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09 戦いの後

          ◆◆◆


「──はっ!」

 うす暗い部屋の中心に添えられた簡易的なベッドに横たわっていた男が、落下した夢でも見た時のようにビクッ!と大きく跳ねてから勢いよく上体を起こした!


「ハァッ……ハァ……」

 全身に流れる汗と、荒い呼吸をなんとか整えながら、ようやく落ち着きを取り戻した男の口から、大きなため息ともとれる呼気が漏れ出す。

「……化け物め!」

 一言、そう呟いたのと同時に、彼の佇む部屋の扉が開かれて数人の研究者然とし魔術士達がなだれ込んできた!


「バスコム様、大丈夫ですか!?」

人工生命体(ホムンクルス)の方が戻らぬうちに、本体(こちら)が覚醒するなんて、いったい何が……」

「それに、十七号の件はどのような……」


 矢継ぎ早に問いかけてくる魔術士達に、片手をあげて言葉を制すると、バスコムは簡易ベッドから降りながら屈辱に顔を歪めて説明を始めた。


「全滅だ」

「は?」

「だから、私を含めた(・・・・・)十七号捕獲をするために奴のダンジョンへ向かった者達は、きれいに全滅したと言っている!」

「………………えぇぇえぇぇっ!?」

 さすがに、突拍子もないバスコムの言葉の内容を理解するのに時間を要したのか、ワンテンポ遅れて魔術士達は驚愕の声を響かせた!

 そんな部下達には目もくれず、バスコムはスタスタと歩き始めて部屋を出ていく。

 それを追って彼の後ろについた部下達は、詳しい状況の説明を求めた。


「『ジュエル・トルピス』からの報告にあった通り、なかなかに厄介そうなダンジョンではあった。だが、迷宮内に巣くうモンスターも様々なトラップも、一部を除けばそこまで脅威とのるものではない」

「で、ではなぜ……」

「その一部の突出した物が、厄介過ぎたのだ!」

 バスコムは、人工生命体に精神を宿していた時に斬られた箇所に触れる。


 今でも生々しい感触が残るほどに……冷たい刃が皮膚に食い込み、肉が断たれ、内臓が裂ける熱い記憶が思い出された。

 当然ながら本体にダメージなどありはしないが、魂に刻まれたような心の傷はしばらく消える事はないだろう。

 あの自意識を持つ骸骨兵(スケルトン)は、どこぞの死体を中途半端に蘇生させただけかと思っていたが、恐ろしいまでの手練れであった。


 そんな彼の実体験な話を聞いていた部下達も、信じられないといった表情で顔を見合わせている。

 もしもバスコムが話しているのでなければ、与太話として一笑に付していたかもしれない。


(確か……ダルアスとか名乗っていたな)

 竜の力を宿した自分の前に臆する事なく立ちふさがり、ただの一撃で自分を両断した驚異の剣士。

 冒険者を自称していたが、この国の者ではあるまい。

 そんな手練れがいれば、自分の耳に入らぬはずがないのだから。

(十七号を取り返し、あのダンジョンを手に入れるためには、もっと『ダルアス』という冒険者について調べる必要がある!)

 そう判断したバスコムは、部下である職員達に様々な指示を出す。

 それらを聞きながら、部下達は最大の難問について問い返した。


「……今回の作戦の失敗に対する、隠蔽工作はいかが致しましょう」

「ああ、隠蔽する必要はない。いや、むしろ尾ひれを付けて、派手に話を広めた方が良いかもしれんな」

「え?」

 まさかの言葉に、職員達の目が点になる。

 それもそのはずで、魔導機関の魔術士達や大量に雇った冒険者達が全滅の憂き目にあったのだ。

 それを指揮していたバスコムの責任は重大で、下手をすれば彼であったとして極刑に処される可能性だってある。

 にも関わらず、それらの失態を隠す必要がないだけではなく、話を広めろとはどういう事なのか。


「ふん……あれだけ人数を動員したのだから、隠しきれるはずもあるまい。なら、わざと情報を拡散してやれば失敗した我々よりも、十七号のダンジョンの方へ注目が集まるであろう」

「それは……そうかもしれません」

「そうして、落ち目となった我々から目が逸れている間に、あの計画(・・・・)を推し進める」

 それを聞いて、職員達はハッ!となった。

 確かに、自分達『ムーラーレイン』への国内外から向けられる監視の目が緩めば、絶好の好機にもなりうる。


「王への説明と、冒険者ギルドへの釈明は私が行う。オマエ達は、情報の拡散と計画進行への準備を進めろ」

「はっ!」

 命令を受けた職員達が一斉に散っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、バスコムは薄く笑みを浮かべた。


