90 秋のお祭りデート
「ねえ、秋のお祭りはキミらはどうするの?」
今日は隣のバーレイ家の使用人であるジニーが遊びに来ている。
だらけた姿勢でクッキーをパクつきながら、こちらに尋ねてきた。
「仕事で知り合った子たちと、一緒に回ろうって話になったよ」
猫探し依頼の時に知り合ったアルベール君とティアナちゃんの兄妹と、先日缶蹴りをして遊んでいた時に約束した。
缶蹴りの方は、近所の子も巻き込んでなかなか白熱した戦いになった。
「ああ、なるほどね。うちのルークが断られたって言ってたからさ」
「そうなの? 知らなかったや」
ルークというのは、バーレイ家で働くジニーの同僚だ。
何も聞いてないから、多分おりんだろう。
「それでアイツ、私を誘ってきたんだけどさ。なんとかギャフンと言わせることできないかな」
「どういう意味?」
「ああ、ごめん。これだけじゃわかんないよね」
話を聞くと、残りものみたいな扱いをされたのが癪なので、とびっきりおしゃれして自分のことを見直させてやりたいってことだった。
「去年も一緒に行ったし、一緒に行くこと自体は別にいいんだけどさ。本気出したらすごいんだぞって見返してやりたいのよ」
「お任せあれ」
獣人の使用人(と思わせている)であるわたしたちに対する変な噂をまったく聞かないのは、この辺りの噂話に精通していて使用人の知り合いが多いジニーの協力のおかげだ。
おもしろそうだし、ここは一肌脱ぐとしよう。
ジニーが払える予算内で古いデザインの中古服を買い、蜘蛛神リメイク術でロングワンピースにリメイクする。
なんとなく森ガールっぽいデザインだな。やっぱり地球に出張してないか、この神。
それから、祭りの前になったら毎日うちのお風呂に入りに来ることにしてもらう。清潔にしとかないとね。
最後に、わたしの化粧技術を見るがいい。
リハーサルにやったスーパーナチュラルメイクはジニーに大好評だった。
お手本だって、転生時の記憶の再構成のおかげでメイク雑誌や化粧動画で完備している。
「ってことを、最近だとやってますね」
かなりオブラートに包んで話している相手は、アルドメトス騎士団長の奥さんのカタリーナさんだ。
差し入れを持ってチアの稽古に付き添ってやって来て、そのまま今日もお茶をいただいている。
「私は夫とその日はお城に行くのよね」
「そうなんですね」
「私にも、お化粧してもらえるかしら」
「はあ」
「それからドレスのリメイクもできるのかしら。お願いしたいわ。ちょっとデザインが古いのよ。それなのに、この前家に伝わる盾の補修をしてもらったとかでお金がないらしくってね。そんな予定なかったはずなのに、何でかしら。不思議よねえ」
「あはははは」
「おほほほほ」
あの礼金は断っておくべきだったか……。
お祭り当日、待ち合わせ時間の関係でチアには先にアルベール君たちと一緒に合流してお祭りに行ってもらうことになった。
わたしたちよりも小さな子たちなので、おごってあげるように言ってお小遣いも渡してある。
まずはガトランド家に向かい、カタリーナさんのメイクを終える。
感動しているカタリーナさんは置いといて、次はジニーの準備だ。
「ごめん、仕事が長引いちゃって」
予定より少し遅れてジニーがやってきた。
ルークとは別の場所で待ち合わせしているそうだ。
サプライズだもんね。
着替えと化粧を終えて送り出す。
気になるので、離れてこっそりジニーを見守ってみることにした。
あ、いたいた。あそこで待っているのがルークだな。
こちらの声が聞こえる距離でもないのに、なぜか息をひそめてささやき声で話してしまう。
「まだジニーに気付いてないね」
「さっきジニーさんの方を見てましたけど、わからなかったんでしょうか」
ルークは、声をかけられてようやくジニーに反応した。
