93 チランジア VS オークキング
他のオークたちはそこらの森から調達したようなこん棒なんかを振り回しているのに、上位種とオークキングは武装している。
オークキングの手には巨大な戦斧が片手斧のように軽々と握られていた。
……先に森に入った冒険者の物じゃないだろうな。
まずは通常種よりも一回り大きい上位種どもが動き出した。
最初の一体は防壁の上にいるおりんの方へと向かって行った。
剣と盾を持ったハイオークは、おりんの放ったクロスボウの矢を正面に構えた盾で防いだ。
そのまま、一気に防壁へと進んでいく。
「チア、大きいのが行ったよ」
「はーい」
多数を斬り伏せているチアの方には、同様に盾と剣を携えたハイオークが他のオークを弾き飛ばすように重い足音を立てて向かっていった。
そして、一体は弓に矢をつがえている。オークアーチャーか。狙いはわたしだな。
あとの一体は……なるほどね。
引き絞られた弦から手が離れる。オークの癖に、なかなかいい腕をしている。
パワーのあるオークだけあって矢の速度は大したものだが、獣人のわたしにはかわせない攻撃ではない。
矢をかわした直後の私に向かって、すかさずもう一本の矢が飛んできた。
身を隠した四体目からの狙撃だ。
なかなか芸の細かいことをしてくる。
ただ、その居場所はとっくに察知ずみだ。
探知魔術を使うまでもない。わんこの感覚なめるなよ。
コースがわかるなら、あとは間に置いておくだけだ。
矢は途中、何もないはずの空間で、設置しておいた風の塊に弾かれ大きくコースを変えた。
さて、次はこちらの番だ。
二射目を放とうと矢をつがえていた最初に射ってきたオークアーチャーが、爆発と火柱で見えなくなる。
身を隠していたオークアーチャーからもう一射。こちらも先ほど同様に風の塊に弾き飛ばされた。
二連続で矢の軌道が変わったのを見て、異常を察したオークアーチャーが移動を始める。
もう次はないよ。
やや広めに空間を指定した位置指定の術を放ち、オークアーチャーを火だるまに変えた。
盾で矢を防いだハイオークがおりんに向かって油断なく近づいていく。
先ほどまでよりも一回り大きなクロスボウを構えたおりんが矢を放ち、ハイオークの横の地面にその矢が突き立った。
狙いを外したおりんに、ハイオークが巨体を揺らして走り出す。
次の瞬間、地面に刺さった矢が真横にいたハイオークと後続のオークを巻き込んで爆発した。
そろそろ通常の矢をセットしたクロスボウを使い切ったらしく、おりんが仕込み矢のクロスボウに舵を切ったようだ。
雑に放たれた矢が、次々とオークの群れを吹き飛ばし始めた。
チアの方へ勢い込んで向かっていったハイオークは……。
ちょうどチアが迎え撃つところだ。
一瞬で加速したチアが、盾をかわしてその巨体の足を斬り飛ばした。
「チア!」
振り向いてトドメを刺そうとしたチアに向かって、雄叫びとともにオークキングが木を投てきした。
木を引き抜いて投げるとか、まるで重機だ。
「わっと!」
慌てた声を上げてチアが回転するように体をひねった。
背中をかすめるように木が通り過ぎていく。危ない。間一髪だ。
オークキングの投てきした木が、そのまま片足を失って転倒したハイオークを押し潰して沈黙させる。
続いて体勢のくずれた隙を狙って襲いかかってきたオークをチアが返り討ちにした。
その間に、オークキングが更に次の大木を投てきする。
今度は、予想していたチアは、余裕を持ってかわした。
そのまま空を駆けてからの急降下で別の一体を斬り殺す。
業を煮やしたオークキングが、ついに動いた。
雄たけびを上げてチアに向かっていく。
こちらはこちらで、オークアーチャーを焼き捨てている間に距離を詰めてきたオークの集団が押し寄せてきている。
こちらを押し潰そうと猛進するオークたちの先頭が、崩れた地面の下に消えていった。
あ、そこも落とし穴です。
戸惑い、足の鈍ったオークをまとめて吹き飛ばしながらチアを呼ぶ。
「チア! 下がって!」
「大丈夫、大丈夫~」
いつもどおりのチアの声が返ってきた。
本当に大丈夫かな。
それが合図だったように、オークキングが片手で三度目の木の投てきを行った。
跳んでかわしたチアに、反対の手で振るったオークキングの戦斧が迫る。
剣で横っ面を叩くようにして、振り下ろされた戦斧を空中でチアがそらした。
轟音とともに土煙があがる。
人間には巨大な両刃の戦斧は、オークキングの手の中にあってはまるで手斧だ。それを軽々と、棒っきれのように振り回している。
余韻もなく、すぐに次の攻撃がチアを襲った。
かわしながら、チアが剣を振るう。
当たったが、刃が通っていない。
「あれ、硬ーい」
戦いのさ中だというのに、相変わらずのんきな声が聞こえてくる。
強靭な筋と皮膚で体を守られているオークキングは、更に魔力をみなぎらせることで体の表面を鎧のごとく硬化させている。
オークの王が誇る装甲は通常のオークとは段違いだ。
「無理しないの」
「もうちょっとー」
もうちょっとで勝てるのか、もうちょっとだけやらせてなのか、どっちだ。
数撃を受け流し、かわしたチアが隙をついて、今度はオークキングに傷をつけた。
苛つきを見せ始めていたオークキングに、チアが気軽に告げる。
「うん。もう慣れたから、そろそろおしまいね」
そこに、攻撃を跳んでかわしたチアの着地を狙った、オークキングの一撃が迫る。
チアが空中を飛び回っているのを見ているはずなんだけどな。
なかなか仕留められなくて苛立っていたらしく、あからさまなチャンスに思わず飛びついてしまったのだろう。
たしかに、普通に着地するのなら避けられないタイミングだ。
チアは靴の力で空中を蹴って方向転換してかわすと、そのまま大きな隙を見せたオークキングに向かう。
弾き飛ばそうと、オークキングが斧を持っていない方の腕をとっさに振るい、ついにその腕をチアが深々と切り裂いた。
これで、もうあの腕は使えない。
尋常でない叫び声をあげたオークキングの目が怒りで真っ赤に染まる。
着地したチアめがけて大振りの一撃を振り下ろした。
「んなあぁっ!」
巨体から繰り出された空から降ってくるような一撃を、チアが力づくで弾き返す。
耳をつんざくような金属の打ち合う音が響いて、衝撃に耐えきれなかったチアの足元の地面が沈んだ。
オークキングと腕力勝負してる!
一応、片腕と両腕だけど……。
戦斧を打ち返されて体の泳いだオークキングに向かって、地面を蹴ったチアが飛び出す。
チアの銀色の剣は、そのままオークキングの頭と体を断ち切った。
……あの子、本当に倒しちゃったよ。
オークキングが負けたのを見てとると、一部のオークが逃げ始めた。
「まてー」
「チア、追わないの!」
まずは村の安全だ。
順に残りのオークを倒していった。
片付いてからおりんに探知魔術を使ってもらったけど、幸い村に設置した防壁の中にまで入り込んだオークはいなかったようだ。
「先に一度、村への報告だね。それから、準備をしたら追跡するよ」
おりんに報告を任せて、わたしたちは大量のオークの死体を回収していった。