89 チランジア正座中
そろそろ季節が秋に入ってきた。
ストレージに入れていたゴブリンは、面倒だったのでそのままギルドの買取所に丸投げした。
魔石程度しか金にならないゴブリンなので、処理費用と相殺でも良かったんだけど、一応ほんの少しのお金を受け取った。
「暇なら、自分で伝えといてくれ」
討伐証明のタグをもらって受付に持っていき、貢献値をつけてもらう。
害獣扱いなので、ギルドへの貢献値がもらえたらしい。
一緒に行ったおりんが受付で引き止められた。
「昇格試験を受けたらすぐにでもCランクに上がれるわよ」
「そうなんですか?」
この前のサリスの塩花関連の指名依頼などの貢献値と、先日カティアと狩りに行ったときの戦果が大きかったらしい。
折れた尻尾と魔石しか見ていないけど、おりんはカティアと一緒に結構な大物を狩ったみたいだ。
「依頼じゃなかったけど、ギルド的にメリットの大きい納品だったからね。あと、Cランクに上がっても問題ないって実力を示したから、それも大きいわね」
「Cランクに上がるには試験が必要なんですか?」
おりんの反応からすると、知らなかったようだ。
昔はなかったシステムなのかもしれない。
「受けなくても実績を積んでいけば上がれるけど、受けた方が早いわね。あと、ギルド側としても実力がわかるから依頼を回しやすかったりするの」
試験ということは、実際に戦い方なんかを見せるのだろうから、ギルドとしても実力が把握しやすいのだろう。
双方にメリットがあるというわけだ。
「ロロナちゃんとチランジアちゃんは、早くランクを上げたいなら、貢献値もだけどもう少し魔物を倒しおくといいかもね」
「そうなの?」
「ええ。まだオーク数匹とゴブリンだけでしょ? Dランクでもやっていけると示しておけば、スムーズに昇格できると思うわ」
なるほど。
戦闘能力的に不安があると判断されるとランクが上がりにくいのだろう。
昇格したから俺は強い、なんて無茶をするような者への対策なのかもしれない。
「ありがと。無理しない程度にのんびりやっていきます」
「ええ。無理だけはしないでね」
ギルドから出ると、おりんが意外そうな顔で尋ねてきた。
「なにか心境の変化があったんですか? 前は早くランクを上げて旅に出たそうな感じがもう少しありましたけど」
「んー、そうだねぇ。サリスとイリス姫の件かなあ……。案外と身近にも面白いものがたくさんあるんだって思ったらちょっと肩の力が抜けたかな」
生まれ変わって、やっと自由に世界を歩き回れるようになったから、今までの分を取り戻さなきゃって思っていた。
でも、そこらにある楽しいことも拾っていかないともったいないような気がしたのだ。
のんびりやっていこう。
ゆっくり歩いた方が、長い時間歩けてきっと楽しい。
でも、チアの修行が落ち着いたら、旅には出ないとな。
おりんの精霊核を修理しないといけないから、材料を入手しなくてはいけない。
「じゃあ、チアはいってらっしゃい」
「ロロちゃんもあとで来るんだよね」
「うん、お昼ごはんと、お世話になってるから差し入れにお菓子でも焼いて行くつもり」
今日はアルドメトス騎士団長のところにチアが剣を習いに行く日なので、ギルドからの帰り道の途中で別れる。
家に帰っておりんに手伝ってもらいながらケーキを焼き上げた。
横でお昼ごはん用にトマトとキノコのパスタも作っておく。細かく言うと、アルフィガロとイヌガサのパスタだ。
片付けて、一休み。
わたしは借り物の本を少し読み進める。おりんは日なたでうとうとしている。
キリがいいところで本を置いて、おりんの背中を撫でた。
日の光を吸ったおりんの毛は暖かくてフワフワしている。
一通りモフってから、顔をくっつけて背中の匂いを嗅いでみる。
お日様の匂いだ。
うん、いいなこれ。
「……何やってるんですかにゃ?」
「猫吸い」
首だけで振り返ったおりんが、あきれ気味にこちらを見ていた。
のんびりと出発して、アルドメトスの屋敷を訪ねた。
「おじゃましまーす……何があったの?」
今日は執事さんでなく、メイドさんに迎え入れられて屋敷に入った。
中では、アルドメトスの息子のフリムとチアが執事さんに正座させられている。
騎士団長は謂れのありそうな立派な盾を持って顔を青くしている。よく見たら大きな傷がついているみたいだ。
話を聞くと、アルドメトスが来る前に稽古場でチアが剣と装備をフリムに自慢しまくったらしい。
そして、対抗心を刺激されたフリムが家に伝わる盾を持ち出した、と。
嬉しかったのはわかったけど、あの子どれだけ自慢したんだ……。
まあ、そこまで聞けば、剣と盾があるわけだから、あとの展開は大体わかる。
