02 偽装村の仕様
「こ、こいつは……」
作業用ゾンビから伝えられた情報を元に、そいつの所に到着した俺は思わず声を失った。
まるで行き倒れのように、そこに倒れていた人物……人でいいんだよな?
なんでそんな事を思ったのかといえば、倒れていた奴に人間とは異なる特徴があったからだ。
オーガにも劣らぬ、二メートルを越える長身に、半裸のような格好から見えている青色の肌。
さらにきれいなスキンヘッドの側頭部からは、黒曜石みたいな光沢を持つ動物のような角が生えている。
かつて様々な冒険をこなしてきた俺の記憶にもない、異形の者……もしや、こいつが現代に現れた異界からの侵略者、『魔族』か!?
むぅ……異界の生物と聞いていたから、もっと悪魔的な物を想像してたが、一部の特徴を除けばほとんど人間と変わらない姿だった事に、少しは戸惑ってしまう。
とはいえ、すげぇヤバい連中と聞いてるからな……警戒しなくては。
油断なく身構えながら、倒れているハゲ魔族をゆっくり観察してみたが……いっこうに起き上がる気配はないな?
もしかして、ガチで気を失っているのか……もしくは、死んでいるのだろうか?
その辺から拾った枝でちょっとばかり突いてみると、ピクッと身を震わせたからまだ生きてはいるようだ。
だが、だいぶ弱ってるみたいだし、放っておいたら死ぬかもしれないな……ええい、仕方ない!
貴重なサンプルになるかもしれない魔族を、こんな所で死なせるのはもったいない。
なので、俺はゾンビ達に作業を続行するように命令すると、魔族の体を引きずりながら、ダンジョンの最下層にいるオルーシェの元へ向かった。
◆
『──階層の増加、全ての階層に『多重次元変換方』の構築……これにより、我々のダンジョンの難易度はさらに上がりました。しかし、『迷宮外階層』にこの建築物は不要かと……』
「ダメ、必要だから」
『し、しかし、派手に祝える大きな聖堂がある教会なんて、ダンジョン育成になんの意味が……』
「それがあれば、結婚式とかできるでしょ!だから作らなきゃ!」
『……私が言うのもなんですが、誰がこんな立地の教会を使うというんですか?』
「私が……とか。十年後くらいに……」
『ぬぅ……』
「何を揉めてんだ、お前ら」
なにやら白熱していたオルーシェとダンジョン・コアに、俺が声をかけると二人はビクリと震えてこちらへ振り返った!
「き、聞いてたの?」
「聞いてたっていうか、聞こえちまったっていうか……」
話の内容が筒抜けになっていたと知って、オルーシェの顔がみるみる赤くなっていく。
しかし、教会だの結婚式だの言ってたけど、オルーシェはそういった願望が強いのかな?
まぁ、年頃の女の子としては、別に恥ずかしがるような事ではないと思うんだが……。
『ちょうどよかった、ダルアス様の意見も聞かせてください』
「ん?お前らが言ってた、でかい教会が必要か否かってやつか?」
『はい』
「んー……そうだな、必要に一票」
『ええっ!?』
俺の答えが意外だったのか、ダンジョン・コアのやつが驚きの声をあげる。
まぁ、ここはオルーシェの後押しも兼ねて、それっぽい理由でもつけといてやるか。
「……あの迷宮外階層予定地なんだが、偽装の村を作ることになってるだろう?そうなると、何かしら目立つ物があった方が小さな違和感から目をそらしやすい」
制作中の偽装の村は、ダンジョンに挑もうとする者達が目前で休める最後の場所として運営していくつもりでいる。
まぁ、そのコンセプト自体が罠なんだが。
なんせ、村人に扮するのは、現在作業中のゾンビ達だしな。
あれは、先の戦いで侵入してきた冒険者や魔術士達をダンジョンに吸収させ、新たなダンジョンモンスターとしてポップされた成れの果てである。
言ってみれば、自意識の無い今の俺みたいな物か?
