08 竜の力
「おい、オルーシェ?大丈夫か?」
「あ……あう……あうう……」
「ようやく思い出したか、十七号。私が誰で、お前がなんなのかを……」
凄むバスコムを前に、オルーシェはまともに答える事もできず、ボロボロと涙をこぼしながらひたすら震え続ける。
うーん、こりゃいかん。完全に呑まれてるな。
俺としては、このくらいの殺気や緊張感は日常茶飯事だったから馴れたものだが、トラウマを抱えたオルーシェにとっては、よりいっそうの恐怖心を感じているんだろう。
そんな時、生前に付き合いのあった子持ちの冒険者から聞いた話が頭をよぎった。
確か、子供の緊張をほぐすおまじない的なやつだったが……ちょっと恥ずかしいんだよなぁ。
しかし、一応は俺のパートナーである彼女がこんな様子では、これから先も思いやられる。
守ってやるばかりではなく、時として試練を乗り越えさせてやるのも、大人の務めというものだろう。
そのためにも、ここでバスコムに一発かましてトラウマを克服してもらわねば!
そんな訳で、俺は仲間から聞いたおまじないを実践するために、左手に輝く指輪へと視線を落とした。
◆
「ダルアス、これ」
「ん?なんだ?」
オルーシェが持ってきた、その指輪。
なんでも、使用すればダンジョン内に限ってだが、ある一定の時間だけ生き返る事ができるようになるという、魔法のアイテムらしい。
時間制限があるとはいえ、たまに生身に戻って増えた魔力を馴染ませないといけないと思っていた矢先だったから、これはありがたい!
なんなら、また一時甦生をお願いしなきゃと思っていた所だったんだ。
「そうだと思った。それじゃ、指輪を着けてあげるね」
そう言って指輪を翳すオルーシェに右手を差し出すと、違うとばかりに首を振られた。
「これは……利き手じゃなくて、左手に着けなきゃいけないの」
「左手?何か魔術的な事なのか?」
「……うん。だから、左手の薬指に着けてあげる」
ほほう、そういう物かね。
詳しい事はわからないので、彼女に任せるままに左手を差し出すと、その薬指に指輪をはめてもらった。
「それじゃ、次は私に」
「ん?オルーシェにも指輪をつけるのか?」
「そう。私と貴方に、魔力の繋がりを作らなきゃならない。だから、私の左手薬指に貴方が指輪をはめて」
そんな事を言いながら、おずおずとオルーシェは左手を差し出す。
なにやら気恥ずかしげな態度といい、ちょっと赤くなった表情といい、おっさんにもピン!ときたね!
これはおそらく、結婚式ごっこも兼ねているに違いない!
このくらいの女の子は、そういうのが好きだと聞いた事もあるしな。
少しばかり特殊な環境で育っていた彼女にも、そんな年相応の娘さんみたいな所があったんだなと思うと、ちょっとほっこりしてしまう。
まぁ、こんなダンジョンの中では俺くらいしか相手役がいないのが、残念だろうけれど。
「あはっ!」
指輪をつけてやると、オルーシェは眩しそうにそれを眺めながら微笑みを浮かべる。
そんな無邪気な笑顔を見ていると、いつかこの子にもいい相手が見つかって欲しいものだと心から思えた。
◆
──さて、と。
俺は仲間から教わったおまじないを試すために、指輪の力を発動させる。
「復活!」
力ある言葉に反応して、指輪が輝きを放った!
それと同時に、やたらキラキラとした星やらハートやらが舞い散り、メルヘンな感じに包まれながらおっさんの肉体が再生していく!
たぶん、端から見ると結構な絵面だよな、これ……。
なんにせよ、肉体を取り戻した俺は、早速オルーシェに声をかける。
「ふぇ?ダルアス?」
生身の俺に気づいた彼女だったが、やはり緊張は解けていない。
俺は、そんなオルーシェの前髪をソッとよけると、顕になった額に軽くキスをした。
昔、仲間から聞いた話では、ぐずった娘には父親のデコキスが一番効くとの事だったからな。
父親代わりの相棒ではあるが、これで恐怖心から解放されればいいんだが……。
「…………っっっっっ!?!?」
な、なんだ!?
少しばかり呆けていたオルーシェだったが、何をされたか自覚した途端、急に真っ赤になってあわあわと狼狽えだした!
あ、あれ?
もしかして、アウトな方の判定が出た?
