07 ウチのダンジョンの構造
トラウマから来る恐怖心を堪えながらも、バスコムに宣戦布告を行ったオルーシェを労いながら、俺は入り口付近の映像に再び視線を戻した。
そこには、冒険者と魔術士達の混成小隊が、続々とダンジョン内に突入してくる様子が映し出されている。
そういえば俺は、このダンジョンに食事を運ぶばかりで、どんな造りにするかにはほとんど関わっていない。
アドバイス……というか、経験上のキツかったダンジョンの思い出話をするくらいで、ほぼオルーシェやコアに丸投げだったもんな……。
一応、様々な説明は受けていたから、侵入してくる連中の様子を見ながら、おさらいでもしておこう。
──まずは、第一階層と第二階層。
ここには『多重次元変換法』と呼ばれる(というか、オルーシェがそう名付けた)方式が施されている。
昔、侵入する度に迷宮の構造が変化する不思議なダンジョンがあったのだが、それを聞いた彼女らが考察しながら再現したものだ。
侵入者は、入り口と出口だけはどれも同じ場所に出るようになっている第一階層A、第一階層B……といった多重次元に配置された複数の第一階層にランダムで送り込まれる事で、まるで毎回ダンジョンが変化したような感覚になるという。
元々『人造迷宮』というのは、ダンジョン・コアを利用して異空間に作った迷宮に引きずり込む仕様なので、工夫次第ではこんな真似もできるのだとか。
もっとも、それほど大量のダンジョンポイントもまだ貯まってはいないため、第一階層と第二階層はそれぞれ三種類ほど、難易度の違う別パターンしか用意できていないらしい。
でもまぁ、わりと敵の分散もできてるし、しばらくは迷わせたり混乱させたりは出来そうだな。
──続いて、第三階層。
以前、オルーシェを追ってきた『ジュエル・トスピル』のリーダーを倒した場所でもある。
一切の魔法が発動できなくなるだけの大きめな部屋といった感じではあるが、現在そこには門番となるモンスターを配置してあった。
そのモンスターとは、全身鎧に身を固めたオーガ族のアンデッド……言わば、『フルアーマー・オーガゾンビ』である!
ただでさえ疲れ知らずのオーガ族がゾンビになった挙げ句、防御力も高めてあるんだから我ながらエゲつないとは思う。
魔法無しで倒すには、それなりに腕の立つ戦士系の力が必要だろうが、果たして侵入者達はどれだけ生き残れるかな?
──さて、次の第四階層はほとんど一本道に近いが、多数の部屋がある回廊のような造りになっている。
各部屋にちょっとした宝箱が設置してあり、冒険者心をくすぐるが、迂闊に踏み込んだ者は後悔する事になるだろう。
なぜならその部屋のほとんどが、閉じ込められると同時に至る場所からスライムが現れる、恐怖のトラップ部屋になっているからだ!
スライム……通常の攻撃ではたいしたダメージが与えられない上に、装備は痛むし毒や麻痺なんかも備えてる面倒臭いモンスター。
それが部屋いっぱいに溢れるんだから、まさに地獄の罠と言っても過言ではあるまい。
あと、なんか見た目がエロいしな!
一応、命に別状はないが装備だけ溶かされるという、お約束な部屋も用意する完璧な心配り!
