99 警備隊の面々
警備隊のおじさん視点の閑話となります。
本編とはあまり関係ないので、飛ばしていただいても差し支えありません。
「ふむ、では全員が交代せず継続でいい、と。夜番の回数が多くて大変ではないのか? メンバーを固定するのはいささか負担が大きい気がするが……」
「大変といえば大変なのですが、最近ようやく住民に顔を覚えてもらえてきたところですので。やはり、周辺の住民たちから情報を得やすいように馴染まないといけませんから」
「なるほど。では、メンバーはそのままとしよう」
「ありがとうございます」
「戻ったぞ。あー、寒い寒い。暖炉の前を変わってくれ。今回も交代する者はなしだ」
「やった!」
「おっしゃあ!」
貴族街と平民街の境に最近新しく作られた小さな警備詰め所で、部下たちが喜びの声を上げる。
城周りや門の警備担当などと違って、酔っぱらいのケンカの仲裁やら、道を訪ねてくるものの相手やら面倒なことが多く、皆が嫌がって押し付けられた仕事場だ。
やってみると、自分は思っていたよりはそういった仕事が苦にならないタイプだったらしい。腕に自信があるわけでもないし、結果的には適材適所というやつだろう。
「今日も差し入れがありましたよ」
「おっ、本当か。誰が作ったって?」
斜向かいにある屋敷の者から、よくもらっている差し入れだ。
ここに配属された当初は全員揃って嫌な顔をしていたくせに、誰一人異動したがらないのは、これが一番の理由だった。
まあ、今ではみんなすっかりこの仕事場に馴染んでしまっているので、差し入れがなくなったとしても異動を希望しないだろうと予想しているが。
「ロロナちゃんだって言ってましたよ」
部下の一人が嬉しそうに報告してきて、少し苦い顔になった。
「うーむ、あの娘か……」
「あれ、隊長嫌なんですか? 俺はロロナちゃんのごはんが一番嬉しいんですが」
「あの娘の料理は変わったものが多いのがな。どうも実験台にされているような気がする……。この前の変な貝の煮つけとか……」
貰いものを捨てるのも申し訳ないので、なんとか食べきったが……あれはキツかった。
「あれは癖が強くって……完全に酒のアテでしたね。好きな人は好きな味なんでしょうけど。まあでも店じゃ食べられないようなものが出てくるんで、おもしろくて俺は楽しみなんですが」
日常に少しのスパイスを、ということらしい。
俺はそういう刺激的なものよりは、普通にうまいものがいい。
「当たりの時はホントにおいしい料理が出てくるんですけどねえ……。僕はおりんちゃんの料理が一番好きだな。変なものは出てこないし、洗練されてるって感じで。隊長もおりんちゃんの料理がいいんでしょう?」
「まあ、安定感はあるよな」
二人して何か勝手なことを言っている。
だが、俺は断固として言おう。
「俺はチランジアちゃんの料理が、一番楽しみだ」
「えっ?」「えっ?」
部下の声が揃った。
「いや、いつも簡単なメニューばかりですし、明らかに料理し慣れてない感じじゃないですか」
「食べれる範囲だけど……最初なんて野菜の皮を剥き忘れてたりとかもありましたよね」
「ああ、あったあった」
フッと部下たちを鼻で笑う。
「わかってないな、お前ら。そういう、慣れてない娘が、頑張って作ってくれたってのが、ほほえましくて嬉しいんじゃないか。それに、少しずつ上達しているのがわかるから、ああ頑張ってるなって思うだけでこう、心が暖かくなるだろ」
「……あの、隊長のお子さんは?」
「バカッ、聞くな」
「……うちは、息子ばかり五人だ。毎日が戦争だな。家に比べたら、仕事中が休みみたいなもんだよ」
「なんというか、その……すみません」
部下たちは知らないが、上からはあの三人の子供たちを特に気にかけるようにと命令を受けている。
姿をまったく見ないあの屋敷の女主人とやらは、精霊使いだなんて噂もあるらしい。
外交的にか宗教的にかは知らないが、なにかしらの重要人物で、その主人がかわいがっている使用人なのでトラブルを避けたいというところだろう。
幸い、あいさつをしているうちに、話をするようになり、今は差し入れまでもらうようになってしまった。
自分たちの分を作るついでだと言っていたけれど、上からの命令を知られているんじゃないかと少し心配になる。
「あー、えっと最近は寒いからスープが嬉しいよな」
「ああ、わかります。あったまりますよね。まだ食事には早いですけど、どんなのかだけ見てみましょうか」
気をつかったのか、部下が今日の差し入れに話題を変えた。
鍋の蓋をずらして、三人でのぞき込む。
「ほう、悪くなさそうだな」
「ですね。今回のは普通にうまそうですね」
「腸詰めと野菜のスープですか。なんかヨウフウオデンとか言ってたからちょっと心配だったんですが」
「ああ、前のオデンってのはなんか変だったもんな」
食べやすそうなメニューにホッとする。
香りもいい。これは素直に楽しみだ。
「あ、すごい! こっちはエビのサンドイッチだ」
「ん? 何がすごいんだ?」
王都の外の川までいけば、小指くらいのエビが普通に泳いでいる。それを揚げたものなら、普通に食卓にものぼる。
「この大きさ、これ海エビですよ!」
「なにっ!?」
「すげえ……。やっぱ貴族の家はいいもの食べてるよなあ……使用人の子にまで行き渡るなんて、どんだけ豪華な食事してんだろな」
「こんな差し入れもらえるなんて、これだからここの仕事はやめられないですよ」
「ああ、まったくだぜ」