96 イリス姫とのお茶会
冒険者ギルドで、フラレリーニに声をかけた。
最近はモテない冒険者の星として慕われているらしい。酔ってイリス姫だった石像に告白しただけなんだけどね。
「イリスは元気ですか? もしよかったら一度お話してみたいんですけど」
「きみたちか。気にかけてもらってすまないな……では、今度イリスに君たちの家を訪ねてもらうとしよう」
二つ返事で了承された。
「彼女の事情を知っているのは我々だけだし、男の私には言いにくいこともあるかもしれない。ついでにその辺りを気にしてもらえると助かる」
「ああ……なるほど。わかりました」
それで即答だったのか。
この人、なんでこれだけ気遣いできるのにモテなかったんだろう。
顔だって悪くないし、最近は髪も切り揃えられ、ひげもきれいにそられて、こざっぱりしている。
……いや、これイリスが口を出した結果か?
世話焼きの奥さんがいると、だらしない旦那の身だしなみが整ってくる既婚者あるある的なやつかもしれない。
前世の職場にも、そういう人がいた。
あっさり話がまとまって、翌日にイリスが遊びにやってきた。
家まではフラレリーニが送ってきたそうだ。
「それで、今の生活はどう?」
「うむ。悪くないでありんす。特にやる事があるわけでもないゆえ、のんびりしておるぞ」
慣れるために一緒によく買い物に連れて行ってもらう話や、普段の生活の話なんかを色々聞いた。
「あやつは外見に頓着せぬので、放っとくと薄汚れた格好でうろうろし始めるでの。ついつい世話を焼いてしまうわ」
やっぱり。フラレリーニが最近こざっぱりしているのは、イリスのおかげだったらしい。
「フラフラさん、優しい?」
チアがブラウニーを頬張りながら尋ねる。
いつの間にか変なあだ名をつけている。
「底抜けにのう。甘やかされておる……ほう、この菓子おいしいのう。どこで買えるんじゃ?」
それはわたしの手作りです。
「ねえ、イリスがしゃべりたくないなら別にかまわないんだけど、昔の話を聞いてみてもいい?」
「もちろんじゃ。わらわには隠すことなぞ少ししかないでござりんす」
「少しはあるんですにゃ」
「うむ。乙女の秘密でありんす」
紅茶のおかわりを注ぐおりんに、イリスがからからと笑う。
「イリスを石にした魔女って、どんな魔女なの? すごい魔法使いみたいだけど」
「あやつは星眺の魔女と呼ばれておってな……」
もしかしてと思っていたけど、本当に伝説の魔女だった!
「どんな人なの? どんな魔法が得意だったの? よく使ってた魔術は? 魔法をその場で作れたんでしょ!? 」
「……ちょっと落ち着かぬか。一つずつにしなんす。それと、顔が近いでありんす」
「落ち着けない! ずっと憧れてた伝説の魔女だから!」
わたしが術式で戦う魔術師になったのも、そもそも彼女の真似をしようとした結果なのだ。
「ほう」
イリスがおもしろがるような顔でこちらを見る。
その顔にハッとした。
「あ……そうか、ごめん。イリスはその人に石化させられたんだったね」
「なに、かまんせん。わらわとあやつめは、一言では言い表せぬ関係でござりんす。ふむ。しかしあやつの名は残っておったのじゃのう」
「うん。死霊王を倒した英雄だから……祀った神殿も作られてたはずだよ」
はるか昔に悪しき神々の一柱、死霊王が降臨した時に相討って世界が滅びるのを止めたという伝説の魔女だ。
神々と互角にやり合ったというだけで、いかに規格外だったかわかる。
「どのように伝わっておるのかは知らぬが、あやつ、人となりはろくでなしでござりんす」
「あ、うん……そうなんだ」
といっても、昔すぎて情報はほとんどない。
魔法使いだったということと、悪神を倒したことくらいだ。
それから、イリスは星眺の魔女に振り回された話や、やり返した話などを楽しそうにたくさんしゃべった。