単純に気付かなかったのか、見てもわからなかったのかは、わたしたちには判断がつかない。
とりあえず、遠目に見ても驚いているのだけは明らかだ。
上から下まで何度も見て、それからジニーにたっぷり見とれてからようやくぎこちなく動き出した。
ルークの反応にジニーが大笑いしている。
ひとしきり笑ってから満足したらしく、ルークに腕を絡めるようにして引っ張って行った。
「とりあえず成功っぽいね」
「ちょっとよさそうな雰囲気でしたね」
準備段階で手応えは感じていたし、失敗するとは思ってなかったけどね。
「さて、チアたちはどこかな」
「人が多いですから、走り回って探すわけにもいかないですね」
「うん。思ってたより賑わってるし、規模も大きかったね。適当に合流できるかと思ってたけど……見立てが甘かったか」
想像していたよりも人出は多い。
出店の数も、行き交う人の数もかなりのものだ。
チアたちの姿を探して周囲を見回していると、危うくおりんまで見失いかけた。
「ちょっと手をつなぎましょうか。はぐれそうです」
普通にしていてもはぐれそうなのに、これでチアたちを探して回るというのは厳しそうだ。
「多分、食べ物系の方だとは思うんだけど……。まあ、絶対合流しないとってわけでもないし」
こんなお祭りなんて何年ぶりかな。
喧噪に包まれた街の中を、人の流れに沿って手をつないだおりんとのんびりと歩いていく。
「わたしたちまでデートになっちゃったね」
「私とでよかったんですか?」
おりんがいたずらっぽく笑う。
「うん。もちろん、おりんとがいいよ」
チアとだったら、珍しそうな物やおいしそうな物を見つけるそばから走っていくのが目に見える。
そう言えば、釘を刺すのを忘れてたな。あの子食べすぎてなければいいけど。
まあ、そうやって大騒ぎして楽しむのもいいけど、今は久しぶりのお祭りの雰囲気をゆっくり味わいたい気分だ。
「ん、どうかした?」
おりんの歩くのが少し遅れて、手を引く形になった。
「あ、いえいえ。何でもないですにゃ」
気になる出しものでもあったのかな。
ぱたぱたと顔を手であおぎながらおりんが追いついてきた。
おりんも雰囲気を楽しんでいるのか、機嫌がよさそうだ。
スカートのすそからのぞく尻尾の先がゆっくりと揺れている。
出店や大道芸を冷やかしたりしながら、のんびり歩いていく。
「チアたちいないね。もう暗くなってきたし、火魔法見物の方へ行ってるのかな」
「そうかもしれませんね。行ってみましょうか」
火魔法は、ここでは夜空に上がる魔術や魔法の花火のことを指している。
上げるのは、主に国に仕える魔術師たちだ。
どこからでも見えるけど、見えやすい広場にみんな集まるのだと事前にジニーから聞いていた。
「うわ、すごい人……」
「見つけるのは無理そうですね」
仕方なく、そのまま火魔法見物としゃれこむ。
前世の花火のような火の魔術が打ち上げられていく。色味は花火ほど豊かじゃないし、音もやや控えめかな。
こういうのも、向こうの世界から来た魂の持ち主が考えたものなんだろうか。
最後は空を炎の鳥が飛び回るという花火よりも派手な演出が待っていた。
……これは完全に魔法だな。
「ロロ様ならもっとキレイなのいけるんじゃないですか?」
「それはおりんも一緒じゃない? 今は無理だろうけど」
わたしは前世の花火の知識があるので、それなりにいけそうな気がする。
おりんはおりんで精霊魔法が使えるので、普通の魔術師よりは色々できるはずだ。
「私は、派手なのはともかくキレイなのはどうですかね……あ、あそこチアちゃんじゃないですか?」
チアがティアナちゃんを肩車してあげていた。
ようやく合流できたわたしたちは、そのあとは無事に一緒にまわることができた。