ。
あらゆる侮蔑や嘲笑に悠然と立ち向かい、そこから向けられる悪意をねじ伏せ、正面から男でありながら理想の乙女を目指す奴等は、そんじょそこらの宗教家すら裸足で逃げ出すほどの求道者と言っていい。
故に、「オカマは強キャラ」というのが、俺達の時代の共通認識だった。
人間ですらそうなのだから、魔族のこいつはどれだけ危険な存在なのか……。
そんな警戒する俺に、オルーシェが不安そうに寄り添ってきた。
「ダルアス……こいつの目が怖い……」
うん?
そう言われみると、この魔族がオルーシェを見る目には明らかな濁った光が見える。
まるで、獲物が育つまで慈しみたいという、歪んだ欲望のような……。
俺の知る理想を追求するオカマは、もっと清々しい瞳をしていたものだが。
「……なぁ、あんた。女装してたらしいが、女になりたいのか?」
「私はいつでも、美少女になりたいとは思っていますがね……」
フフフと不敵に笑う魔族の言葉に、やはり違和感を覚える。
俺の知るオカマ達は己の理想に邁進する者だが、美少女になりたいというこの魔族は気配が違う。
もしかして、こいつ……。
「お前……恋愛対象は男と女、どっちだ?」
かつてのオカマ達なら、当然の如く「男!」と雄々しく答えたハズである!
しかし、返ってきた答えは!
「愚問!女の子に決まっているでしょう!」
その瞬間、俺の背筋を悪寒が突き抜けていった!
あ、やべぇ!
こいつは精神性が女性なんじゃなくて、女が好きすぎて最終的に女になりたくなった度が過ぎたスケベ野郎だ!
奇しくも、「変態」と評したオルーシェが正しかったとはっ!
「て、てめぇ!もしかして、その仲間の女魔族の服をパクったっていうのも、趣味の延長かよ!」
「フッ……だったら、どうだというんですか?」
「開き直るんじゃねぇ!」
にちゃりとした笑みを浮かべる魔族に、俺は思わずビンタをかましてしまった!
まったく、デリケートな問題かと思ったら、単にこいつが重度の女好きを拗らせた変態だったなんて……。
そりゃ、魔王軍も追放されるわ!
「くそっ……なにか魔族の情報を得られるかもと思って連れてきたが、こんな変態だったとは……」
「フフフ……人は見かけによらないといいますしね」
うるせぇ、自分で言うな!
まったく……なんにせよ、こんなのを近くに置いといたら、うちの子の教育に悪い。
それに、変態をダンジョンに吸収させるのもなんか嫌だし、やはりどこかに捨ててくるか……。
そんな事をオルーシェやダンジョン・コアと話していると、慌てた様子で魔族の男がすがり付いてきた!
「ま、待ってください!これでも私は魔王軍において、それなりの地位にあった者です!きっと貴方達の力になれますよっ!」
「それなりの地位?いったい、どんな地位にいたって言うんだよ?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれました……改めて自己紹介をさせていただきます。私は、魔王様直属の四天王直轄の五人衆配下の十勇士が一人、マルトゥマという者で……」
待て待て待てっ!
何の何の何!?
役職がややこしくて、名前が入ってこなかったんだが!?
「むっ?だから、魔王様直属である四天王が直轄する、十勇士の一人、マルトゥマであると……」
やっぱり、肩書きが……肩書きが長い!
たまにいるよな……肩書きが長すぎて、結局お前の役職はなんなんだってなるお偉いさん。
だが、このマルトゥマと名乗った男が「十勇士」とかいう、それなりの地位にあったらしい事はわかった。
これなら、魔族に関する情報とかを聞き出せるかもしれないが……。
「本当に、俺達の役に立つ自信はあるのか?」
「もちろんです!魔族の情報もなんでも話しますし、なんならそこのお嬢さんのお世話だって、上から下まで四六時中いたしますよ!」
「気持ち悪いから却下だ」
「そ、そんなっ!」
オルーシェの答えを待たずに返事をした俺に、マルトゥマはショックを受けたようだ。
いや、なんであの答えで行けると思ったんだ?
「とにかく、うちじゃ変態を飼う余裕はねぇんだよ!」
「待ってくださいぃ!また捨てられたら、本当に行くところがないんですよぉ!」
「知るか!恨むなら、自分の変態性を恨め!」
拘束されてるのに器用に俺の足へとすがり付きながら、マルトゥマはここに置いてほしいと懇願する。
ええい、こうなったら……。
「……条件次第で、ここに置いてあげてもいいよ」
「!?」
実力行使で追い出そうとした俺に、急にオルーシェがそんな事を言ってきた!
おいおい、何を考えてるんだ!?
「確かに変態だけど、魔族の幹部クラスを手駒にできるチャンスでもあるもの」
「そ、そりゃ確かにそうなんだが……あいつ絶対お前にちょっかい出してくるぞ!?」
チラリとマルトゥマの様子を伺うと、すでにネットリとした笑みを浮かべている。
「大丈夫、私に任せて」
力強く自らの薄い胸を叩くと、オルーシェはマルトゥマと対峙した。
「あなた……ここに置いてほしいらしいけど、私から出す条件を飲める?」
「も、もちろんです!私にできる事なら、足でもなんでも舐めますよっ!」
「そんな事は頼んでない……」
ちょっと俺を止めた事に後悔を滲ませながら、オルーシェは萎びた野菜みたいな顔になった。
それでも気を取り直すと、マルトゥマに向かってハッキリと告げる!
「それじゃあ……貴方は一度、ここで死んで!」
「え、なんです?何かの比喩?」
「ううん。文字通り、一度死んでもらう」
容赦ないオルーシェの言葉に、マルトゥマは助けを求めるような目を俺に向けてきた。
あー、うん。
だいたいこういう時のオルーシェは、ガンとして譲らないからな……ご愁傷さま。




