77 青銀の目玉
アルドメトス騎士団長の屋敷をチアとおりんと一緒に三人で訪れた。
執事さんに案内され、騎士団長夫婦と子供二人の四人に迎えてもらった。
兄の方は十ニ、三、妹の方は十くらいでわたしやチアと同じくらいだ。
名乗ってあいさつをしていると、騎士団長の奥さんがまじまじとわたしの顔を見てきた。
「カタリーナ、どうした?」
「ごめんなさい、知り合いによく似ていたものだから……あなたは獣人だものね。他人の空似でしょう」
わたしはナポリタの孤児院出身だ。血のつながった家族も、親戚もいない。
「前に言っていたとおり、こちらのチランジアは私の弟子になる」
「よろしくお願いしまーす」
チアがかわいらしくお辞儀をする。
「これからも来てもらうことになる。せっかくだから少し案内しよう」
チアが訓練で使うことになる場所などを見せてもらう。
床はないが、屋根と壁のある半室内の稽古場もあった。
「弟子になるのはチランジアだけなのか?」
ついて来ていた騎士団長の息子が、確認するように聞いてくる。
「そうだね。わたしは長物だし、おりんは短剣と弓だから」
「そうか。獣人は身体能力と感覚で戦うっていうから、戦ってみたかったんだけどな」
「相手してもいいけど、わたしたちは剣もある程度習ってたことがあるから、希望に沿えるかはわからないよ」
野生全開みたいなのは無理だ。
経験があるから、どうしてもある程度型にはまった戦い方しかできない。
「本当か。じゃあ今から少しだけいいか!?」
たすきがけをしてから、簡単なサポーターと木剣を借りると息子君に向かって構える。
「じゃあよろしく、フリメド」
「フリムでいいぜ。早く始めようぜ、ロロ」
小さい頃から父親である騎士団長に習っているんだろう。
基礎はしっかりできている。体幹がブレないし、振り方がきれいだ。うん、踏み込みもしっかりしている。
年相応には強いんだろうね。
つまりは、わたしの敵ではないということだけど。
獣人の身体能力を体験したいという希望通りに、前がかり気味に打ってかかる。
動体視力と反射神経、身軽さをフルに生かしてフリムを攻勢に回らせない。
「ほら、次! 間に合ってないよ!」
「くそっ、まだまだ」
衝撃を和らげるための簡易防具にわたしの振った剣が当たって音を立てる。
適当なところで、騎士団長が終了の合図をした。
「だんだん慣れてきてたね。反応もよくなってたし」
「まさか年下相手に一本も取れないとは思わなかった……」
「獣人相手だと、加護を得て身体強化を覚えるまでは互角以上に戦うのはまず無理だからな。別に負けるのは恥ではないが……」
騎士団長が息子をフォローする。
「むしろ、この場合ロロナを褒めるべきだな。我流かと思っていたら、技術もフリムに引けをとっていない……どうだ? 君も我々と剣の道を志す気は無いか?」
今は転生後の記憶の再構成のおかげで習いたてのように覚えているが、剣術を学んでいたのは魔術の訓練ができる年になるまでの数年間だけだ。
「さっきも言いましたけど、わたし長物の方が性にあってますし」
「うーむ、残念だな」
性に合っていると言うか、単純にそちらのが経験が長いだけだけどね。
話をしながら、執事さんの案内でカーテンを閉じて暗くされた部屋に移動する。
中に入るのは、騎士団長とわたしと執事さんの三人だけだ。
処置後は一応暗室からがいいかなと、用意してもらった。
ランタンの明かりの下で、眼帯を外した左目に魔眼を当てて、騎士団長の魔力とつなぐ。
騎士団長の目になった魔眼に、最初は最低限の機能だけを開放する。
「今日の処置は終わりました。少し目を慣らしてから部屋を出ましょう」
「わかった。痛みもないし、あっさりと終わるものだな。正直、拍子抜けだった」
「完全に目の性能を開放すると、それなりに大変らしいですよ」
脅しのようなセリフに、騎士団長の気配が硬くなった。
前の持ち主である帝国貴族シュライクデ・ヴィルトーゾは、ヤセ我慢は紳士の嗜みだと言い切る男だった。
彼をして、少々見えすぎるので慣れるまで骨が折れた、と言わしめたことから、開放された魔眼はかなりキツいはずだ。
ある程度の時間をおいて、騎士団長にゆっくりと目を開いてもらう。
「うむ。暗くてまだよくわからんな」
部屋に執事さんが少しずつ光を入れていく。
感動しているアルドメトスの背中を押して、みんなの待っている部屋に連れて戻った。
「あら、あなた。もう終わったのかしら」
「おおっ、カタリーナ。両目で見るお前はいっそう美しいな」
「あなたの新しい目も似合ってるわよ」
フリムは慣れているのか、抱き合っているお熱い夫婦をあっさり無視して話しかけてきた。
「うまくいったのか」
「うん、今日はもうおしまい。生まれつきの隻眼じゃないから、慣れるのも早いと思うよ。……うちの二人は?」
