97 魔物の隠れ里
わたしたちは、王都の南へ川沿いに上流へ進み、それから山へ向かう。
先導するカティアが振り返った。
「この辺からは魔物が出てもおかしくないから気をつけろよ。まあ、いたら私がすぐに見つけてやるけどな」
「わざわざカティアに依頼があったくらいだし、この辺危ない魔物でも出るの?」
今日はストラミネアがこっそり同行しているので、何が来ても問題ないけど。
もう頼んでいた調べものが終わったので、手が空いているのだ。
「いいや。普段どおりなら、ないな」
カティアが首を振る。
「たまたま何度か来たことがあるってんで、振られただけの依頼だ。どうせ向こうはおつかい感覚さ」
魔物の生息域がズレているという状況を、ギルドはもう少し深刻にとらえているのかと思ったが、そうでもないらしいい。
「多分、ギルド自体はまだ危機感が薄い。現場にせっつかれて仕方なくだろ。じゃなけりゃ、お前ら連れて行くのにあっさり許可がでるかよ」
それもそうだ。
わたしたちは、カティアとはギルドランクに開きがある。
「カティアの意見は違うんだよね」
「わたしはおりんと狩りに行った時、危うく死にかけたからな……。それに、もしサウレ盆地にまで異常があった場合を考えると戦力は多けりゃ多いほどいい。あそこの魔物の数は半端ないからな」
道のない山を、登りやすいところを選びつつ、カティアが迷いなくすいすいと進んでいく。
めちゃめちゃペース速いな。
風精霊の靴を使ってるからいいけど、普通の靴だったら、とてもじゃないけどついていけないぞ。
途中からは木がなくなって見通しが良くなってきた。
「……何かいる。数は四……五か」
「アックスビークが五匹だね」
「……まだ見えてないのにお前もわかるのか?」
カティアが面食らった様子で尋ねてきた。
わたしはストラミネアの教えてくれた情報を復唱しただけだ。
「まあ、ちょっとね。チア、戦ってみたい?」
「一回戦ったことあるし、別にいいやー」
そういえば、この前、修行の時に飛ばない鳥と戦ったとか言っていたことがあったな。
「カティアは?」
「私も別にいらないな」
「じゃあ片付けるね」
カティアが少し期待するような目でわたしを見ている。
どんな戦い方をするのか気になっているんだろうか。
ただ、実際はわたしは何もしない。
起伏を越えて現れたアックスビークたちすべてが、姿を消したままのストラミネアが放った風の刃で首を切断されて倒れた。
近寄って、くちばしの大きなダチョウのような魔物たちを回収する。
カティアは拍子抜けしたような顔をしていた。
もっと派手なのを期待していたんだろうか。
しばらくすると、またカティアが魔物の気配に気がついた。
わたしはストラミネアにすでに教えてもらっているけれど、カティアも加護のおかげもあってか、かなりの距離で発見している。
普通にすごいな。
さすが高ランクの冒険者だけある。
「大物らしい気配がするな……」
「あっちにいるやつ?」
目がいいチアも見つけた。
遠くにクマっぽい姿をした大きなゴブリンがいる。
「バグベアだね」
「ばぐ……?」
「クマのゴブリンだよ」
もちろん、ストラミネアが即座に始末してくれた。
ストラミネアがいると楽でいいな。
出会う魔物をすべてサクサクと片付けてくれる。
「ハイキングー、ハイキングー♪」
チアがお気楽に歌っている。
風精霊の靴の力を借りて登っているので、体力消費も激しくない。
感覚的には、もうピクニックくらいだ。
ハイペースのカティアに合わせて登っているので、数日かけて登るような高い山なのに、山頂がみるみる近づいてきた。
距離的にも、かなり山奥まで移動している。
これ、やっぱりカティアだから依頼されたんじゃないかな。
「楽でいいんだが、少し物足りないな……」
「じゃあ、次はお茶でも飲みながらみんなで見物しとくから、カティアがやるにゃ」
「余興かよ……っと、そろそろ着くな。あそこを越えれば見えるぞ」
「ちょうじょー征服!」
チアが走っていって、両手を広げてバンザイした。
カティアがその頭に手をのっける。
「まだ頂上じゃないけどな。そら、向こうがサウレ盆地だ」
目を向けると、山に囲まれた広い盆地が奥に向かって続いている。
魔物のためのような場所だとカティアが言っていたところだ。
高いところにいるので、本当に数多くの魔物が暮らしているのが見てとれる。
でも不思議なことに、魔物がたくさんいるわりには流れている空気は牧歌的だ。
血で血を洗う魔物の世界なんじゃないの?
