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74  無能術師チランジア

「国王様がまもなくいらっしゃるそうです」


 メイドさんに促されて部屋から出ると、ちょうど中庭に国王が現れた。


「おう、待たせたな」


 水着を着てみたいというエライア姫に付き合って、アリアンナ姫と王妃様は部屋に一緒に残っている。

 国王に続いて宰相と魔術師長、ギルマス、礼装の騎士二人が現れた。

 眼帯をしている方が騎士団長だろう。


「遊んでたから、別に待ってないですよ」

「まるでこちらがオマケ扱いじゃな。ガトランド伯爵、この娘に魔眼の調整をしてもらうことになる。子供だが、今回のスタンピードの件でも協力してもらった者だ。……ああ、人には言うなよ」

「獣人……ですか」

「獣人ですけど」


 何か?

 尻尾は見えないけど、耳、もふもふしててかわいいでしょ。


「ああ、すまない。別に他意はない。協力者に獣人までいたという国王様の手の長さに驚いただけだ。第二騎士団長のアルドメトス・ガトランドだ。小さな技師殿、よろしく頼む」


 がっしりした巨躯の男がそう言って手をのばしてきたので、握手を交わす。

 仕事内容は技師のものじゃないけど、門外漢の騎士団長にとっては技師や魔道具師、錬金術師などは同じようなもの扱いなんだろう。


「俺は副団長のレザルだ。よろしくな、嬢ちゃん。団長がしばらく動けなくなるかもしれないと一緒に呼ばれたんだ」

「なに、そうなのか?」

「団長、話聞いてたんですか。自宅まで来て何回も調整するってことは、そりゃ、その間ろくに仕事はできないでしょう」


 レザルが、振り向いたアルドメトスにあきれた顔をする。


「そうですね。そうなると思います。早くても五日、長ければ十日以上でしょうか」


 調整中はまともに動けない時期が間違いなく出てしまう。

 仕事どころか、日常生活にも支障が出る可能性がある。


「思っていたより短いな。月単位だと困るが、それくらいなら問題ない。団長、仕事はできるだけ片付けておいて下さいよ」

「わかった、わかった」


 面倒臭そうにアルドメトスが手を振る。


「それとな、こやつが剣を習うための道場や師を探しているらしくてな。よいところはあるか?」


 国王は覚えていてくれたらしい。

 こちらが聞く前に水を向けてくれた。


「君が習うのかね? 剣を持ったことは?」

「ううん、この子。初心者だよ」

「はじめまして、冒険者のチランジアです」


 チアがぺこりと頭を下げる。


「初心者ならライオットのところがいいんじゃないですかね。基礎をしっかりやらせるので安定感はありそうですが」

「あれはある程度力がいるだろう。体重も……」

「それなら、フェンサーのソレイムに弟子入りをお願いする方が……。でも、冒険者なら魔物相手になるか」


 レザルがチランジアに目を向けた。

 ちっちゃいし、軽そうだろうね。あとかわいいよね。


「お前さん、剣を握ったことはないんだよな」

「ないです」

「うーん、槍なんかを主武器に据えるのも……冒険者なら槍は持ち運びに難があるか……? 試しに持ってみるか? ピンとこないなら他の得物もありだぞ」

「子ども用などない。それ以前に、国王様の御前だ」


 騎士団長がゆるい副団長をたしなめる。


「その子、持つくらいなら大人用でも大丈夫ですよ。さっきはエライア姫を振り回してましたし」

「ふむ。それなら、お前のを持たしてみたらどうだ。そこの中庭でやってみてかまわん」


 国王はもっとゆるかった。

 宰相が嫌そうな顔で国王を見ている。面白がっている国王に、場を改めさせろと言いたいのだろう。


「どうだ、持てるか?」


 この前、バルツの所で剣を持った時に重たがってふらついていたチアは、今日は片手で平然と剣を受け取った。

 ()()()んだろう。


「持てるけど、振り方がわかんない」

「よし、見とけよ」


 副団長が少し離れた位置で、素振りをしてみせた。

 その間にチアをタスキがけしてあげる。

 副団長の立っていた場所に立つと、チアは寸分違わぬ動きで剣を振った。


「おう、そういう感じだ。確かにあの体格と細腕で妙に力があるな……他種族のハーフか何かかね」


 チアはそのまま、全く同じ動作、同じ呼吸、同じ軌跡で剣を振っている。

 これは真似というか、コピーだ。


 違和感に団長も気付いたらしい。


「レザル、ちょっと続けて振ってみてくれ」

「どうかしましたか?」


 レザルが疑問を口にしながらも、言われたとおりにまるで相手がいるかのような動きで、続けざまに鋭い斬撃を数回虚空に放った。


「何か気になることでもありましたか、団長」

「いきまーす」


 再び剣を受け取ったチアが、それと全く同じ速度、同じリズム、同じ動きで再現してみせた。