なんかちょっと悲しい存在だが、魂までは縛ってないからセーフ。だと思う。
まぁ、そんな奴等を使って昼間は生前の記憶をベースに村人として生活させ、深夜になればゾンビとなって村で休んでいる冒険者達を襲うというのが狙いなのだ。
もちろん、村の規模が大きくなれば立ち寄るのは冒険者のような荒くればかりとは限らないが、狙うのはそれなりの強さと野心を持った連中に限り、一般市民には手を出すつもり無い。
そのために、ある一定の強さ以下のの奴にしか通じない
特殊な催眠ガスを、夜霧に見せかけて噴霧する仕掛けまで準備中なのだ。
これなら、耐性のある強い冒険者以外は、安全な屋内で朝までぐっすりって寸法よ!
しかし、それでも昼間の村人に扮したゾンビに違和感を持つ者はいるだろう。
そんな奴等の目を引き付けてくれるのが、オルーシェの提案する「でかい教会」ってわけですよ!
なんせ、こんな山奥の、しかも危険なダンジョンのすぐ近くにあるんだもんな。
違和感だけでいったら、半端ない事だと思う。
それに比べれば、なんだかぎこちない村人(死人)なんて、興味も持たれまい。
『……なるほど。一定の戦略的な価値を考慮いたします』
捲し立てた事でなにかしら刺さる事があったのか、ダンジョン・コアのやつは長考に入ってしまった。
まぁ、反対派がこんな反応を示したんだから、手応えはあったと見て良いだろう。
そんな態度の変わったダンジョン・コアを眺めていると、オルーシェがちょっとちょっと隣にやってきて俺をキラキラして目で見上げてきた。
「ありがとう、ダルアス。私に協力してくれて」
「なぁに、気にすんな。可愛い女の子に手を貸してやるのが、男のたしなみだからな」
「かわ……いい……」
頭を撫でながら言った俺の言葉に、オルーシェはまたも真っ赤になっていく。
ふふっ。誉められ慣れてないせいか、素直な反応をしやがって。
『ところでダルアス様……アレはいったい何でしょう?』
そんな風に、スキンシップを図っていると、思い出したようにダンジョン・コアが尋ねてきた。
コアの言うアレとは、俺が引きずってきた魔族の事だろう。
いっけねぇ、すっかり忘れてた!
「そうだ!ダンジョンの近くに、こいつが行き倒れてたんだ!」
そう言って、俺はオルーシェ達の前に魔族を転がす。
「わぁ……魔族だ」
「おお、やっぱりこれが魔族か!」
こんなの初めて見るからそうだと思ったが、俺の直感もまだまだ錆びついちゃいないな!
「でも……こいつ一人だけだったの?」
「ん?」
オルーシェの言葉に、俺は首を傾げた。
なんでも、魔族ってのは大抵の場合、徒党を組んで行動するのが常らしいのだ。
「んん……恐らくだが、発見した際にはこいつ一人だったな」
もしかしたら他にもいたのかもしれないが、今もって外の作業用ゾンビ達からなんの連絡も無いから、近くに魔族はおろか人影も無さそうではある。
「そう……じゃあ、こいつに事情を聞いてみましょう」
念のためにと、魔道具でもって行き倒れ魔族を拘束してから、オルーシェが回復魔法を施す。
そうして柔らかな光に包まれた魔族が、小さく呻き声を漏らした!
「う……うう……」
意識も戻ったのか、魔族はうっすらとまぶたを開いて目だけで周囲を見回す。
そんな魔族に、俺の方から声をかけてやった。
「よう、目が覚めたかい?」
「おお……貴殿が私を助けて……」
声をかけた俺の方に目を向けた魔族の瞳が、突然大きく見開かれた!
「ほ、骨が喋ったあぁぁぁぁっ!?」
そして驚愕のあまり、再び魔族は気を失ってしまう!
こ、この姿にも慣れたつもりだったが、面と向かって気絶されるほどに驚かれると結構くる物があるな……いっぱい悲しい……。




