91 お手紙配達から始まる戦い
収穫依頼のあと、おりんの方は狩猟依頼で疲れていたのもあって少しのんびりしていた。
そろそろ依頼を受けないとな。
冒険者ギルドをのぞくも、ピンとくる依頼もなく、商業ギルドへ物色しにいく。
これで外れなら、魔物狩りにでも行くかな、と考えているとカウンターで依頼をしている人が揉めているのが目に入った。
「それでは、間に合わない……なんとかならないか?」
「そう言われても、馬車に積み荷のついでに運んでもらうわけですし、これくらいの日数はかかりますよ」
早速、気になったチアが声をかけにいった。
「どうしたの?」
受付の若いお兄さんが困った顔で答えた。
「急ぎで届けたい手紙があるようでね」
それを聞いたチアがこちらを振り向いたので、指で丸を作った。
「依頼だしてくれるんなら、チアたちが配達しよっか?」
「本当かい? 助かるけど、せわしない旅になるぞ」
わたしたちには風精霊の靴があるので、早馬なんかよりもよほど早く移動できる。
急いで歩けば間に合う程度なら、鼻歌を歌いながら片づけられる仕事だ。
「それくらいなら大丈夫、大丈夫」
「チアたちにおまかせ!」
品種改良したトマトもどきこと、新しいアルフィガロを使った煮込みソースが収穫祭でのお披露目で好感触だったそうだ。
今度行われる晩餐会用に追加で村から運びたいそうだが、手紙を送っても間に合わなさそうなので困っていたらしい。
依頼を引き受けたので、早速家に帰る。
まずは昼寝だ。
夕方に王都の門をくぐったわたしたちは、次の日の深夜には村の近くまでたどり着いていた。
数日かかるところを、一晩かからずに移動してしまった。
当然だけど、余裕だ。
結界を張り、テントで眠る。
朝になって村をのんびり訪れると、なぜか村は騒然としていた。
「早く家に隠れろ! 閂もだ!」
誰かの叫び声が聞こえてくる。
「魔物か何かですかね」
「だろうね。チア、戦闘準備ね。無茶はしないこと!」
「りょ!」
村の中央まで一気に駆けて、ちょうど逃げてきた村の人をつかまえた。
「何がでました!?」
「お、オークだ! 群れ……群れてる!! 誰か知らんがお前らも早く隠れろ!」
かなりテンパっているが必要な情報はもらえた。
オーク数匹程度、朝飯前だ。
音のする方に行くと、柵の中にいる牛や山羊を襲っているオークたちがいた。
予想していたよりも多い。十はいるか。
幸い、先に家畜を狙ってくれたおかげで、人は襲われていないようだ。
魔術で攻撃するには家畜と柵が邪魔だな。
そこで、一体のオークに連続して矢が突き立った。
オークが怒って叫び声をあげる。
家の上から二人の猟師らしき人が矢を射かけていた。
「お前ら何してる! 早く逃げろ!」
「いいから、そのまま上にいて」
言っている間に、おりんがクロスボウから放った矢が一体のオークを貫いた。
術式を描いて、地面から生えた鋭い針が、山羊を襲っていたオーク二体を串刺しにする。
おりんが次の矢を放っている間に、加速したチアが柵を飛び越えて牛の囲いに飛び込んだ。
勢いそのままに、牛を引きずり倒しているオークに向かう。
チアは通り過ぎざまに風精霊の靴で急加速しながら、回転するように切り払った。
拍子抜けしたような顔で勢い余ってたたらを踏んでいるところを見ると、もっとオークの筋や骨が硬いと思っていたのだろう。
仲間をやられて振り向いた一体のオークの首が、チアの次の一振りでそのまま地面に落ちた。
うん、フォローしなくても大丈夫そうだな。
家畜もいるせいで、なかなか狙いを定めにくい。
面倒なのでまとめて吹き飛ばしてしまいたいが、家畜も村の大事な財産だろう。
わたしとおりんは山羊の囲いのオークを一体ずつ確実に片づけていく。
チアの方では、最後の一体が叫び声とともに、どこで拾ったのか、斧を振り回していた。
チアがそれをひらりとかわす。
一回り大きいそのオークの動きは鋭く、他のオークたちとは明らかに一線を画している。
これだけの群れだからもしやと思ったが、上位種だ。
さすがにチアが心配になる。
「チア!?」
「大丈夫、ししょーより弱いよ」
いつもの緊張感のない声が返ってきた。
そりゃ、騎士団長よりは弱いだろうけど。
数瞬後、オークが振った斧が、チアが切断した手首ごと飛んでいった。
返す刀でチアが最後のオークの体を二つに断ち切る。
……剣の性能を差し引いてもすごい腕力してるな、この子。
「チア、強くなったねえ」
「へっへー」
返り血を浴びたチアに洗浄をかけて、オークを順に回収していく。
屋根の上から猟師たちが下りてきた。
「お前ら、朝に来た連中とは別の、オーク退治の依頼を受けた冒険者か?」
「わたしたちは王都から手紙の配達で来たんだけど……」
おりんは早々と使ったクロスボウに矢を再装填している。
まだオークがいることを想定して準備しているようだ。
「助かったよ。とりあえず村長のところで話をしよう。ついてきてくれ」
「うん、わかった。手紙も渡したいしね」
「ありがとうございます。まだお若いのに、さすがは冒険者の方々ですな。被害のないうちに倒してくださって助かりました」
「いえいえ。これが預かっていたお手紙です。それで、何があったんですか?」
村長さんと、横にいた猟師さんたちから話を聞く。
オークの群れが現れたから討伐依頼を出していたとのことだった。
「先に来ていた依頼を受けた冒険者の方たちは、嫌な予感がするからこちらから探しに行くと森に入ってしまっていたんです」
「入れ違ってしまったんですね」
「ええ、オークが村に入り込んできたのは今日が初めてだったので……ちょっと考えが甘かったようですな。危ないところでした」
先に来た冒険者たちは、経験か感覚か、森から違和感を感じ取ったのだろう。
なかなかいい勘をしている。
「それはいいんですけど……これで終わりではないと思います」
「……と、言いますと?」
発生したオークがそこらのケモノを使って数を増やした。
これは十分ありうることだ。上位種が生まれる事だってあるだろう。
しかし、今日の群れはそういうものとは明らかに違った。
「あのオークたちは、山羊や牛をどこかに持ち去ろうとしていました。食べるために、殺してから持ち運ぶことはよくありますけど、あれは……増殖用でしょうね」
「増殖……? 繁殖のことですか?」
村長さんには聞き慣れない言葉だったらしい。
繁殖は、同種族同士で子供を作って増やす方を指すので少々意味が異なる。
「ロロちゃん……子供を作るってこと? 牛と?」
「死体に瘴気が宿ると魔物が生まれることがあるって、野菜採りの時に言ったよね。今回は、無理矢理、牛に瘴気をうえつけてオークが仲間を増やそうとしたってこと」
オブラートに包んだが、ゴブリンやオークが人間をさらって犯し、数を増やすというアレだ。
熱の残る死体などを使うこともあるが、何度か使えるからか、やつらは生きている方を好む。
さらいやすい人間ではなく、わざわざ体の大きい牛を持ち帰って増殖に使おうとするということは、とてつもなく巨大なオークがいる、ということになる。
つまりは……
「おそらく、オークキングがいます」