試した結果が、騎士団長の持つ傷ついた盾というわけだ。
細かい傷もあるけど、その中にかなり大きな傷が一つ入っている。
「この盾は、魔力を込めると結界術が発動する魔盾なのだが……おそらくフリムの流した魔力が不十分だったんだろう」
「チアが勝ったよ!」
立ち上がってブイサインをしたチアを、執事さんがもう一度正座させた。
「話を聞いていらっしゃらなかったようですな。もう一度最初からお話いたしましょうか」
説教時間がリセットされて青くなるチアは自業自得なので置いといて、騎士団長のところに向かう。
「ちょっと見せていただけますか?」
魔石で魔力を流してみる。
破損したのは術式とは関係ない部分のようだ。
これなら修復はさして難しくない。
「わたしがお預かりして修復しましょうか?」
「できるか? すまん……恩に着る」
「いや、まあ……うちのが原因なので……」
それから、差し入れのケーキと多めに作ったお昼ごはんのパスタを渡すと、騎士団長の奥さんのカタリーナさんからお茶に誘われた。
おりんと一緒にお呼ばれする。
「チランジアちゃんとロロナちゃんは同じ孤児院なんですって?」
「そうですね。ナポリタの孤児院です」
「ごめんなさい。嫌な質問かもしれないけど、ご両親は?」
「わたしは捨て子です。それ以上は知りません」
「そうなの……」
この前言っていた、他人の空似とやらが気になっているのだろうか。
聞き返す前に、先に説教を終えたフリムが通りすがった。
「おひさー。なんというか、フリム大丈夫? ……あの子ちょっと特殊なんだけど」
チアは特殊な体質なので、身体能力も、学習能力も成長性が異常に高い。
すぐにフリムの実力を追い抜いただろう。
チアを前と一緒にいてフリムがモチベーションを保てているのか心配だった。
「世界を見渡せば自分より強い者などいくらでもいる。自分と向き合うのが剣の道だ……と、普段から教えられてる」
フリムが肩をすくめて続ける。
「で、ここから本音だが……チランジアは枠外と言うか……あまり自分と比べる気にならない。お前に負けるのは悔しいんだが、あいつはなんか別の生き物って感じがしてる」
言いたいことはわかる。
特殊すぎて比べる気にもならないという感じだろう。
象と力比べして負けて、悔しいと思う人はいない。完全に別の生き物なんだから。
「それに、父上はチランジアより強いわけだし、いずれ加護を授かったら俺もまだまだ強くなるはずだ。焦らずやるさ。まずはお前に勝たないとな」
強がっているわけではなさそうだ。
妹弟子にあっさり追い抜かれていじけてないかと気をもんだが、幸い杞憂だったらしい。
「あっはっは。十年早い」
「ふん、一年もあれば追いつくさ。またやろうぜ」
「いいね。体を動かしたくなったらフリムをのしに来るよ」
「言ってろ」
稽古場の方へフリムが向かっていった。
その後、しばらくして説教の声が止んだのに、チアは現れない。
カタリーナさんにことわって見にいくと、足がしびれて動けなくなったらしく、床に突っ伏していた。
「ロロちゃん……これに慣れたら麻痺耐性とかつくかな?」
つかないよ。
◇ ◇ ◇
盾を預かって三日後、歴戦の古強者を思い起こさせる風貌の盾は、芸術品よろしく傷一つない姿に変わっていた。
「お詫びと言ってはなんですが、少し効率の悪い所を修正して、回路の摩耗で変換効率が落ちていたので緑陽鉱を混ぜて引き直しておきました」
「…………ああ、すまん。助かる」
アルドメトスが答える。
あんまりわかっていない感じだな。
「必要な魔力は変わってないですけど、魔盾としての性能は少し上がっていますよ」
アルドメトスが試しに魔力を込める。
前は青白い光を帯びていた結界は、今は緑がかった色に変わっている。
アルドメトスが眼帯を外して魔眼で結界術を確認した。
強度などを見ているのだろう。
以前よりいくらか増しているはずだ。
「少し……これが少し? 少しの認識が私と違うような気がするが……ああ、いや、感謝する。ありがとう」
なぜか、少し困惑気味にアルドメトスが礼を言った。
それから何かに気がついたようなアルドメトスが、考える素振りをする。
なにやら悩んでいるようだ。
「……すまんな。ここまでしてもらったからには、礼金を払わせてもらおう。……相場などはよくわからんのでまた調べさせておく」
「ああ、はい。どうも」
ああ、悩んでいたのは礼金についてか。
わたしも相場とかはわからないな。
「おっ、来てたのか。ちょっとやろうぜ」
「うん、いいよー」
執事さんと相談を始めたアルドメトスと別れ、ちょうどやってきたフリムに誘われて稽古場へと向かった。