「お、おでこ……キス……こんな……」
なにやら言葉に詰まりながら、オルーシェは額を押さえてみるみると涙ぐむ!
緊張感とか恐怖心はひとまず忘れたみたいだけど、このままでは俺に対して怯えはじめてしまうのでは!?
頼れる相棒から、セクハラおじさんに降格するのは勘弁してほしいので、なんとか彼女を宥めようとする。
「おい、オルーシェ!……オルーシェさん……?」
「キセイジジツ……コレハ……ソウシソウアイナノデハ……」
俺は必死に呼び掛けるも、茹であがったように上気し、瞳を潤ませてなにやら謎の呪文(?)を唱えるオルーシェを正気に戻す事ができない!
くっ……どんなヤベー魔法が発動するんだ!
せめて、痛くない方向でお願いします!
「やれやれ……なにやら変わった事を始めたと思ったら、なんという茶番だ」
オルーシェの魔法に身構えていると、バスコムが呆れたようなため息を吐いた。
「せっかくの魔力を、骸骨兵に受肉させるために使うなど、無意味過ぎる。実験体として飼っていた時に、無駄な魔力の浪費は厳禁だと教えてやったはずではないか」
諭すような穏やかな口調でありながら、その言葉の奥には一方的に罰を与える側としての傲慢な響きがあった。
「久しぶりに、鞭をくれてやろう」
無詠唱で魔法を展開したバスコムの手のひらに、バチバチとした電撃の光が生まれる!
それを俺達の方へ向けると、一直線に雷の矢が飛んできた!
「ちっ!」
俺は拳に魔力を集中し、電撃の魔法を打ち落とそうする!
だが、それが俺達の元に届く寸前で、奴の魔法は弾けるような音と共に霧散して虚空に消えていった。
なんだ?俺はまだなにもしてない……ってもしや!?
「フッ……フフフフフフ!」
俺の隣から、這い上がってくるような含み笑いをしている人物の声が響いてきた。
やはり……今のバスコムの魔法を掻き消したのは、オルーシェの仕業か!
「アハハハハ!すごい!力が沸いてくるみたい!」
さっきまでの錯乱っぷりが嘘のように、全身に自信をみなぎらせたオルーシェが拳を握りしめていた!
なに、なんなの!?
よくわからないけど、なんか超ご機嫌になってる!?
しかし、そんな彼女を一瞥したバスコムは、舌打ちをする!
「ずいぶんと意気軒昂ではないか……もしや、私に対抗できるつもりでいるのか?」
「フッ……当然。乙女の熱い想いは、無敵なの!」
言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だっ!
「むん!」
「~っ!」
無詠唱で攻撃魔法を放つバスコムに対し、高速詠唱で広範囲の防御魔法を展開してそれらを弾くオルーシェ!
詠唱でわずかに遅れる魔法の発動を、範囲の広さでカバーする手か。
しかし、あのビビりまくっていたオルーシェが正面からバスコムに挑む姿は、トラウマを完全に振り切ったように見える。
すごいぞ、オルーシェ!
なんでか知らんけど、いきなり強くなりやがって!
「ふん……生意気な。しかし、小競り合いでは埒が開かんな」
不意に細かい魔法の乱打を止め、バスコムが詠唱を始める。
なにか、でかい一発を繰り出すつもりか!?
「我が身に竜の力を!」
その魔法が完成した瞬間、バスコムの体から炎のような闘気が噴き出した!
むぅ……まるで奴の体……というか、存在感が圧倒的に巨大になった気がする!
「そんな……完成していたの……」
「あれが何の魔法か、わかるのか!?」
驚愕しながらも、オルーシェは俺の問い掛けに頷いた。
「あれは、伝説の魔獣であるドラゴンの力を、その身に宿す魔法。まだ、完成する目処は立っていなかったはずなのに……」
「ククク……素晴らしい力だろう?お前が逃げた後に、何人かの実験体を使い潰して完成させたのだよ」
その莫大な力に酔いしれるバスコムが、ニヤリと笑いながら語る。
つーか、実験体ってことはオルーシェみたいな子供を……外道が!
