88 おりん、カティアに誘われる
冒険者ギルドの買取所で、大物用に確保されているスペースには真っ白な魔獣が横たえられていた。
「やるじゃねえか。こんな大物のウィンターエッジをここまで鮮やかに仕留めるなんざ、なかなかできるもんじゃねえぞ。大抵打ち合って尾が傷付いたり、刃毛がへし折れたりするもんだからな」
黒い革手袋をはめた買い取り所の担当者が、魔獣の顎の傷口を確認する。
周りにいる他の冒険者たちも、魔獣に熱を帯びた目を向けている。
帰りの道すがらに聞いた話だと、この魔獣の刃毛は防具として使うことができるらしい。軽い割に金属製に匹敵する防御力を持つ人気素材なのだそうだ。
「そうかい」
「ああ、これを見りゃお前さんがBランクだってことにケチをつけるやつはいないだろうぜ」
カティアはソロでBランクまで達している。やっかむ者でもいるのかもしれないな。
もっとも、カティア本人はそんなことまったく気にしないだろうけれど。
「褒めてもらったとこ悪いが、正面きって戦ったわけじゃない。不意打ちのまぐれ当たりさ……あと、後ろ足にも傷があるはずだ」
カティアの視線が一瞬こちらを向いた。
私が囮になって隙を作ったような形だったから、そのことを言っているんだろう。
とはいえ、尾の一撃をかわして肉薄したのはカティアの実力だ。
「運も実力ってね。おう、これか……心配しなくてもこの程度じゃ値は下がんねえよ」
足を確認した担当者が意外そうな声を漏らす。
「ん? これ刀傷じゃねえな」
「今日は連れがいたんでね。こいつは私の取り分ってわけだ。連れの分の査定も頼むぜ」
「それならまとめて置いといてくれ。それで、どこにあるんだ? そもそも、お前こんなでかいのどうやって持ってきた?」
この査定の担当者は、魔獣を持ち込むところを見ていなかったことを今更思い出したらしい。
「ああ、ここです」
魔法の鞄からどさどさと投げ落とすように並べられた七体の魔獣に、担当者が表情を変えた。
「群れ、か……こりゃ大したもんだな」
黒焦げになったもの、上半身の吹き飛んだもの、正面から大量の槍で貫かれたようなものなどが並ぶ。
「焼けている三体は魔石くらいだろうな。残りは多少値は下がりそうだが、一番高く売れる尾が無事なやつが多い。どいつもそれなりに値が付くはずだ」
「それは助かります。魔石は全部持って帰るのでお願いします。それと……一部しか残っていないこの尾も持って帰らせてください」
仕掛け矢が尻尾に刺さって爆発したせいで、短くなって破損している尻尾を指差す。
結局飛び道具しか使っていないので、試し斬りもしておきたい。
「おう、わかった。査定が終わるまで待っててくれ。一部解体もするからしばらく時間がかかるぞ」
「ええ、かまいません」
カティアが楽しげに耳元でささやいた。
「一目置かれたようだぜ」
気付けば、周りの冒険者たちの自分を見る目が今までとは変わっている。
それなりに戦えることは知られていたようだけど、この魔獣を倒したことで更に評価が上がったらしい。
「これで、声をかけてくる男の人が減ってくれるなら助かるにゃ」
「おりんは見た目がおとなしそうだからな」
「中身もカティアよりはおとなしいにゃ」
隣のカティアに目を向ける。
彼女は長身で鍛え上げられた体をもち、野性的な迫力がある。軽いナンパ男なんて、寄ってはこないだろう。
その点に関してはうらやましい。
カティアのように、荒々しい雰囲気を出せれば少しは変わるのかもしれない。
でも、そうなるとまずはロロ様の作ってくれた今の服を着替えるところからになりそうだ。
ちょっとかわいすぎるよね。
別に嫌じゃないんだけど……むしろ気に入ってるし。
「今度は、戦力としての勧誘が増えるかもな」
「……それも嫌にゃ」
併設された店で適当に飲み物と軽食を頼んで買い取りの査定を待つ。
ウィンターエッジの売り上げ金は後日でもいいのだけど、特段用事もないのでこのまま昼食を食べながら待つことにしたのだ。
カティアはソロにこだわっているわけではなく、単に組む相手がいないらしいという話は以前会った時に聞いたことがある。
組むなら気を使わない女性がいいそうで、カティアについてこれる女性冒険者はなかなかいないそうだ。
仮にいるとしても、大概そういった者はすでに誰かとパーティーを組んでいるものだろう。
「前も言ったが、私と組まないか?」
「ロロちゃんたちと一緒にやっていくから、その気はないにゃ」
「子どもの世話もいいけどよ、あいつらじゃお前にはついてこれないだろ。私と一緒に上を目指さねえか」
ずいぶんと買いかぶられているようだ。
カティアの評価の元は、今日使った武器類によるものだろうけど、どれも作ったのはロロ様なのだ。
「カティアは人を見る目がないみたいだから、だまされないように気をつけるにゃ」
