80 フラレリーニと不思議な石像
ギルド内には、短い通路で仕切られた向こうに併設酒場がある。
パーティーを組む冒険者たちの打ち合わせ用スペースで、ギルドのささやかな収入として飲み物を出していたのが元となっているらしい。現在では飲食店が入っていて、テナント料をとっているようだ。
ランクの昇格手続きを待っている間、そちらからは、失恋の歌を誰かが楽器で奏でながら盛大に歌い上げている声が聞こえてきていた。
「わかるぜ!」
「金がなければ俺たちなんて相手にもされねえ」
「女を口説くよりドラゴン退治の方がまだ可能性があるってもんだ」
酒も入って盛り上がっているのだろう。モテない男たちの叫びが聞こえてきている。
隣の受付にいた初めて見るショートカットの受付嬢さんと目が合ったので、なんとなく聞いてみた。
「向こうで騒いでるけど、何かあったの?」
「別にいつものことよ〜。フラレリーニさんがまたフラれて、酔って歌って、モテない人たちが一緒に騒いでるの〜」
「いつものことなんだ……」
嫌な日常風景だな。
「わたしもね~、誘われて一緒にご飯食べに行ったことあるんだけど〜」
まさかのフッた本人の一人だった。
「歯の浮くようなセリフばっか言ってくるのはまだ我慢できたけど、他に服無いのかしらね〜。仕事のあとでもないのに冒険者用の服着てるし~、お店も女の子と行くような所を全然知らないみたいだし〜、花束買ってくる暇があるなら、髪切ってヒゲそって出直してこいって感じよね〜」
ものすごく辛辣!
ショートカットの受付嬢さんが、のんびりした口調と裏腹にかなりキツいセリフを吐いた。
なんか前世でも聞いたような内容だな。
実際の清潔さではない、謎のステータス、清潔感とかが大事なのだろうか。
しかし、この世界はファッション雑誌もなければ、インターネットでオススメのデートスポットやオシャレなお店、美容院なんかを簡単に調べることもできない。
彼らのモテ男への道はなかなか遠そうだ……。
「そう言えば完全に忘れてましたけど、フラレリーニって人、私も声をかけられたことがありましたね」
何やら考え込んでいたおりんからも、帰り道で失恋ソングを歌っていた男の名前が出てきた。
「へ? だ、大丈夫だったの?」
「別に何もされてませんよ。歌ってた人の声と、歯の浮くようなセリフとやらでたまたま思い出しただけで、今まで忘れてたくらいですし」
おりんの話し方的に比喩でなく、本当に忘れていたようだ。
「うーん、子ども姿のおりんにまで声をかけて来るとは……」
「あまり見かけの年が離れてない相手なら、それこそ山ほど勧誘されましたし、声をかけてきた人は基本的にいちいち覚えていないんですけど」
「あ、うん。そうなんだ……」
そんなにモテてたのか……。
「珍しかったのは、あの人、私が見かけどおりの年じゃないってわかって声をかけてきたみたいだったんですよね」
「ふーん……戦ってるところでも見たのかな」
十二、三に見える今の外見とは不相応に、おりんは戦い慣れている。
その辺で勘付いたのかもしれない。
「しつこくはなかったので、あんまり悪いイメージはないですけどね。愛とか運命とかうるさかったくらいで」
すぐにいつもの食料品店に着いて、話題は今日の晩御飯のメニューに変わっていった。
チアの訓練の日、わたしとおりんは一緒について行った。
最後に顔を合わせてから数日は経っているアルドメトス騎士団長に会って、魔眼は問題ないかを確認してから市場に買い出しに行くつもりだったのだ。
「実は相談があってな。すまんが、訓練の前に街まで一緒に来て欲しい」
「ほへ?」
アルドメトスについて、私たち三人も貴族街の方から市街地へ歩いていく。
夏とはいえ、まだ早い時間なのでそれほど暑さも厳しくない。
大通りの広場の一つでアルドメトスが足を止めた。
「あの像なのだが」
「見かけたことはありますけど」
指差す先には、台座の上にある若い女性の像がある。
本物のように写実的な像で、着用している衣装からモデルは身分の高い人物だろう。
「あれがどうかしたんですか?」
「魔眼を手に入れてから気付いたのだが、ただの像ではないような気がするのだ。少し調べてもらえないかと思ってな。本格的な調査ということになりそうなら、依頼として処理させよう」
「……話はわかりましたけど、なんでわたしたちに?」
「実は一度シェリグサリス伯爵に相談して、そこで君に頼んではどうかと言われたのだ。この眼帯でもわかるが、たしかに君は優れた錬金術師のようだしな」
アルドメトスが、魔眼の機能を抑えるための眼帯を撫でた。
「魔術師長が……」
この前のモルザ海トカゲの件でそれなりに評価してもらっているようだ。
単にサリシアの花結晶の取引関係で忙しくて、こちらに投げてきただけかもしれないけど。
あと、アルドメトスの中でわたしの扱いは技師から錬金術師に変わったらしい。まあ、それは別にどうでもいい。
「とりあえず、見るだけ見てみましょうか」
カバンから魔石を取り出すと、まずは鑑定してみることにする。
なるほど。
たしかにこれは、石像ではないようだ。
これは……どうやってこの状態になっているんだ?
「騎士団長さんの言うとおり、これは普通の石像じゃないね」
「そうなの?」
チアがつんつんと女性の像をつついている。
「これは、ヒトだね。石化されてる」
「なっ!?」
「えっ!?」
チアが慌てて指を引っ込めた。
「それ以上……呪いの類なのか、何かしら危機から身を守るためだったのかとかは、ちょっとこれだけではわかりませんけど」
改めてその石化したヒトを見てみる。
石になる瞬間、何を思っていたのか、どこか儚げに笑っている。
なんで石化してるんだろうとか考えると、不謹慎かもしれないけど、なんだかワクワクするな。
「このヒト、生きてるんだ……」
「うーむ……。では、改めて頼んでもいいか? 知ってしまったからには、調べてもらわざるをえんな」
「わかりました。とりあえず調べられるだけ調べてみましょう。チアは稽古頑張ってね」
「あとでどうなったか教えてよー」
チアはアルドメトス団長に連れられて訓練に向かった。
「どうします?」
「まずは聞き込みからかな。本気で魔法を使って分析するなら、人目も気になるしね」
石像には、貴族であるアルドメトスや王都に来たばかりのわたしたちが知らないだけで、この辺りの住民みんな知っているようないわれがあるという可能性もある。
広場に面した軽食屋でカウンターの席を選ぶと、飲み物を頼んで店長のおじさんに聞いてみた。
「あー、あの像なあ。あれは、この国ができる前からあったって話らしいが……それ以上はわしもわからんなあ」
「どこかから運んできたんじゃなくて、ずっとここにあったってこと?」
「昔からあるってことしか知らんから、その前はそりゃどっかから運んできたかもなあ」
「うーん、なるほど……」
残念ながら、わかったのはかなり古いものだということだけだった。
こうなると、じっくり石化状態について解析してみるしかないかな。
「フィフィさんにも聞いてみますか?」
「あ、そうだね」
おりんの口から、最近知り合ったハーフリングの名前があがった。