94 治癒魔法
村長への報告はおりんに任せて、チアと共にオークの死体を回収した。落とし穴も埋めておこう。
戻ってきたおりんの準備が整ったところで追跡開始だ。
防壁はそのままにしてある。
村長さんには、あとで出入り口をいくつかつけられるなら、そのままにして欲しいと言われた。
まあ、今後何かあった時に気休めくらいにはなるだろうしね。
もう遠慮はいらないな。逃がさないよう定期的に探知魔術を使いながらオークを追撃していこう。
向かっている先は予想通り、最初に探知をした時に遠くにあった別の群れのところだった。
拠点にしていた場所だろう。
オークを倒しながら巣とおぼしき場所を目指す。
「巣のオークが倒されていますね。上位種もいませんし、数が減っています」
「ああ、先に来た冒険者たちはそっちに行ってたんだね」
そのまま立ち止まることなくオークの巣へ飛び込み、残りのオークを倒していく。
チアが最後のオークの心臓に剣を突き立てた。
「おっしまーい」
言い方はかわいいけど、やってることはあまりかわいくない。
「退治依頼を受けていた冒険者の方はいないですね」
「おーいっ、こっちだ。助けてくれ!」
おりんの声に応えるように、岩陰から現れた男の冒険者が手を振りながら切羽詰まった声で叫んできた。
「大丈夫ですか!?」
「血止めかポーションか、何かないか? ああ、あと、オークキングがいるんだ! 村人も逃さないと……」
「落ち着いて。オークキングはもう大丈夫。けが人がいるの?」
岩陰をのぞくと、獣人の女冒険者が短剣を構えて辺りを警戒していた。
横には腹に大ケガを負った男の冒険者が横たわっていて、辺りには血溜まりができている。
気を失っているようだけど、まだなんとか息はあるな。
ただ、間違いなく内臓がいくつもやられている。
応急処置をして村や町まで運ぶにも、ここからは遠すぎる。
仮に村まで戻ったところで、非常時用にポーションが一本あるとかその程度だろう。
このままでは確実に助からない。
「これは、ポーション程度では厳しいですね……。よほどの霊薬でもないと」
おりんが冷静に見積もりながら、わたしの方を見た。
ここはわたしの出番だね。
「そんなのはわかってるわよ! でも、どうしろって言うの!? 何かない!? 少しでも助かる可能性があるなら何でもいいの!!」
蒼白な顔で声を荒げた獣人の女の目から涙がこぼれる。
もう一人の男の冒険者が噛み締めている唇から血が伝った。
「死んじゃうの?」
「まさか。運が良かったね、助かるよ」
まだ生きていて、わたしがいるからね。
俯いていた男の冒険者が弾かれたように顔を上げる。
「ほ、本当か!?」
「これから治療するから、邪魔せずおとなしくしといてね」
ストレージから巨大と言っていい魔石を取り出す。生半可なものでは魔力が足りない。
力を借りる存在は、大地神アウラだ。
重苦しい沈黙と、熱のこもった眼差しの中で握りこんだ魔石に術式を無心で描いていく。
術式を完成させるまで数秒だったはずだが、随分と長く感じた。
発動した魔法により体の中に流し込まれた力が、見る間に死にかけていた冒険者の傷を治す。
魔石が手の中で砕けて、完全に砂に変わった。
「もう大丈夫。血は完全に戻らないから、しばらくは静養させるようにね」
「治った……の? 本当……に」
呆然とした様子で女の冒険者が、仲間の呼吸を確認している。
血塗れの体を触り、傷口が無くなったことを確認した男の冒険者は、 目を赤く腫らして、ひざまずくようにしてわたしの手を握った。
「ありがとう……本当にありがとう……」
治療した冒険者は気を失ったままなので、男の冒険者が背負っている。
「森でオークキングを見つけたまでは良かったんだけどね」
「ああ、隠れてやり過ごして、オークキングがいなくなったところで村まで慌てて知らせに行こうと思ったら、別の群れと鉢合わせさ」
「オマケに一体やたら強いのがいて、このザマってわけ」
上位種と鉢合わせたのか。
村に急ごうと戦いでも焦ったんだろうな。
「いや、すまねえ。本当に助かった。子供だと思ったら、まさかここまでの奇跡を起こせるクレリックだったなんてな……必ず対価は払うからな」
何度目かわからないお礼をいう冒険者の男に手を振る。
「わたしは魔法使いだから、神官さんが治すのとちょっと違うんだけどね。お金とかはいらないよ」
「こいつはガキの頃からの俺の相棒なんだ。助けてもらっといて、はいそうですかってわけにはいかねえよ」
男の冒険者が背中の男を見やる。
使ったのは、おりんが狩ったダンジョンモンスターの魔石ストックの中でも最も大きなものだ。
あれだけの魔石となると、入手が難しいので値段はかなりのものになるだろう。
治癒系の魔法は効率が悪い。一般的じゃないし、わたしも得意じゃない。それでも魔法使いとしては使えるだけ珍しい方だ。
そもそも治療が必要な場合、普通呼ばれるのは神官の類だからな。
「あんまり人に知られたくないから……。見捨てると寝覚めが悪くなるから勝手にやっただけだし、わたしがやったってことは忘れてもらった方が助かるんだけど」
無料で助けるだなんて噂になると困るが、そうでないなら別にいい。
あまりがめつくやるのも、チアの教育によろしくないし……あと、妹に守銭奴だと思われたくもない。
お姉ちゃんの尊厳、プライスレス。
「悪いがお断りだ。世話になったままなんて居心地悪くていけないんでね」
獣人の女冒険者も聞いてくれなさそうだ。
そうは言うけど、現実問題として難しいんだってば。
「そうやって無理されて今度こそ死なれでもしたら、それこそ寝覚めが悪いから……。神殿での相場は知らないけど、今回使ったのはオークキングの魔石が十でも足りないんだよ。どうこうできないでしょ」
魔石を使った魔物は、オークキングを一撃で倒して晩御飯にするクラスだ。
神殿ならもっと安い……はず。多分。
「うっ……」
「話変わるけど、わたしたちは村に寄ってからそのまま王都に帰るから、最寄りのギルドへの報告はお願いね」
「あ、ああ。俺たちが依頼を受けたのはこの辺りで一番大きい町のギルドだから、そこで大丈夫だろう。もちろん説明しておくさ。任せてくれ」
よし、これで面倒事を一つ押し付けた。
もうこの辺りに危険はないし、あとはもういいな。
「じゃあ先に帰るから。またね」
「おい、待てっ」
「絶対王都まで行くからね。覚えときなよー」
人を背負った状態では追いつくも何もないだろう。
二人の声だけが後ろから追いかけてきた。
わたしたちは、さっさとオークの駆除を伝えて村長に報告すると、王都への旅路についた。