83 フラレリーニと石の姫君
イリス姫が台座の上から落ちてきて、下敷きになったフラレリーニから、うめき声が漏れた。
まさかの解決を果たしたが、石になった人たちもいたし、反転した呪いを目撃した人は少なくない。
これ、絶対に大騒ぎになるな。
「よし! 撤収!」
「あいあいー!」
「了解ですにゃ」
「えっ!? えっ!? なんで!?」
目を回しているフラレリーニと眠ったままのイリス姫をストラミネアに運んでもらい、屋敷へと向かう。
「有名冒険者になれるチャンスなんじゃないの?」
「フラレリーニさんがね」
わたしたちは結果的にほぼ何もしていない。
解決したのは石像に告白をした酔っ払い、フラレリーニだ。
それに石化が解けたイリス姫の扱いの問題もある。とりあえずは騒ぎの前に脱出するのが正解だろう。
「ああ、昔の伝承から亡国の姫の呪いを解き明かし、新しい詩を紡ぐことになるなんて……私ったら、まるで伝説の冒険詩人のよう……」
「この方、何もしてないですよね」
「まあ、それ言ったらわたしらもだし……」
一人やり切った感を出しているフィフィに、ストラミネアが変な生き物を見るような目を向ける。
わたしたちは人のいない裏通りや路地を抜けて、そのまま家へと駆け込んだ。
先に目を覚ましたのはフラレリーニだった。
「ふむ、ここは一体どこだ……何やら頭が痛いな」
「二日酔いでしょ。説明はお酒が抜けてからね」
水をしっかり飲ませて、酒が抜けてきたのを見計らって今朝の出来事を順を追って説明した。
「そのようなことがあったのか。たしかに断片的に覚えているが……夢かと思っていたな」
「一度出直してもらってもいいですけど」
「いや、私が石となって眠っていた彼女を呼び覚ましたのだ。もちろん起きるまで待つとも」
酔いが覚めると、割と常識人なんだな。
それからしばらくしてイリス姫も目を覚ました。
「ここはどこでありんす?」
「一応、大陸言語ですけど、ちょっと今のと違いますね」
「まあものすごい昔の人だろうから。でも意思疎通はなんとかなりそうだね」
少なくとも数百年以上石化していたこと、フラレリーニが封印を解いたことなど知っていることを説明していく。
「ほうほう……ずいぶんと時が刻まれたのじゃな。どおりで体が固まって動きにくいわけじゃ」
イリス姫がベッドの上でギギギ、と体を動かした。
話が一段落したのをみたフィフィが気になっていたのだろう。伝わっていたお話について尋ねた。
「ねえイリス姫、あなたの話として伝わっている物語があるんだけど……」
「ほんに? よいぞ、聞かせてみせりゃんせ」
フィフィがイリス姫のお話を聞かせると、彼女はケタケタと笑った。
「そんな話が残っていたとはほんに面白いでありんす」
「本当のことなの?」
「まあ大体合っておるのう。ヤツめが入れ込んでおったオトコを、面白半分でわらわになびかせてやったら怒ってしもうてのう。挑発に乗ったら呪いをかけられてこのザマでござりんす」
そう言ってもう一度面白そうに笑った。
どうも魔女は彼女にとって既知の相手だったようだ。
魔女に呪われたのは、恋愛的ないざこざの果てだったらしい。
このお姫様はうぬぼれるとか以前に、なかなかいい性格をしていたようだ。
「さて、目が覚めたはいいが、どうしたものか。わらわの国はとっくになくなっておるようじゃしのう」
イリス姫が腕を組む。
その姿からは、特に感傷に浸っているような様子は見受けられない。
石になっていたとはいえ、なんとなく時間感覚はあったのか。それとも石になる時にその程度は覚悟していたのか。
一瞬眠って目覚めたら数百年後だった、という状況じゃないのかと思うんだけど……やたらと切り替えがいいな。
「今の国王とかに報告しようか? それなりの待遇を用意してもらえると思うけど」
「そういうのは趣味ではないのう。わらわは自由奔放をモットーとしているでありんす。自分の国なら好き勝手できようが、亡国の姫としてお客様扱いなどは論外にてござりんす」
きっぱりとイリス姫が答える。
「そういうことなら、乗りかかった船だし、しばらくうちにいて身の振り方を考えたら?」
「ふむ……そうじゃのう」
ベッド上で体を起こしたままのイリス姫に、フラレリーニが膝をついて目線を合わせた。
「もしよろしければ、私の家にいらっしゃいませんか」
「お主の家にか? まあ酔っていたとはいえ、わらわに愛を捧げ、封印を解いたのはお主でありんしたな」
なんだ、イリス姫に一目惚れでもしたか?
