76 ストーカー、謝る
色々とストックを放出した関係もあって、お城に行った次の日は朝から料理に集中してしまった。
夕方になって、ようやく冒険者ギルドに向かう。
前の猫探しの時の受付さんがいたので声をかけた。
「サリスで受けた解決済みの依頼があったんですけど、わかります?」
「花の採集に行ってたのよね。サリスで何かあったの?」
「まじゅ……シェリグサリス伯爵の依頼ですけど、まだ届いてないですか?」
「……向こうの領主から!? 今のところなさそうだけど、一応今日届いた便も確認してみるわね」
先ほど受付さんが消えていった奥の方から、驚いた声や悲鳴っぽい声が聞こえてきた。
それから、咳払いをしながら受付さんが袋を重そうに抱えて戻ってきた。
「あなたたち、何をやったの?」
「処理済み依頼なんですから、内容も書いてありますよね」
おりんが不思議そうに受付さんに返す。
わたしもチアもその辺りはよく知らないので、そうなんだー、としか言えない。
「モルザ海トカゲの討伐補助と、サリシアの花の特別採集及び、魔法生物の召喚……って書いてあるんだけど」
「そのままですね。間違ってませんよ」
魔法生物というのは、妖精のシアのことだろう。
「討伐補助って、もしかして、囮でもさせられた?」
「そういう危険なことはしてないよ」
「魔法生物の召喚って? 変な儀式の実験台とかにされたり、血を抜かれたりとかしてない?」
「してないけど」
「ランク関係なくギルドの会員なんだから、変なことされたら言うのよ。うちから文句言うから」
机の上に、ずん、と乱暴に革袋が置かれる。
ギルド内にいた冒険者たちの視線が集まる。
「これ、全部金貨なのよ。銅貨や銀貨の間違いかと思ったけど、どう確認しても書類とも一致してるし、あんたたち本当に人に言えないようなことさせられてない?」
受付さんが声をひそめたけど、そういうのはもっと早くするべきだと思う。
もうギルド内にいる冒険者たちは興味津々で聞き耳を立てている。
「別に変なことはしてないよ……。いくつか魔道具を提供しただけで、普通の依頼だから」
「……シェリグサリス伯爵の弱みを握ったりした?」
「なんでやねん」
思わず素でツッコんでしまった。
半目であきれていると、受付さんがようやく手続きに入ってくれた。
「ええと……とりあえず、指名依頼三件ね。同じ依頼人からばかりになってるし、件数的にもちょっと微妙かしら。今回のと無関係の依頼を一つでも受ければ、そこでEランクに昇格になると思って」
もうEランクか。思っていたよりも早いな。
「次の依頼受けるまで、どれくらい空けて大丈夫?」
「そうね……これだけこなしていれば、ある程度は問題ないけど……」
「いや、しばらく受けなくていいぞ」
奥から昨日ぶりのギルマスが現れた。
「ギルマス!?」
「例の件があるだろ。国からの依頼扱いになるから、終わるまではそちらに集中していい。ただ、これでEランクには上がらせられんから、通常の依頼で実績を積んでくれ」
例の件と言うのは、聞くまでもなく騎士団長の魔眼の調整の件だろう。
通常の依頼もこなしておけというのは、年齢が足りないのに特例で正会員にしてもらっている関係もあるのかもしれない。
「く、国からですか?」
「別に驚くことでもないだろ。下水の処理だって、依頼元は国だぞ。まあ、こいつら初心者の割に案外と芸達者なんでな」
驚く受付さんに、ギルマスがごまかすように手を振った。
話を終えて窓口から離れてから気付いたが、待たされたり、話をしたりしているうちに、ギルド内は仕事を終えて依頼報告に来る人たちで賑わってきていた。
「なんか、全然残ってないねー」
銅貨の依頼が貼り出されていた辺りを見たチアが言うと、それを聞いた数人の冒険者たちが周囲に集まってきた。
チアを囲んだ冒険者たちが、いい笑顔で銅貨を見せる。
「どうよ」「余裕があったんでな」「俺も気が向いてちょっとな」
「わー、お兄ちゃんたちすごいねー」
手を叩いてニコニコ笑ったチアが、一番近く、チアに見えやすいように腰を曲げて目線を合わせていた冒険者の頭をそのまま撫でた。
「えらいえらい」
「チアちゃん、それは失礼では」
さすがに見咎めたおりんが、横からチアに注意する。
「あ……ごめんなさい」
チアの褒め方は、年上冒険者の彼ら相手でも、孤児院の年下の子たちと同じだ。勢いでつい手が出たらしい。
「ああ、いや……別に気にしないぞ」
そう答えながら、撫でられた冒険者が拳をグッと握る。
こいつ、銅貨の依頼があったら、また間違いなくやるだろうな……。
一部始終を見ていた受付嬢の視線が冷ややかなものに変わっていた。
冒険者ギルドから出ようとしたところで、入り口から見たことのある顔が現れた。
この前、おりんとチアに絡んできて、わたしが床に埋めてやったラプターだ。
「やっと見つけたぞ」
「何か用?」
わたしがファイティングポーズをとると、顔が引きつった。
床にまた埋めてやろうか。
修理代はどうせギルマス持ちだ
「……謝ろうと思って探していた。この前は、その……すまなかったな」
ラプターがおりんと、ちゃんとチアにも、それぞれに謝った。
逆恨みしてそうだと思っていたので驚いた。仲間は割とまともそうだったので、諭されたか叱られたかしたのかもしれないな。
謝るラプターを二人が許してあげる。
「まあこれに懲りて、好きになった相手に付きまとうようなマネはやめとくんだね」
「……え? いや……そういうんじゃねえけど」
ラプターがきょとんとした。
おりんを好きになってストーカーしてたんじゃないの?
