01 死んで目覚めたらダンジョンマスター
──その日、A級と呼ばれる冒険者の中でも上級者の俺ではあったが、とことんツイていなかった。
まずは、ろくな依頼がなかった事がケチのつき始めだったんだろう。
ほとんど人も入らないような山奥で、とあるモンスターの調査をするという、地味で実入りも少ない依頼しか残っていなかったからだ。
さらに、そんな俺に同行できる仲間の都合がつかなかったのも、不運と言える。
固定のメンバーを組んでいる訳ではない俺は、同じように手の空いているフリーの冒険者と、臨時でパーティを組むのが常だった。
しかし、同行を願おうと思っていた連中が、すでに別の依頼を受けていて、遠出をしていたのを後から知った。
それを先に知っていれば、こんなモンスター調査の依頼など受けなかったんだが、もはや受諾されてしまった以上、キャンセルすることもできない。
キャンセル料も痛かったし、何よりギルドからの信用を失えば、今後の実入りのいい依頼の斡旋等にも影響が出てくるためだ。
ついでに、後輩の悪い見本にならないようにと、ギルドの受け付け嬢からも可愛らしく注意されてるしな。
「仕方ねぇ……ちゃっちゃと終わらせるか……」
内心、ため息を吐きながら、俺は支度をして依頼にあった山奥の調査地点へと向かった。
だが、ツキの無さは更なる追い討ちをかけてくる。
悪路を乗り越え、獣道を進みながら深山へ入り込んだ途端、ポツポツと空から落ちてくる水滴が俺の頬を叩いた。
「オイオイオイ、こんな山奥で降られるなんて、冗談じゃねぇぞ……」
思わず、悪態が口から漏れる。
これから日も落ちる時間だというのに、雨に降られては焚き火で暖をとる事すらできやしない。
さすがに凍死するような時期ではないが、それでも雨宿りできる場所が見つからなければ、間違いなく風邪をひくのは確定である。
舌打ちしながらも、どこか雨風をしのげる所はないかと周囲を急いで探した。
「おっ!」
ツキに見放されたと思っていた俺だったが、わずかに運が残っていたのか、目の前の山肌に、ポッカリと口を開けた洞窟の入り口を発見する事ができた!
獣やモンスターの巣穴という可能性もあるので、慎重に入り込んではみたが、どうやらそういった訳でもないらしい。
苔むした入り口の地面は、最近まで俺以外が立ち寄った形跡は無いように見えるし、危険なやつが出入りしてる様子は無さそうだ。
ありがたいと思いながら洞窟に踏み込むのとほぼ同時に、まるで竜が泣き出したかのような激しい雨が降りだしてきた!
間一髪の所で、濡れ鼠にならずにすんだ俺は、さっそく野営の準備を始める。
まずは、水が入り込んで来たりしないか、チェックしておかなきゃな。
天然の洞窟は、思わぬ所に罠みたいな欠陥があったりする。
一時の雨宿りならともかく、野営するなら最低限の安全は調べておかねば。
そう思って、洞窟の奥を調べようと歩き出した、その時。
やはり、俺はツイていなかったのだと確信させられた。
苔むした床、濡れたブーツ、そして雨宿りポイントを見つけた気の弛み。
そのシチュエーション全てが、すでに罠だったと言わんばかりに俺は盛大に足を滑らせ、思いきりコケた!
そして、倒れ込んだ先には、偶然にも尖った岩があり……それが、俺の喉に深々と突き刺ささる!
「ゴフッ!」
大量の吐血と共に、呼吸ができなくなり、意識が遠のき始めた。
やば……これ、致命傷だ……。
嘘だろ、こんな死に方……それが、最後に浮かんだセリフだった……。
◆◆◆
……次に目覚めた時、俺は真っ暗闇の空間にぼんやりと突っ立っていた。
え?なんだ、ここは?
そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、なにか感情のこもらない声が響き渡る!
『マスター候補が、規定の人数に達しました。これより、選別を開始します』
その謎のアナウンスと共にいきなり周囲が明るくなり、気づけば殺風景なだだっ広い部屋へ俺は放り出されていた!
いや……俺達、か。
辺りを見回せば、俺の他にもいくつかの人影がある。
しかし、それはゴブリン族やオーク族、それにコボルト族といった、いわゆる人間に敵対的な『魔人族』と呼ばれる連中ばかりだった!
奴等もこの展開に戸惑っているようだが、いったいなんなんだ、ここは?
『現在、あなた達の肉体は死亡しています』
なっ!
謎のアナウンスは、衝撃の事実を割りとあっさり告げる!
『これより、この場にいる全員で戦ってもらい、最後に残った一名をダンジョンマスターとして復活させる事を、ここに宣言いたします』
これはまさか……人造迷宮のマスター選別かっ!
その考えに至った時、ゾクリとした快感じみた物が、背中に走るのを感じた!
ダンジョンには、二つの種類がある。
ひとつは天然迷宮とよばれる、自然の洞穴にモンスターや魔人が住み着き、無軌道な拡張などのせいで迷宮化したもの。
そして、もうひとつがダンジョンコアと呼ばれる核を使って、人工的に作り替えられた人造迷宮と呼ばれるものである。
この二つには、それぞれの旨味があって、モンスター素材がほしいなら天然迷宮、お宝がほしいなら人造迷宮が冒険者達の合い言葉だった。
……しかし、俺も何度となく人造迷宮に潜りはしたが、まさか自分がそのマスター候補になろうとは……さすがに、こんなのは初めてだ。
くぅっ!これだよ、これ!