きれいだもんね。
「ええ。私の生家はあなたがいた広場の近くで、子供の頃に体が弱かった私は、いつもベッドの上からあなたを見ていました」
昔を懐かしむような顔でフラレリーニが語り始めた。
「話相手もいなかった私は、毎日のようにあなたに語りかけていた。あの頃、こうして言葉を交わすことをどれほど望んでやまなかったか……こうやって話ができるなんて、まるで夢のようです」
この人、ただ酔っ払って意味不明な告白したんじゃなかったんだ……。
呪いを解くための条件にしてあるなら、たしかに場当たり的な気持ちくらいであっさり解呪されたりはしないか。
なんだかんだで、本当に石の姫を慕っていたのだろう。
イリス姫が吹き出した。
「お主、石になっていたわらわに想いを寄せるとは、ほんに面白いやつでありんすな!」
腹を抱えて笑っているイリス姫は、笑いすぎたせいか少し涙目になっている。
「うむ。決めたぞ。わらわはお主のところでやっかいになるござりんす」
「大丈夫ですか? その……男性の家ですけど」
「失敬な。私は礼を尽くし、真実の愛を求める者。女性にみだりに触れたりはせん」
フィフィが心配そうに聞くと、フラレリーニが憮然とした表情で答える。
「まあ変なヤツじゃが、悪人ではなさそうじゃ。そう心配せんでもよかろう」
フィフィはイリス姫も無事に目覚めたので、そろそろバルツが心配するからと店に帰っていった。
その後、お昼頃までベッドですごしたイリス姫は、なんとか自分でゆっくりと歩ける程度には回復した。
「世話になったのう。またお会いしんす」
「イリス姫もまた色々話を聞かせてね」
「もう姫ではないゆえ、イリスで結構でありんす」
たどたどしく歩くイリスに、フラレリーニが優しく寄り添っていた。
それからすぐに、入れ替わるように魔術師長とアルドメトス騎士団長がやって来た。
「今朝起きた事件のことなのだが……!」
「ああ、そっちのこと忘れてた」
「何か知っているのか!?」
「まあまあ、お茶でも飲みながらゆっくり話すよ。おりん、お茶淹れてー」
二人に恋愛のいざこざの末に呪いをかけられた女性だったこと、石化が解ける時に一時的に周囲に影響があったことを説明した。
本人に関しては、こちらが石になっている間に気付いたらいなくなっていたということにしておいた。
石像だったので、本人とは実際に受ける印象はかなり違う。服でも着替えてしまえば、見つけることは難しいだろう。
国に保護されるなんて展開は、イリスにとって余計なお世話でしかないようなので、こんなところかな。
一応探してはみることになったが、危険性はなさそうだし見つからなくても問題ないだろうという方向で話はまとまった。
国王にもそう報告するとのことだ。
翌日には公式発表があり、街の石像の一つが古代の魔道具だったということにされていた。
経年劣化により不具合が起きて周りを石にし始めたが、そのまま壊れてしまったので大事には至らなかった、というのが発表された内容で、それでこの話はおしまいになった。
フィフィはイリスの物語に続きを付け加えられてご満悦だ。
石の姫を見て育った少年が抱いた淡い恋心は、姫にかけられた呪いを解いた。
そして、二人はいつまでも幸せに暮らすのだ。
バルツの店のカウンターで、差し入れに持ってきた屋台の果物ジュースをフィフィに渡した。
「ありがと。切ない話や悲しい話も嫌いじゃないけど、やっぱりハッピーエンドが素敵よね」
「……まだエンディングまでたどりついてないと思うけど」
大通りにある石像から始まった、石になった姫の呪いが解ける、おとぎ話のようなお話はこれにておしまい。
でも、フラレリーニとイリスの物語はまだ始まったばかりだ。
「そこはフラレリーニさん……だっけ? あの人に頑張ってもらわないとね」
フィフィがいたずらっぽく笑った。
フラレリーニの話はひとまずおしまいです。
次回はまた別のお話になる予定です。
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