「嘘だろ、おい」


 レザルも気付いたようで、呆然とした様子でつぶやいた。

 騎士団長は険しい顔でチアを見ている。声が真剣さを帯びた。


「……レザル、本気でやってみろ。国王様、闘気を使います」

「うむ、かまわん」


 宰相ももう口をはさむ気はないらしく、腕を組んだまま静観の姿勢をとっている。


 レザルが踏み込みながら突きを放った。

 速い。

 転生前の爺さんのままだったら、突きを放ったことしかわからなかっただろう。


「おー、三段突きだ」

「急所狙いですね」

「君たちもあれが見えるのか」


 団長が少し驚いたように言う。


 チアが剣を構えた。


 全員が、黙ってチアを見守る。

 実力主義と言っていた第二騎士団の副団長を務めているという事は、この国でも上位に入る騎士だろう。


 その動きを、今日剣を握ったばかりの女の子がコピーしようとしている。


 チアの重心がかすかに前に傾く。


 次の瞬間、チアが踏み込んだ。


 そこから、先ほどのレザルと全く同じ動きで三段突きが放たれた。

 ただ、その速度はレザルには及ばない。


 レザルがホッとした様子で息を吐く。


「いやいや、たいしたもんだな。あのお嬢ちゃん」


 レザルの声に余裕が戻った。


 チアがもう一度三段突きを繰り返した。

 更に三度目、四度目……。

 チアの速度が上がっていく。

 五度目には、ほとんどレザルと同じ速さで突きを放っていた。


「マジかよ……ありえねえだろ……」

「国王様、あの子は何者ですか?」

「わしも知らん。今日初めて会ったんじゃからな……ロロナ、説明できるか?」


 わたしに国王が目を向ける。


「チア……チランジアは魔術師の間では、無能術師と呼ばれる者なんですけど……身体能力や体の動かし方を、魔力で補助しているんじゃないかと……」

「魔力で!?」

「そんな事ができるのか?」


 魔術師長に視線が集まる。


「魔物は同じようなことをやっているわけだから、理論上は可能ということになるかな。ロロナ君は無能術師については?」

「魔力で身体機能の調節を無意識に行うので、非常にタフだとか。知識的にはそれくらいです」


 腕を組んだままギルマスがふーむ、と唸った。


「じゃあ、剣を振り回せるのはその無能術師ってやつのおかげとして……レザルの動きをそのまま真似してるのは、それのおかげか、本人の才能かわからんってことか?」

「うん、それで合ってる」

「なんで俺だけ敬語じゃないんだよ」


 ギルマスが文句を言っているのを聞き流していると、もう一度三段突きを試したチアがぽてぽてと戻ってきた。


「あの人みたいに遠くまで突けない」

「レザルさんですよ。チアちゃんとは体格や歩幅が違うんですから、そこは仕方ないですね」

「あー、ホハバ……」


 おりんの言葉を聞いてから、チアが何やら考え込んでいる。


「ロロちゃん、いつもの靴ちょうだい」


 今はヒールではないけれど、服に合わせたおしゃれ用のロングブーツだ。

 何を思いついたか大体想像できたので、風精霊の靴を渡してあげる。


「よいしょ、よいしょ」


 靴を履き終えて、かかとをトントンついたチアが、さっきの場所まで歩いていき、剣を構えた。


 チアが再び三段突きを放った。

 風精霊の靴を使った踏み込みで距離を稼ぎ、レザルの踏み込み突きと同じ距離を貫いた。


「うん、できた」


 子供に本気で放った突き技を再現されて、レザルはさっきから死にそうな顔をしている。

 のんきに喜んでいるチアを横目で見ながら、団長が国王にひざまずいた。


「国王様、あの娘の剣の師、私に任せていただいても?」

「団長!?」

「わしに決定権のある話ではない。それについては本人たちに交渉してくれ」


 満足して戻ってきたチアと一緒に話を聞く。


「この国で一番を名乗るつもりはないが、騎士団長を任されるくらいには強いぞ。どうだ? 教える時間はそこまでは取れんが、今のを見る限りでは問題ないだろう」

「団長の剣は、正剣とまで呼ばれるお手本のような剣だ。教え方がうまいかまでは知らねえが、その娘っ子が真似して変な癖がつくってことはないと思うぜ」


 多少復活したレザルが横から付け足した。


「あとで騎士団に入れとか言わない?」

「……将来的には入ってくれれば嬉しいが、強制まではできんな」

「それならいいかな。チアはどう?」

「いいよー」


 チアが気楽に答え、修行先が決まった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 名前とは裏腹に有能だな無能術師 確かに術師としては無能だけど
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