78 アザラシスライム その1
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久々に立ち寄ったギルド内では、普通はそれぞれ一枚しか貼られないはずの依頼票が、一つの依頼だけ複数枚掲示されていた。
それも目立つように、でかでかとだ。イベントの告知でもしてるみたいだな。
「何これ?」
近づいて詳細を見て合点がいった。
「あー、なるほどね」
苦笑いすると、周りの冒険者たちもうんうん、とうなずいている。
「ロロちゃん、なんなのこれ?」
「下水の処理だよ」
「……アザラシスライムって書いてあるけど」
「トイレで流したものとか、あとは生ゴミを裏通りのゴミ穴に投げ込んだりしてるでしょ」
何度か一緒に捨てに行ってるし、ゴミ穴のフタを開けてもらったこともあるのでチアも知っている。
「あれは下水に住んでるスライムが食べてくれるんだけど、放っとくと増えすぎちゃうから、たまに間引きするんだろうね」
「ふーん。でも、なんでこんなにいっぱい貼ってあるの?」
「そりゃ、人気のない依頼だから。汚水にまみれてスライム退治なんて誰もやりたくないしね」
「へー、ちょっと気になるかも」
周囲にいた冒険者たちがいっせいに首を振る。
「やめとけ、やめとけ」
「臭いし汚いし、おまけに今は暑いときた。実入りもたいして良くないし、ろくな仕事じゃねえぞ」
ボロカスに言われて、ギルド職員たちが怒るんじゃないかと思ったら、彼らもわかっているらしい。
受付にいた人たちが、苦笑したりため息をついたりしている。
「んー、でもいつも誰かがやってくれてたんでしょ。どんなことしてるのかちょっと気になるかも。あと、アザラシスライムも」
「う、うーん。こういうのも社会勉強なのかなあ……」
チアの成長を喜ぶべきなのか迷うところだ。
腕組みしていると、狩猟系の依頼を見に行っていたおりんが帰ってきた。
「特に気になるのはなかったですね」
「そう……チアはあれが気になってるんだって」
依頼票を指差すと、おりんの尻尾が三倍くらいに膨らんだ。
「ええと、冗談ですよね……」
「なんで?」
引きつった顔のおりんに、チアが首を傾げる。
「……ロロちゃんが全部魔術で凍らせるのを二人で見守るだけとかどうでしょう」
「それならおりんが全部焼くのをわたしとチアが見てるだけとかどう?」
おりんと二人で押し付け合う。
「二人とも嫌ならチアだけでもいいけど?」
もう引き受けるのは決定らしい。
「……やるよ」
「……やります。この説明からすると、地下に潜ってではなく、管理者が下水の先に誘導したものを倒すみたいですね……」
周りにいる冒険者たちが、お互いに目を見合わせあった。
「……俺もやる」
「……俺もだ。たまには社会貢献して点数稼いどくのも悪くねえだろ」
「俺も参加だ。みんなで行ってさっさと終わらせようぜ」
「俺はチアちゃんが結婚してくれるなら毎日やってもいい」
「ダメだから」
チアはうちの子です。
まだ嫁にやる予定はない。
翌朝、わたしたちは王都の壁外に集まった。
服装も汚れてもいい格好だ。
下水を管理している職員が、集まった冒険者の多さに驚いている。
下水の出口は大きな水路になっていた。
下流側には、別の施設も見える。下水処理場かな。
「あれは何?」
「もう一度スライムに水を洗わせるんだよ」
近くにいる冒険者にチアが尋ねて、予想通りの答えが返ってきていた。
「ロロ、チア! あ、おりんさんも! 妹たちがお世話になってます」
「あれ、ミラドールもいたんだ……他のメンバーも一緒なの?」
声をかけてきたのは、翡翠の爪という冒険者パーティーに所属している、同じ孤児院出身のミラドールだった。
「みんなはお休みよ。わたし、もう少しでEランクなの。今回の下水処理依頼は参加者がたくさんいるからって、受付の人がおすすめしてくれたんだ。パーティーの皆からも、経験だからやってみたらって」
「そうなんだ」
「早くみんなに追いつきたいからね。剣で刺すだけだって言われたんだけど、ロロとチアもいてくれてちょっと安心したわ」
ミラドールは普段はパーティーで行動するから、一人で不安だったのかもしれない。
下水道から流れてくる水は、いかにも汚水という感じではなく、匂いもそこまではひどくはない。
スライムは増えすぎているわけで、それだけ水の浄化もしてくれているんだろう。
下水管理の職員が金属の柵を開くと、下水道から両手で抱えられるくらいのスライムたちがもそもそとはいでてきた。
「わー、なんか変なのでてきた。……でも、ちょっとかわいい」
チアが剣を引き抜いた。
チアはアザラシもスライムも見たことがないはずなので、見るのは完全に初めてだ。
水中に適応したタイプらしく、小さなヒレと尻尾があり、見た目はものすごくデフォルメした透明なアザラシみたいだ。
これをヒレスライムとかでなく、アザラシスライムと名付けた人はなかなかセンスあるな……
職員さんが水位を調節しているのか、元々こんなものなのか、水位の低い今、アザラシスライムたちの動きはいかにもどんくさい。
叩きつけると水が跳ねるので、核に狙いを定めて一体ずつ剣で押し込むように突き刺す。
核をやられたスライムたちは、そのまま水に溶けていった。
アザラシスライムの魔石は小さすぎて回収も難しい。魔石は期待できそうにないな。
「あれ? あれ? 全然当たらないんだけど……どうしよう」
後ろでミラドールが情けない声をあげた。
「これ、どうすればいいの? みんなどうやってるの?」
ふよふよ動いているアザラシスライムの核に、なかなか剣を当てられないミラドールが焦った声を上げる。
彼女のパーティーメンバーは楽観的に送り出したようだが、さっきから一体も倒せていない。
他の冒険者を見てみると、わたしたちのように狙ってうまく突き刺す者と、突き刺したあと力づくで強引に剣を動かして核を潰す者、あとは人から離れた場所で水を飛び散るのも気にせずに丸ごと叩き潰している者なんかがいるようだ。
運動神経も腕力もないミラドールには、どれも厳しそうだ。
このままだと、まともにアザラシスライムを倒せずに終わってしまうかもしれない。
「……あ、そうか。ミラドール、火の魔術使えるんだよね。ちょっと出してみて」
「え? ……うん」
ミラドールがぶつぶつと呪文を唱え始めた。
わたしはその間に一匹のアザラシスライムの尻尾をつかんで手にぶら下げた。
「えいっ」
ミラドールが突き出した手の前に火が生まれる。アザラシスライムを、その火に近付けてあぶってみた。
スライムの体がみるみる形を失い、中にある核も崩れて溶けてしまった。
よかった。うまくいったようだ。
「まずは一匹だね」
「やった! ロロ、ありがと!」
初めてアザラシスライムを倒せたミラドールが喜びの声を上げる。
「嬢ちゃん、よかったな。その調子で頼むぜ」
「はい、ありがとうございます」
近くにいた冒険者が、ようやく一匹目を倒したミラドールに声をかけた。