「人の言うことも聞かないで、危ねえことばっかしてるのにイライラしてよ……あの時もとっくにDランクに上がってたって聞いて、どんな無茶しやがったんだと思ったらつい血が上って……」
「余計なお世話の大暴走ってわけ……?」
まあ、それはそれで迷惑なやつだってことには変わりないんだけど。
「登録したてのくせに一人でオークや、アックスビークとかと戦って……危ねえから一緒に来いっても聞きゃしねえし……。妹と似てたから余計にな。うちのも言うこと聞かねえで、よくろくでもねえ目にあってたから……」
「私はあなたの妹じゃないですよ」
おりんが迷惑そうな顔でぴしゃりと言う。
孤児院の卒業までにランクを上げといてとは言ったけど、まさかおりんがそこまで目立つようなことをしていたとは……。
もっと肩の力を抜いて、ほどほどにやっててよかったのに。
「あ、ああ……わかってる。それに関しちゃ悪かったよ」
さっきチアに褒められて喜んでいた冒険者連中がそばにやってきた。
一人がため息混じりにラプターに話しかける。
「……おりんちゃんがお前らよりもよっぽど腕が立つの、知らなかったのか?」
「え?」
「他の冒険者も最初は気にかけてたんだよ。みんなすぐにおりんちゃんが素人じゃねえって気付いたから、好きにさせてたんだけどよ」
ここの冒険者、世話焼きが多いな!
まあ、ある程度下心もあったのかもしれないけど。
「お前、謙遜を真に受けてたな? おりんちゃんは運がよかったとか、まぐれだとかしか言わないからな。狩ってるとこ、しっかり見てたのか?」
「いや、狩ってるところはほとんど見てなくて……初心者にはキツい魔物ばっか狩ってたし、運頼みみてえな戦い方してるんだと思ってた……」
冒険者たちがなんとも言えない、間抜けな詐欺にひっかかったバカを見るような、気の毒そうな、あきれたような顔になった。
「妹と重ねるなんて、ホームシックなんじゃない? どこの出身か知らないけど、一回家族の顔でも見に帰ってきたら?」
「うっ……。一人前になるまで戻んねえって決めて、家を出たからな……」
……男の人ってのは、こういう約束事にこだわるんだよなあ。わたしも転生前は男だったけど。
「坊主、もうDランクだろ? お前らを王都で見かけるようになった時期を考えると……威張れるほどじゃねえが、よくやってる方だ。なんなら、俺が行って保証してやるぞ」
「ああ、俺がついていってやってもいいぞ」
「俺もついていってやるぞ。……それで、お前の妹はおりんちゃんに似てるってことでいいんだよな?」
面倒見がよすぎる!
そう思っていた時期がわたしにもありました。一瞬だったけどね。
お前ら、妹を見にいきたいだけだろ。
「え? 人族だし、見間違えるほどじゃねえけど……まあまあ似てっかな」
「よっしゃ、任せとけ!」
「おすすめの王都土産も教えてやるぞ!」
ラプターの返事に、冒険者たちがガッツポーズを決める。
突然歯を光らせながら、めちゃめちゃナイスガイみたいな雰囲気を出し始めた。
「いや、一人でも帰れるし、他のメンバーもいるし……」
「まあまあ、そう遠慮するなよ」
「長い人生、勘違いで恥をかくことくらいあるわな。一杯おごってやるぞ。それで、お前の故郷はどこにあるんだ?」
ちらりと見ると、冒険者たちに向けられていた受付のお姉さんの視線は、道端に捨てられたゴミを見るものへと変わっていた。