「ああ?」
ため息混じりに返すと、カティアの語気が荒くなった。
「三人の中で、一番弱いのは私にゃ」
「……ウソだろ?」
毒気を抜かれたらしく、一瞬でカティアの気配が元に戻った。
「大真面目にゃ。まあ、もうしばらくはチアちゃんより強いかもしれないけど、すぐにゃ。で、ロロちゃんの方には逆立ちしたってかなわんにゃ」
「どっちも戦い慣れているようには見えなかったんだが……ロロって狼人の方だったか?」
あの二人は戦士系の加護などもないし、戦い慣れた者の気配も感じさせない。
カティアが疑問に思うのも当然だろう。
「術師だから、接近戦で不意打ちなら勝てるかもにゃ。でも、戦術の幅の広さを考えると、今の私だと足元にも及ばないにゃ」
カティアの納得のいかなそうな顔に、声をひそめる。
「カティアには世話になったから特別に教えてやるけど、人には言うなにゃ」
「……なんだ? どうせしゃべる相手なんて、私にはいないぞ」
それはそれでどうなんだろうか。
少しカティアが心配になったが、今は脇に置いておく。
ちょっと勢いを削がれながらも、続きを口にする。
「今日使っていたあの弓矢なんかを作ったのはロロちゃんだにゃ」
「……あの魔獣を吹き飛ばした矢か。でもよ、杖と黒い剣の方がすごかったじゃねえか。あの魔道具はどっかのダンジョンで見つけてきたんだろ?」
「だから、あれもロロちゃんが作ったものにゃ」
「……マジか。もしかして、あの新しい短剣も……?」
「ロロちゃんが作ったにゃ」
カティアが、机についた片腕で頭を抱えた。
この豪快な女冒険者も、こんな反応をすることがあるらしい。
「いや、でも……作るだけなんだろ? 家か工房か知らねえけど、あいつは作る。使うのはお前でいいじゃねえか」
「戦わせるともっとヤバいにゃ。あんなかわいい顔して、やることは化け物にゃ」
「…………」
カティアが沈黙した。
そのまましばらくして、遅れてきた料理がテーブルに置かれると、降参するように両手を上げてきた。
「……参った。まあ、また機会があれば一緒に狩りに行こうぜ。それくらいは構わねえだろ」
勧誘が空振りに終わったのを完全に悟って、カティアが苦笑を浮かべる。
「もちろんにゃ」
話に決着がついて、カティアにようやく屈託のない笑顔を向けられた気がする。
笑いかけると、周りの席の男たちからため息が聞こえた気がした。
なぜかカティアがこちらにあきれたような目を向けている。
「どうかしたにゃ? あ……それと、私はカティアの友達だから安心するにゃ。ボッチじゃないにゃ」
「……おい、おりん。お前、なんか失礼な勘違いしてるだろ」
カティアが半眼になった。
「じゃあ、友達いるのかにゃ?」
「多くはないけど、そんくらいいるわ! 今この町にはいないって意味だよ!」
「別に見栄をはらなくてもいいにゃ」
「おい! 信じてないだろ!」
ひとしきり喚いてから、ようやくカティアが運ばれてきた料理に手をつけ始めた。
「はー、しかしまた、すごいのと組んでるんだな。とてもそうは思えなかったけどよ……あの見た目だしな」
思わずフォークの動きが止まる。
カティアもそう思っていたんだ。
語れる相手ができたことで、テンションが上がった。
「やっぱりカティアもそう思うにゃ? ……ロロちゃんかわいいよにゃ」
「は?」
「この前給仕服着てる時に、髪型変えてみた時なんかもう……」
「へ? いや、強そうには見えないって意味で……なんで冒険者が給仕服を着るんだ?」
「今はそこは大事じゃないにゃ! とにかく、編み込みにしてくくってみたんだにゃ。そしたらあの大きめの耳が映えて……聞いているのかにゃ!」
「……へいへい」
ロロ様のかわいさについて語っているのを生返事しながら聞いていたカティアは、途中からなぜかうんざりしたような顔になり、魔獣の査定が終わった連絡がくると妙に喜んでいた。
◇ ◇ ◇
帰ってから、家には入らずにそのまま庭に向かう。
爆発で折れたウィンターエッジの尻尾を庭に置いた。
手甲を尻尾の刃毛に触れさせる。大丈夫そうなので、そのまま押し当て、更には殴りつけてみた。
カティアの防具は一撃で使い物にならなくなっていたのに、自分が身につけているものは装甲部分にも、革部分にも傷一つついていない。
腰から短剣を引き抜き、振り上げてから渾身の力を込めて振り下ろした。
思っていた以上にあっさりと、短剣は尾を切り裂いてそのまま逆側まで通り抜けた。
服の中にしまわれていた結界具をじゃらじゃらと胸元から取り出す。
ロロ様に危険な場所に行くならと半ば無理矢理に押し付けられたものだ。
これだけあれば、数回は攻撃をもらっても平気な顔をしていられるだろう。
「……普通に戦っても、装備の差で勝てた、かな……」
思わずつぶやいた自分の言葉には、誰が聞いてもわかりそうなあきれの色が混じっていた。