「なんか……のんびりしてるね」
「すごいだろ。普通ならあっという間に殺し合いだぜ」
「不思議ですね。ロロちゃん、あそこなんて上に乗って寝てますよ」
おりんの指差した先では、真っ白なオオカミらしきものと六本足のヒョウが仲良さそうに巨大な亀の上で昼寝している。もちろん、すべて魔物だ。
「いいなー。チアもモフモフしたい」
言いながら、チアがわたしの尻尾の辺りのスカートをなでる。
帰ったらおりんをモフって。
あと、そこは普通にお尻。
「中には入り込むなよ。何が起こるかわからないからな」
カティアが釘を刺す。
「みんな、ケンカしないんだね」
「平和なもんだろ」
眼下では、ただ穏やかな時間が流れている。
カティアの言葉を聞きながら、理由を考える。
よほど強いヌシが仕切っているとか?
争わない理由にはなるかもしれないけど、こののどかな雰囲気は少し違う気がするな。
「ストラミネア……ここって……」
「魔力が非常に豊富ですね。特に川でしょうか……」
小声で問いかけると、すぐに返事が帰ってきた。
昔は、今より魔素が濃かったと言われている。
魔力で十分なエネルギーが得られるなら、魔物たちは争う必要もない。
魔物が、本来の姿でいる場所。
今目の前に広がっているのは、太古の光景だ。
魔力が豊富な原因は何かな……。
こちらはまだ考えるには材料が足りない。
「カティア、連れてきてくれてありがと。こんな場所があるんだね」
「まあ、知ってるやつは知ってるって場所だ。学者なんかがたまに来るらしいぜ」
照れているのか、カティアが頭をかく。
「見る限り特に異常はなさそうだが……。ああ、そこの岩の向こうに水が湧いてるぜ」
カティアについてくと、岩の間から勢いよく水が湧きだしていた。
「あー、うまい」
カティアにならって水をすくって飲む。
「これ……なんか不思議な味がするね」
「あまーい。おいしー」
「甘くはないだろ……あれ、向こうの方、えらく派手に崩れてるな」
耳元でストラミネアの声がした。
「その水、魔力濃度が非常に高いです。ここ以外にも何ヶ所かあるようですね」
ん? これが盆地の魔力源になっている水?
それが湧き出ているとなると……。
「カティア、ここって地脈?」
「なんだそりゃ」
聞いてみたが、カティアは知らない言葉だったらしい。
「簡単に言うとマナの通り道。大体、周辺の魔力が豊富になるの。どっちも目には見えないけどね」
大抵、国が管理していたり、神殿が建てられたり、あとはドラゴンなんかの強大な魔物の巣になっていたりすることが多い。
ここは手つかずなのかな。
「……それで、カティア、崩れてるのどこ? 水の流れは変わってる?」
「あそこの分かれてるところだな。前は盆地にほとんど流れ込んでいたはずだ。今はあの落ちた岩のせいで流れが狭まって、その分王都側にいってるな」
カティアが水の流れていく先を指差す。
魔物の生息域のズレ。
その答えが思い切り目の前にあった。
「魔物の移動の原因、それじゃないの」
「へ? ……この水がうまいから、それで魔物が集まってきてるってことか?」
ちょっと違う。
でも、水に集まってきているという意味では一緒だ。
「ま、まあ、そんなとこ。この水、魔力をたっぷり含んでるから。……それでカティア、流れを元に戻すってことでいいよね」
元々この依頼を受けているのはカティアで、わたしたちはオマケだ。まずはカティアに了解をとる。
「そりゃ、もちろん戻した方がいいだろ。私は何をすればいい?」
「崩れたら危ないから、作業はわたしが魔術でやるよ。カティアは指示をだして」
カティアに確認しながら、岩を動かしたり、川幅を変えたりしながら水流を調節していく。
「こんなものかな」
「あそこに水の跡がありますから、もう少し盆地よりのバランスじゃないですか?」
おりんが川の一部を指差す。
「じゃあ、これくらい? カティア、どう?」
「うーん、私もうろ覚えなんだよな……。そんなもんでいいんじゃないか」
湧き水の流れを大雑把に戻してはみたものの、これで解決したとは自信を持って言えないところだ。
魔力の源泉は地脈を流れるマナによるものだ。
そちらにまで何かの影響が及んでいる可能性だってある。
マナの流れなんて、さっぱりわからないからな。
その辺りの確認や調節をするとなると、魔法になる。
魔神の眼を借りてみる?
でも、元の状態をしらないしな……。
創造魔法の応用で、大地神に元に戻させる?
そもそも変化があったのかもわからないけど……。
あ、そうか。
一つ思いついた。
うーん、基本構成は他の物を流用できるけど、もう少し詰める時間が欲しいな。
「ちょっと確認作業の前に休憩にしよっか。準備もしたいから」
「ロロちゃん、お昼ご飯にしよー」
「この水でお茶を淹れてみましょうか」
「お、いいなそれ」
ストレージのサンドイッチ類でお昼ご飯にして、のんびりとお茶を飲む。
湧き水は、お茶にしてもおいしかった。