齢三十五のおっさん冒険者ではあるが、こういった初めての体験にはいつも感動で胸がドキドキしてしまう!
だけど、そんな感動を噛みしめてる時間は無さそうだ……。
この場に集められたマスター候補の中で、人間は俺一人。
他の魔人族の連中は、どうやら先に俺を集中して潰そうと結託したようだ。
俺を取り囲もうとする奴等の殺気だった目が、ずっと俺を捕らえている。
「……まぁ、寝起きの運動にはちょうどいいか」
そんな事を呟きながら、俺は十数人の魔人達を前に剣を抜き払った。
◆
──戦闘は、あっという間に終わった。
当然ながら、俺の完勝である。
まぁ、こちとらA級冒険者だからな。
ゴブリンやらオークやらが多少いた所で、相手にならんよ。
俺を殺りたかったら、せめてドラゴンくらい連れて来な!
『マスターの選別が、完了しました。マスターとなる人物の、個体名をどうぞ』
ん、これは名前を聞かれているのか?
「あー……、ダルアス。それが、俺の名だ」
『……登録完了。それではこれより、マスターとしての活動内容を伝授いたします』
そうダンジョンコアが告げた途端、俺の頭の中に膨大な情報の波が押し寄せてきた!
ぬおおっ!
俺は、頭脳労働には向いてないのにっ!
──やがて嵐のような情報の波は収束を迎え、俺はガクリと片ひざをついた。
「ハァ……ハァ……」
荒い息を吐きながら、たったいま無理矢理詰め込まれた知識を反芻する。
なるほどな、色々と人造迷宮の事がわかったぜ。
要約すれば、ダンジョンを育てるにはダンジョンポイントと呼ばれる魔力数値が必要らしい。
それは、ダンジョン内で死亡した侵入者や、モンスターの死骸をダンジョンに吸収させる事で、変換し得られるようになっているそうだ。
つまり、「ダンジョン内でいっぱいぶっ殺して、たくさんポイントに変えよう!」って事だな。
うーん、確かに今まで挑んだ人造迷宮でも、えらく殺意に満ちた罠が多かったけれど、そういうカラクリだったからか。
俺が昔の思い出に耽っていると、再びあのダンジョンコアの声が響いた。
『それではこれより、マスターの肉体を現実世界にて再構築いたします』
おっ、どうやら生き返れるみたいだな?
そう思った瞬間、俺の視界と意識は、また暗闇に包まれていった。
◆◆◆
「う……」
再び目が覚めた俺は、暗い洞窟の床に倒れ付していた。
どうやら……現実に戻ってこれたみたいだな。
というか、俺……生きてる!
よっしゃあぁぁっ!本当に生き返ったんだ!
『おめでとうございます、マスター』
復活した喜びを噛み締めていた俺の耳に、不意にあの無機質な声が届いてくる。
辺りを見回すと、自然の洞窟には似つかわしくない台座の上に、ちょこんと置かれている水晶玉のような物がひとつ。
あれが……ここのダンジョン・コアか……。
昔、いくつかのダンジョンを攻略した時に見たのは、もっと七色に光る物が多かったと思うが、ここのは透明なんだな……生まれたばかりのダンジョンだからか?
『喜んでいるところに水を差すようですが、これからはダンジョン・コアを育てるために頑張っていただきます』
「うるせー、ばーか!」
『はい?』
ふん!生き返ってしまえば、ダンジョン・コアなんかに用はない。
こちとら、ダンジョンを育てるんじゃなくて、攻略するのが仕事の冒険者なんだからなぁ!
そう告げてやると、なぜかフッ……と鼻で笑うような感覚が、ダンジョン・コアから感じられた。
あらやだ、なにその態度?
『……その姿のままで、いいのですか?』
その……姿?
そう言われてみれば、なんだか体が妙に軽い気がする。
それに、腕や足も細くなって、頭部もなにか心細いような……。
『これが、現在のマスターの姿です』
そう言って、ダンジョン・コアの奴が浮かび上がらせた大きな鏡に写っていたのは……直立する白骨!
って、俺、スケルトンになってんじゃねぇかあぁぁぁっ!
「お、おまっ……なんじゃこりゃあ!」
何度見ても、鏡に写るのは白骨でしかない。
俺は、食って掛かる勢いで、ダンジョンコアに説明を求めた!
『単純にマスターの肉体を用意するための、ダンジョンポイントが足りませんでした』
「た、足りませんって……いったい、どのくらいポイントが不足していたんだ?」
『マスターが完全に生き返るには、1.000.000ポイントほど必要になります』
……ひゃ、ひゃくまんぽいんと!?
なんなんだよ、その子供が適当に言い出したような数値は……。
『ククク……精々稼いで、私を育ててくださいね。生き返るために』
こ、この野郎!
まさか、ちゃんとした形で復活させなかったのは、こういう事態を見越しての事かっ!
こんなの主じゃなくて、まるで奴隷じゃねぇか!
「ち、ちっくしょぉぉぉぉっ!」
思わず絞り出した、俺の悲しき慟哭は、静かな山奥にこだましながら消えていった。