ククク、『いやん!エッチ!』な感じにされた侵入者達がどこまで粘れるか、見物だぜ。
──そうして、最後の第五、第六、第七のモンスターが跋扈する階層を抜ければ、俺達が待つマスタールームのある第八階層にたどり着けるのである。
……いや、第四階層より下の階は普通過ぎるほど普通だが、ネタが尽きたわけじゃないとの事。
おそらく、第四階層まででかなりの間引きはできるはずだが、中には途中から離脱したがる奴等も出て来るだろう。
そういった連中に、無事に逃げてもらうために少し難易度を下げ、さらに上に地上へ戻れる転移装置まで準備してあるのだ。
上手く逃げられた連中が、噂を広めれば今回の一件が済んだ後も一攫千金を狙う命知らず達が定期的に乗り込んで来るだろう。
宣伝代わりに、浅い階層にもそこそこいいアイテムとか設置しておいたしね。
そして、お宝やダンジョン攻略の名声を目当てにする連中をちょこちょこと殺害しながら吸収し、ダンジョンポイントを稼いでさらに迷宮を拡張していくのがオーソドックスなダンジョン育成方法といえるだろう。
今このダンジョンに乗り込んで来てる連中にとっては、国の威信も絡んだ大一番のミッションなんだろうが、俺達にとっては本格的なダンジョン運営のプレオープンに過ぎない。
「……だからよ、お前の復讐対象がわざわざ手のひらで踊ってくれるんだから、ビビる必要はないんだぞ」
「……うん」
啖呵を切ってやったが、まだバスコムに恐怖心を抱いているらしいオルーシェを励ましてやると、彼女は頷きながら俺の手を握ってきた。
うんうん、頼ってくれていいのよ。
父性本能を刺激されながら、俺は再び突入してきた連中の動向に目を向ける。
さぁて、見せてもらおうか……この時代を担う、冒険者の実力というものをな!
◆
──ダンジョンに侵入者達が突入してきてから、数時間がたった。
そして、ようやく俺達のいる第八階層へと足を踏み入れる者が現れる!
「……なんとも、恐ろしいダンジョンを作ったものだな」
悠々と姿を現した人物。
それは、オルーシェの因縁の相手であるバスコムだった!
「我々の教育してやったセオリーとは、随分と違うではないか。ええ、十七号?もしや、報告にあったそこの骸骨兵の入れ知恵か?」
バスコムは、油断ならないといった目付きでこちらにチラリと視線をやるが……俺は愕然とその場に膝をついて、項垂れてしまった!
「な、なんてこった……」
そんな俺をバスコムは訝しげに見てくるが、何かを察したのかニヤリと笑う。
「ククク……そうだな。貴様らの自慢のダンジョンも、私には通じなかったのだから、ショックだろう」
勝ち誇ったように上機嫌なバスコムだったが……そんな事は、どうでもいい!
俺は頭の中で、先程まで覗き込んでいたダンジョン内の状況を反芻する。
ま、まさか……こいつを除いて、他の冒険者や魔術士が全滅するなんてっ!
「弱えぇっ!現代の冒険者、めっちゃ弱えぇぇぇっ!」
「なっ!?」
「あと、魔術士連中がザコ過ぎて話にならねぇぇぇっ!」
「な、なんだと貴様ぁ!」
バスコムは激昂するが、本当の事だから仕方ない!
つーか、せっかく脱出のための備えもしてあったのに、そこにたどり着く前に全滅ってどういう事だよっ!
なんのために『ジュエル・トルピス』の連中を生かして情報を持ち返らせたと思ってるんだっつーの!
報告・連絡・相談ができてなさすぎだ!
第三階層で魔術士どもはあっさりと全滅するし……組織のために体を張った、ファーストくんが浮かばれねぇよ!
それにしても……クソッ!
「生き残って脱出した連中に、このダンジョンの宣伝してもらうって計画が、おじゃんじゃねーか!」
「……ふざけた事を。それでは、私が貴様を再び死体に戻し、十七号を連れ帰って、くだらん妄想を終わらせてやろう」
俺が不甲斐ない連中に対して不満を顕にしていると、そいつらの長であるバスコムは目に見えそうなほどの魔力を纏い始める!
お、いいね。
なかなかの強キャラ臭がするぞ!
こうなったら、バスコムも含めた今回の侵入者を全滅させて、「初心者大歓迎のダンジョン」ではなく「玄人好みな手強い難易度のダンジョン」として売り出すか?
そんな事を思案していると、俺の隣にいたオルーシェがバスコムの魔力に当てられたのか、再びガタガタと震えだした。
むぅ……まずは彼女をなんとかしないとな……。