「伝説の魔獣ドラゴン……それと同等の力を得た今の私には、魔法も効かず剣も通らない。そして、素手でお前らをバラバラにしてやる事だってできるぞ!」
「くっ……」
「そうだ、いっそこのダンジョンを、新たな私の実験施設にしてしまうのも悪くない」
「なんだと!ふざけた事を言ってんじゃねーよ!」
「そうよ!このオルアス大迷宮は、私達の共同作業で作り上げた、大切な場所なんだから!」
俺が抗議の声をあげると、オルーシェもそれに乗って反論する!……のはいいんだが、なんだその「オルアス大迷宮」ってのは?
「私とダルアスの名前から、つけてみた!」
自信満々といった感じで、オルーシェは胸を張る。
まぁ、いいんだけどね。
名前とかあった方が、冒険者達を誘き寄せる宣伝材料になるからな。
しかし、そんな俺達のやり取りをまるでゴミでも見るような目で、バスコムは見ていた。
「ふん……お前が、十七号の精神的支柱になっているようだな」
「まぁ、相棒だからな」
「そう、伴侶……」
……なにか、俺とオルーシェで、若干ニュアンスが違ったような気がするんだが?
「関係性など、どうでもよいわ。要は貴様を再生不可能なほどに砕けば、十七号もおとなしくすべてを差し出すであろうよ!」
俺にターゲットを絞ったか……こいつは、好都合!
「……ダルアスっ!」
心配そうに、俺の服の裾を掴むオルーシェに、軽く頭に手を乗せて余裕の笑みを見せてやる。
「心配すんな。ドラゴンの相手は慣れてるからよ」
「え?」
キョトンとするオルーシェの頭をくしゃくしゃと撫でて、俺はバスコムと対峙した!
「フハハハ、ハッタリもそこまで行けば笑えるな!ここ百年以上も、ドラゴンの目撃例などありはしないというのに!」
「百年ね……」
ま、俺が死んだ二百年前とは事情が変わってても、仕方ないよな。
高笑いと共に暴風のような闘気の嵐を纏うバスコムに対し、俺は溢れる魔力を研ぎ澄まして身体能力を上昇させる。
剣を抜き、刃を構えて……一閃!
床が激しく砕けるほどの踏み込みから、一直線の超高速移動をもって振るわれた剣は、夜空を流れる閃光のごとき輝きと共にバスコムの胴体を一撃で両断した!
「なっ!」
その信じられないような現実に、バスコムもオルーシェも驚愕の表情を浮かべる!
「ばっ、馬鹿な……竜の肉体は何物をも通さぬはず……」
胴体を切断され、上半身だけ地面に転がっている状態で即死しないのは、竜の力があるからだろうか?
でもまぁ、相手が悪かったな。
「言ったろう、ドラゴンの相手は慣れてるってよ」
つーか、俺らの時代だとA級に上がるにはドラゴン殺しが必須項目だったからね。
懐かしいな……地竜追いしあの山、水竜釣りしかの川……。
「あり……えん……お前は、いったい……」
「『剣狼』ダルアス……ただの冒険者さ」
「ダル……アス……覚えたぞ……」
ちゃっかり自分の二つ名をアピールしつつ名乗ってやると、その呟きを最後にバスコムは息絶えた。
すると突然、バスコムの体が潰れた粘土細工のような物体に変化していく!
え、なにこれ!? すごくキモいんですけど!
「たぶん、それは本物のバスコムじゃない」
決着をつけた俺の所にオルーシェがやって来て、変わり果てたバスコムを見ながらそんな事を言った。
「本物じゃ……ない?」
「そう。おそらく、自分の細胞を使った人工生命体のコピーを用意して、そこに精神体を乗せて操っていたんだと思う」
なるほど……要するに、良くできた影武者って所か。
一応、こんなのでも吸収させれば、それなりのダンジョンポイントにはなるそうなのでホッとする。
「それでも、バスコム本体は無傷だから、今後も油断できないけどね」
確かに、な。
「……まぁとはいえ、ようやく一段落だな」
呟きながらグッと伸びをしていると、急にオルーシェが俺に抱きついてきた。
「また、私を守ってくれた……ありがとう」
「そんなの気にするなよ。それに、わりと俺も助けられてるんだからな」
そう言うと、はにかんだ彼女は耳を貸してくれと、手招きしてくる。
素直に俺が頭を下げると、「チュッ」という柔らかい感触が頬に押し付けられた!
「ささやかだけど……私からのお礼♥」
「はは……こりゃ、ありがたいね」
娘を持つ父親って、こんな感じなのかな……。
俺は、何となく親の気持ちがわかったような気がして、我知らず微笑みを浮かべていた。




