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71  採集最終日 その1

 暑さよけに開け放した窓からは、まだ暗いうちから町を歩く人たちの声が聞こえてきた。

 夜明けから採集を始めるつもりなのだろう。こっちはまだ眠いので、もう少し静かにしてね。


 わたしたちは割とのんびりモードだ。

 朝ご飯を食べていると、宿のおばちゃんが声をかけてきた。


「あんたたち、せっかくの稼ぎ時にそんなゆっくりしてていいのかい? もう今日で終わりだよ」

「張り切って行っても、休みながらじゃないと一日続かないですし、あんまり変わりませんよ」


 毎年採集をしている、体力自慢の漁師たちのようにはいかない。

 いつもと花の状態が違うので不確かだけど、例年通りなら今晩には花がいっせいに枯れて、中身も溶けてしまうらしい。


「今年は金貨が海に生えてるってのに、落ち着いてるわねえ」


 わたしの感覚だとおやつが生えているなんだけどな。

 二度と手に入らないかもしれないし、どこまで納品するか正直迷う。


「宿の仕事を片づけたら行くから、私の分も残しておいとくれよ」


 カラカラとおばちゃんが笑う。もちろん冗談だ。

 採集開始が遅れた今年は、サリシアの花が採り切れないなんてことはもうみんなわかっている。


「わたしたちより、ハサミエビ親子に言った方がよさそうですけどね」

「領主様とモールズ坊ちゃんかい。そりゃ違いない。しかしまた懐かしい言葉を聞いたね。ハサミエビなんて呼び名、どこで知ったんだい?」


 おばちゃんは、一昨日(おととい)の魔術師長の戦果は見ていなかったらしい。


一昨日(おととい)、花を山ほど採ってハサミエビだぞって領主様がいばってましたよ。なんでそんなに気に入ってるのかわからないですけど」


 おばちゃんが微笑ましそうな表情になった。


「あらまあ、そうかい。そりゃ、子供の頃にサリシアの花を採ってきた領主様に、奥様がハサミエビみたいだと言ったってな話だからねえ」

「え……じゃあ、あれって惚気(のろけ)だったの?」

「まあ、そう言えばそうかね」


 奥さんのつけた呼び名を今でもお気に入りにしているってことかな。ある意味、かわいいおじさんではある。

 ごちそうさまです。 


 どおりで、モールズがハサミエビ二世と呼んだ時に嫌な顔をしていたわけだ。

 由来が両親の子ども時代のコイバナだもんね。




 表に出ると、ちょうど水着姿のメイレーンがやってくるところだった。

 改めて見ると、足が長いな……。身体の半分は足だ。モデル体型か。

 わたしが蜘蛛神様に作ってもらった水着を着ている今は、本当にモデルみたいだ。

 そして、その頭の上には青い妖精が乗っていた。


「おはようございます。ちょうどいい時間だったみたいですね」

「おはよう、メイレーン、シアも」


 シアはメイレーンの頭の上で手をあげてあいさつした。相変わらずしゃべる気はないらしい。


 浜まで歩く途中で、水着姿でタライをかついだ地元民らしいおばちゃんが声をかけてきた。


「おはようございます、お嬢様。あら、今日はかわいらしい水着ですね」

「えへへ、そうなの」


 おばちゃんは、そこで頭の上のシアに気がついて声を上げた。


「あらまあ! 髪飾りかと思ったら妖精じゃないですか」

「サリシアの花の妖精さんよ」


 メイレーンが嬉しそうに答える。

 シアも手をあげてあいさつした。


「お前さんが花を青くしてくれたのかい? 来年も頼んだよ!」


 おばちゃんはそう言うと、首を振って違うと主張するシアには目もくれずに駆け足で行ってしまった。




 浜に着いてからも、わたしたちだけだった昨日と違って、メイレーンを知っている地元の人たちが声をかけていく。

 さすがにみんな採集で忙しいので、足を止めてゆっくり話をしていく人はいなかった。


「わー、ようせいさんだ。かわいい! メイレーンさま、さわっていい?」


 小さな子がメイレーンの手の上に乗っているシアと握手をしている。

 人気者だな。


 それから、海に入って水中呼吸の魔術をメイレーンが試してみた。

 呪文を唱えて一度頭まで潜ったメイレーンが、そのまま立ち上がった。


「うーん、ちょっと魔力の保持ができなかったです。もう少しって感じなんですけど」


 そこで、ピッと手をあげたシアが、自分の胸をトントンと叩いた。


「シア、どうかしました?」

「もしかしてシアが手伝うの?」


 コクコクとシアがうなずいた。

 もう一度水中呼吸の魔術を試したメイレーンが、手に乗せたシアにお礼を言う。


「すごい! ありがとう、シア!」


 メイレーンによると、揺れていた魔力がピタリと安定したそうだ。生まれたてなのに、なかなか出来る子だな。

 メイレーンが大丈夫になったので、これでわたしたちも一緒に採集に行ける。


 そこで、また声をかけられる。メイレーンかと思ったら、わたしだった。


「よう。また会ったな、ロロナ」

「こんにちは、また会えたね。ロロナちゃん」


 商人の護衛たちと、食事の誘いを昨日メイレーンのおかげで断れたザックたちだった。

 同時に声をかけてきた二人が、一度顔を見合わせた。


「おっと、シェレグルード子爵のお嬢様もご一緒でしたか」


 水着姿で頭の上にタライを載せた護衛リーダーは、帽子をとって一礼するポーズをタライで決めた。


「リーダー、それタライっス」

「先に言え、馬鹿!」

「無理言わないで欲しいっス」


 ツッコミを食らったリーダーが、仲間に理不尽な文句をつける。

 リーダーのわざとなのか天然なのかわからないボケに、メイレーンがころころ笑った。


「お嬢様、頭に変な虫が付いてるっスよ!」

「虫じゃありません! 妖精さんです!」


 メイレーンの父親もただの領主代行ではなく、貴族だったようだ。

 そう言えば、メイレーンは春から王都の学校に行くと言っていたな。


「そっちも採集?」

「滞在中は護衛も何もないからな」


 ザックたちから昨日みたいにご飯の誘いを受けて断る。

 リーダーは諦めてなかったのか、とザックたちにあきれていた。

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