話を聞いた限りでは友達にしか思えないんだけど、二人の間にどんな想いがあったのかは、きっと当人たちにしかわからないだろう。
夕方になって、フラレリーニが迎えに来た。
「今日はありがとね」
「なに、こちらも色々ともらったしの」
フラレリーニは、お菓子類や大量の衣類なんかを持たされている。
イリス姫には魔法で作れることを隠す必要もない。
二人で一緒に買いに行くのは難しいような下着なんかを、蜘蛛神様に色々と頑張ってもらった結果だった。
◇ ◇ ◇
イリスが帰ってから少しして、久々にストラミネアが家に戻ってきた。
「ご報告したいことがあります、が……」
「ん?」
「……その前に、来客のようですね」
乱暴に鐘を鳴らす音が響いて、見にいったチアの声が聞こえてきた。
「あ、カティアちゃんだー」
家に招くと、カティアが遠慮もなくソファにどかっと腰を下ろした。
「鐘もソファも壊さないでね」
「まあ、その時は寿命だろ。今日は頼みがあってよ。おりん、お茶淹れてくれ」
「自分の家か」
まだ一度しか来たことないだろ。
「おりんが淹れたお茶はうまいからな」
「よく言うにゃ」
それっぽいことを言ったカティアに半眼で答えているおりんだけど、尻尾が嬉しそうに揺れている。
そういえばこの子、チョロいんだった。
チアはカティアの横に座って、しましまの尻尾をつついている。
「何か装備に問題でもあった?」
「いや、最高だぜ。おかげで絶好調だ。そのせいで狩りすぎて持って帰るのに苦労してよ。お前ら、複数持ってたよな。魔法の鞄、一つ買い取らせてもらえないか?」
「悪いけど、今は三人とも一人一個しかないからダメ。今度来るまでに作っておいてあげるよ」
カティアがお茶を持ったまま固まった。
「……お前、マジックバッグまで作れるのか!?」
「そうだけど」
「あれが作れる魔道具師って大陸でも数人しかいなくて、国で厳重に保護されてるって話だろ……」
「じゃあ、わたしで数人プラス一人だね」
カティアが助けを求めるようにおりんを見る。
「まあ、こういう感じにゃ」
「……そ、そうか。ええと、じゃあ頼んだぜ」
カティアが、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと紅茶を飲んでから、チョコブラウニーに手をのばした。
「それから……ん、この菓子うまいな。やっぱ王都の職人は違うよな」
「それ、わたしが作ったやつだよ」
カティアが再びおりんを見る。
「まあ、こういう感じにゃ」
おりんが同じセリフをくり返す。
カティアが、頭を抱えた。
「……まあいいけどよ。装備については助かった。ギルドからの直接依頼が入ってよ。これがなきゃ引き受けるか迷ってたとこだ」
「狩猟かにゃ?」
「いや、調査だ。この前おりんと一緒に行った森の近くにあっただろ。あの山を登るのさ」
「何の調査なの~?」
カティアの尻尾と遊んでいたチアが、座っているカティアの膝に半分乗っかるようにソファに転がった。
なんか懐いてるな。
「最近、南の魔物の生息域がズレてるんで、その原因調査の一つらしいぜ。山向こうの盆地に異常がないか、上から見てくれってな。何度か登ったが、こいつがなかなかすごいんだ」
「すごい?」
「なんつーか、魔物のための場所というか、魔物が魔物らしい場所というか、まあそんな感じだ」
なにそれ。めちゃくちゃ殺伐としてそう。
血で血を洗う光景しか想像できない。
「なんか怖そう?」
「いや、そういうんじゃなくてな……なんならお前らも一緒にくるか? 合同依頼にしてやるぞ。それくらいの裁量はあるからな」
「ホント? やったー」
チアはすでに行く気だ。
よくわからないけど、おもしろいものなら歓迎なので断る理由もない。
「いいの?」
「さっきも言ったが、魔物の生息域が変わって何がいるかわからない。オークキングを倒せるお前らなら、むしろ助かるところだ」
「なるほどね」
次の仕事は、山登りに決まった。