「妹のセレニカと遊んでいたぞ」
「すぐにお呼びいたしましょう」
執事さんが妹と遊んでいたチアとおりんを呼んできてくれた。
二日後に再び伯爵家を訪れる。
チアとおりんの顔見せも済んでいるので、今回はわたし一人だ。
目の魔力回路を一部つないでいく。
順番や決まりがあるので、人には任せられない作業だ。
「今日はこれで終わりです」
「ふむ、特に変化は……いや、視界が揺れて、気持ちが悪いな……」
「すみませんが、目の魔力を抑えますよ」
外からわたしが騎士団長の魔力に干渉して、強引に魔眼に流れていた魔力を抑えこむ。
「お、おお……なるほど。こういう感じか。魔力を集めるのは訓練したが、抑えるというのは経験がない分難しいな」
「次で終わりですから、今はこの操作にある程度慣れておいてください」
そして三日後、魔眼の最後の仕上げを行う。
「ひとまずわたしか奥様に視点を合わせて、それから目の魔力を抑えてくださいね」
奥さんのカタリーナさんには魔眼の効果をシャットアウトできる結界具を渡してある。
魔力回路をつなぎ、アルドメトス騎士団長の新しい左目の機能を、完全に開放した。
「これで終わりな……扉が目の前に!? いや、これは扉の向こうか!? 侍女のレイラ!? ぶつかる! うおっ、服が!」
うん、なかなか忙しそうだな。
最初に言ったことも忘れているようだ。
「落ち着いて、とにかくこっちを見てください」
「お、おお……ロロナは普通に見えるんだな」
「効果を遮断する結界を使っていますから。魔力を抑えてください。機能がかなり制限されるので、変なものが次々見えるという状態は脱せられます」
言われた通り、魔力を抑えたアルドメトス騎士団長だったが、視線をずらした途端に魔眼を手で押さえながら後ずさりをした。
「屋根の向こうの猫が目の前に!? 巨大な虫!? そ、空ならば……鳥が!?」
焦った顔であちらこちらに目を向けては喚いている。
事情を知らなかったら、乱心していると思われそうだな。
「ちょ、ちょっと落ち着かせてくれ」
騎士団長がわたしの肩に両手を置いて、上からのぞき込むような姿勢で息を荒げている。
巨躯の騎士団長が子供のわたしにくっついているのは、はたから見ると結構シュールかもしれない。
「しっかり魔力を抑えて、見えたものに意識を向けすぎないようにしてください」
「これは、ずっとこのままなのか?」
「慣れてしまえばそのままで平気らしいですけど……しんどそうなら、とりあえずは普通の目に戻してから帰るつもりでいました」
顎に手を当てた執事さんが、横から口を開いた。
「ロロナさんや奥様の効果を防ぐ結界を、伯爵様の眼帯に付与することはできませんか?」
「安いものじゃないですし、あとあと不要になっちゃいますけど」
「いや、覗き魔扱いされても困るから、公の場では付けておいた方がよさそうだ。できればお願いしたい。金額については執事のアーノルドと相談してくれ」
「そういうことならわかりました」
魔眼の性能がある程度知られてしまえば、たしかにそういう不名誉な噂が立ってもおかしくはない。
騎士団長はわたしの両肩をつかんだまま、周りに視線を向けてはビクッとして、またわたしに視線を戻すというのをさっきから繰り返している。
見ないように見るなんて、まあ難しいよね。
「わたしじゃなくてカタリーナ様でも普段通りに見えるはずですよ」
「そうね。あなた、手を引いてあげますからそちらのソファに移動しましょう。そのままじゃロロナちゃんも動けないわ。……それと、さっきレイラの服がどうしたのかも聞いていいかしら」
にっこりと微笑むカタリーナさんに、助けを求めるような顔で騎士団長がわたしを見る。
わたしは気付かないふりをしてそっぽを向いた。
その後は、たまに騎士団長の様子を見ながら、稽古場でフリムの相手をしたり、お茶をいただいたり、のんびりと夕方まで過ごして、魔眼を普通の目の状態に戻してから帰った。
かなり神経をすり減らしたらしく、騎士団長は疲れた顔をしていた。
同じようなことを数日間くりかえしながら、家では眼帯の加工をしていく。
今回の魔眼はただの魔道具ではなく、神々の力を借りたアイテムである魔法具だ。
完全に防ぐとなると相応のものが必要になる。
最初に魔眼の処置をしてから通うこと十日と少し、ようやく騎士団長に完成した眼帯を渡した。
「かなり慣れたが、まだ気の抜ける時間が欲しいから助かる。たまっている仕事を片付けたらチランジアの稽古も始めていこう。またこちらから連絡する」
そんなわけで、今回の依頼は完了した。
ちなみに、騎士団長がまともに動けない間ずっとそばにいたカタリーナさんは、ゆっくり夫婦ですごす時間が取れたのが嬉しかったらしい。
なんだかツヤツヤした顔でお礼を言われてしまった。