「覚えていろよ、十七号にダルアス……これから受ける我々の屈辱は、いずれ倍にして返してやるからな……」

 その瞳に復讐の炎を宿しながら、バスコムは王城へと向かうべく、踵を返した。


           ◆◆◆


 戦いが終了し、俺とオルーシェはダンジョン・コアからの答えを待ってウキウキと心を弾ませていた。

 それというのも、現在ダンジョン内で死亡した者達を吸収する作業中だからである。

 まぁ、敵の首領に逃げられてしまったとはいえ、かなりの人数がダンジョンの餌として吸収されたんだから、相当なダンジョンポイントを稼げたはずだ。


『お待たせしました、計算が終了いたしました』

 ダンジョン・コアの声に、俺達はごくりと息を飲む。

『今回の吸収で変換されたポイントは……約五十三万です』

 ご……ごじゅうさんまん!

 すげぇ!

 この時代の冒険者やら魔術士やらって、なんか弱かったからどれ程の物になるのかと少し不安だったけど、こんなに変換できるとは……。

 まさに質よりも量だな!


 それにしても、五十三万はすごいな!

 これなら、わざわざ十年も待たなくても、わりとあっさり俺を復活させてくれるんじゃなかろうか。


「よし……稼いだポイントは全部、ダンジョン育成に賭け(ベット)しよう!」


 鼻息も荒く、ギャンブラーみたいな事を言い出すオルーシェ!

 ちょっと待ったぁ!


「お、お前なぁ、稼いだポイントをいきなり全部ぶっ込むってなに考えてんだよ!そんな末期のギャンブラーみたいな行動したら、ダメだよ!」

 キョトンとするオルーシェに、ちょっとは堅実な人生計画というものを画策すべきと説いてみる。

 しかし……。

「人生が丸ごと博打じみた、冒険者に言われても……」

 と、そんな反論されてしまう。

 くっ……ぐぅの音も出ねぇ!


「ダルアスの言いたい事は、わかってる。少しは貯ポイントして、自分を早く生き返らせてほしい……でしょ?」

「う……まぁ、それは確かにあるが……」

 図星を突かれ、わずかに狼狽えた俺を見て、オルーシェがクスクスと笑う。


「そういう正直な反応する所、私は好きだよ」

 キラキラした素直な笑顔でそんな事を言うオルーシェに、不覚ながら少しドキッとした。

 って、おいおい……相手は娘ほど歳の差のがある女の子だぞ!?

 俺はロリコンじゃないのに、なにをときめいてるんだっつーの!

 そんな風に、自分の中に生まれた葛藤に戸惑っていると、さっそくオルーシェがダンジョンポイントをつぎ込もうとしていた!


「待ってぇ!全部注ぎ込んじゃ、らめえぇぇぇっ!」

 滑り込むようにオルーシェにすがり付くも、ダンジョン・コアは無情に全賭けを受諾してまう!

 んもぉぉぉっ!


「大丈夫、ちゃんと十年後には生き返らせる」

 何故か機嫌良さげに言うオルーシェに、俺は地面を転がるという大人げない真似をしながら問い返す!

「なんで十年なんだよぉ」

「それは……逃がさないため」

「べ、別に生き返ったって、お前を見捨てるような事はしねぇよ!」

「うん、そこは信頼してる。だから……私が追い付くまで、待ってて」

 お、追い付く?

 何の事だか、よくわからないが、やはり俺の生き返りはまだまだお預けらしい。

 もはや俺にできる事は、もしかしたらオルーシェが折れてくれるかもしれない事に期待しながら、駄々っ子のように床を転がり回る事しかなかった……。


           ◆◆◆


 やだやだと地面を転がるダルアスを眺めて、ダンジョン・コアが大きなため息(?)を吐く。


『なんとも……あれが、バスコムを倒した戦士の姿とは思えませんな』

「そうだね。でも、ああいうのも真面目な時とのギャップがあって、かわいいと思うよ」

 そんな私の感想に、コアからは「恋は盲目ですな……」といった気配が漂ってくる。

 まぁ、大の大人が全力で子供じみた行動を取ってるのを見て、かわいいと思ってしまうんだからそうかもしれない。


「な、なぁ、オルーシェ……せめて、もうちょっと生き返らせるのを前倒しできないか?」

「ダーメ!」

 ……今はまだ娘みたいにしか思われていないけど、心も体も成長してから、一人の女性として見てもらいたい。

 そのためには、せめて十年という歳月は必要不可欠だ。

 項垂れるダルアスに、ちょっと申し訳ない気持ちを抱きつつも、心の中で彼をロックオンしながら小さく呟く。


「逃がさないからね……大好きだよ」


 あまりにも小さかった私の呟きは、ダルアスの耳に届くことはなく、虚空に紛れるように消えていった。

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