81 フラレリーニと呪いの暴走
おりんの口から、最近知り合ったハーフリングの女の子の名前があがった。
「あ、そうだね。ハーフリングは昔の伝承をたくさん伝えている種族だから、何か知ってるかも」
えらいえらい、とおりんを撫でる。
まだ朝早いので、フィフィのところに行くのはもう少し遅い時間の方がいいかな。
幸い、軽食屋の席はまだまだ余裕がある状態なので、このまま少し時間をつぶさせてもらおう。
広場では、吟遊詩人っぽい人が悲恋物の歌を奏で始めた。
爽やかな夏の朝には合わないな……練習か、ノドを慣らしているのかもしれない。
……どこかで聞いたことのある声のような気もする。
足を止める者はなく、聞いているのはどこか諦めを感じさせる微笑みを浮かべた女性の像だけだ。
しばらく店ですごしたわたしたちは、鍛冶屋通りにあるフィフィとバルツの店に向かった。
そして、外に出て気付いたのだけど、歌っていたのはフラレリーニだった。
またフラれたのか……。
「あら、おはよう。何か御用?」
着くと、ちょうどフィフィがお店を開けているところだった。
「おはようございます」
「おはよう。ちょっとフィフィに聞きたいことがあって」
わたしたちは、今までの経緯を説明した。
バルツは作業中らしく、店の奥から鎚を振るう音が聞こえている。
「ニンゲン!? あの像が!?」
「そうなんだよ。それで、何か知らないかと思って」
今回は各地の伝承に詳しいフィフィが頼りだ。
本人はお話が好きだからたくさん知っているだけで、特別なことだとは思っていないようだけど、フィフィの知識量はかなりのものだ。
鍛冶神の時も思ったけど、伝承の専門家と言ってもいいかもしれない。
「一応……それっぽいお話なら心当たりがあるよ」
「ほんと!? どんなの?」
「じゃあ、一曲演ろっか。ちょっと待っててね」
ハープを取ってきたフィフィの歌が始まった。
フィフィから聞いた話をまとめると……。
昔々、美しく才能にあふれたイリスという名のお姫様がいた。
男たちは皆彼女を口説き落とそうと争っていた。
傲慢になっていたお姫様に、魔女が現れて言った。
「お前を欲する男たちには、本当にお前を心から愛しているものなどいない。お前が国王の娘でなければ、お前の外見が美しくなければ妻にしたいなどと誰も言わないだろう」
「そんなことはありえないわ」
そして魔女と姫は賭けをした。
魔女は、彼女の姿を醜く見えるようにすると、国王の娘であることを人々の記憶から消した。
彼女を欲する者は誰一人いなくなり、賭けに負けた姫は石にされた。
チヤホヤされても、傲慢にならないようにしましょうね、という教訓めいたお話だった。
「それじゃ、お姫様の石化を解く方法は‘’愛‘’ってわけ?」
それはさすがにどうしようもない。
おりんも困った顔をしている。
「正攻法じゃ無理そうだね……。そもそも、石化を解けって依頼でもないんだけど。明日の早朝にもう一度詳しく調べてみようかな」
「それなら私も行ってみたい」
「もちろんいいよ。じゃあ明日現地集合かな」
フィフィも来ることになり、明日の参加者が一名増えた。
次の日の早朝、まだ薄暗いうちに出発した。
広場の像のところまで着くと、もうフィフィが待っていた。
「お待たせー」
「おはよう」
街はまだ眠っていて、辺りは閑散としている。
像の真下で酒瓶を持って眠りこけているフラレリーニをのぞいたら、だけど。
「なんで、よりによってこんなところで……」
「もう朝なんだけどね。酔っ払って寝てるみたい」
フィフィが困惑している。
人のいない時間を選んだのに、ピンポイントで酔っ払いが寝ていたのだから当然だろう。
「まあ、寝てるんならいいか……。起きそうにないし、放っとこう」
改めて石像に目を向ける。
「改めて見るときれいな方ですよね」
「びじーん」
伝承にもあったけど、おりんとチアの言うとおり、石像状態でも十分にわかる美人さんである。
ふと、何か像に違和感を感じた。
「あれ? 台座の下の地面も同じような材質で揃えてあったっけ?」
「実際にそうなんですから、そうなんじゃないですか?」
台座も、その周りも像と同じ色の石で揃えられている。
そこまでしてあったっけな。
昨日と違い、時間をかけて複雑な術式を構築する。
魔石に術式を走らせ、魔神の眼の能力を引き出して像を石化させた魔法を調べていく。
像をぺたぺた触りながら、植え込みに入って周囲をぐるぐると回っているので、もし人がいたら変な目で見られるだろう。
「うーん、やはり呪いと封印術の中間と言うか……複合的な構成の術かな。複数の上位存在の魔法をまとめていて、術も維持され続けてる……お話に出てきた魔女ってのは、常人じゃないな」
しかも、時間をかけて綿密に構築した術ではなく、おそらく即興で作ったものだ。大雑把にまとめてありつつも奇跡的なバランスで均衡を保っている。とんでもない技術とセンスだ。更に、ばく大な魔力も必要だろう。
……これはもはや芸術の域だ。
すごい。この像、持って帰って家でじっくり調べたい。
「石化させた魔女は間違いなく伝説級の人物だね。なんなら、本当に文字通りの神業で、聞いたお話も神話とかだったのかな……ただ……何だこれ?」
一部の術式が歪んでいる。
わざと仕組んでいたのか、長い時間が過ぎた結果なのかまではわからない。
このままでは効果に影響が出てしまうだろう。
もし、影響が出るとしたらその場合は……
「えーっと、ここがこうなってるから、対象範囲の設定が……って、これ反転するんじゃ……」
「新たに我が愛が芽生え、世界が祝福するこの歴史的瞬間!」
「わっ! びっくりした」
驚いて、魔神の眼を解除してしまった。
フラレリーニが起きたらしい。
なんかまだ酔っ払っているみたいだけど。
「うむ、我がノドをうるおすこの爽やかな水よ。偶然にも手の中にあるこの運命!」
「いや、それお酒でしょ……」
「おお、今まさに夜明けと共に新たな愛の光が」
完全に酔っ払っているな。その上、今も追加でお酒を飲んでいる。
フラレリーニの視線の先にいるのは……石像の前に立っているフィフィ?
「その子、婚約者いるからね」
「これはいかん。愛の言葉に添える花がないではないか」
まったく話を聞いていないフラレリーニは、千鳥足で歩いていってしまった。花屋を探しに行ったのだろう。
とりあえず、あちらは放っておこう。
「これ、石化の対象がおかしいの。このままだと、反転して周りのものを石化しちゃうかも。早く騎士団長に連絡して人のいない場所に運んでもらった方がよさそうだね」
「すごい! ロロちゃんそんなことわかるの!?」
次の瞬間、タイルの割れるような音とともに、像を指差していた指先が硬くなり動かなくなる。
わたしの右手の指先が石化してしまっていた。