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70  メイレーンの新しい友達

「ロロナ君は、青い透明な花の原因はモルザ海トカゲだと思うかね?」


 食事中、魔術師長さんが尋ねてきた。


 横ではチアがたどたどしいながらも行儀よく食べようと頑張っているのを、使用人のおばちゃんが微笑ましそうに見守っている。

 わたしは、口の中にある貝のバター焼きを飲み込んだ。


「どうでしょう……地元民じゃないですから。潮の流れや水温、気候の変動、海中の栄養素……あとはもちろんモルザ海トカゲの影響の可能性……過去の記録も知りませんから、わたしなんかよりも町の古老にでも聞いた方がいいと思いますけど」

「……意外に冷静だな、君は」


 わたしも海トカゲの影響なら魔力だろうか、と白い花に魔力を流したりしてみたが特に変化などは起きなかった。

 正直さっぱり予想がつかない。

 植物の変化なんて、まったく専門外だしな……。


 拍子抜けしたような様子の魔術師長の視線が、モールズに向いた。

 モールズはなぜか口をへの字に曲げている。


「今日はその古老たちに話を聞いてみたんだがね。彼らも花の変化については経験がないそうだ。特別なことも、海に魔物が出た以外には思い当たらないらしい」

「それならモルザ海トカゲの放つ魔力の影響か、あとは排泄物なんかか……ああ、食事中にすみません。それから、生態系に影響を及ぼした結果という可能性あたりでしょうかね。素人考えですけど」

「……魔物だぞ。魔力か瘴気だろ?」


 憮然とした顔のモールズが横から口を出す。


「魔力はともかく、瘴気の可能性は低いかな。ああいう遠海を巡ってるタイプは、魔力が澱んで瘴気になることはめったにないよ」


 生態的には、魔力を持っているだけで野生動物に近いはずだ。

 横にいるおりんが付け加える。


「瘴気をまとった魔物独特の攻撃衝動も感じませんでしたしね。瘴気に侵された魔物はもっと攻撃的ですよ」

「む……そうなのか」

「魔力の影響による可能性が高いことは否定しないが、お前も魔物が出たから魔力だ瘴気だ、と決めつけずにこれくらいのことは考えなさい」

「はい、父上」


 ああ、さっきのモールズのへの字はそういうことか。

 先に同じようなことを聞かれて、魔力か瘴気だろうと答えて短絡的だと叱られたのだろう。

 モールズはまだ少しムスッとしている。


「頑張れ、ハサミエビ二世」

「それは本当にやめろ」


 エールを送ってあげると、モールズが心底嫌そうに顔をしかめた。

 それを聞いて魔術師長の奥さんがあらあら、となぜか楽しそうな顔をしている。


「軽い気持ちで聞いたのだが、なかなかの答えだね。それで、モルザ海トカゲを引き取っておきたいのだが、いいかね。あれの魔石や血液など、色々と試しておきたいからね」


 満足そうにうなずいていた魔術師長が切り出してきた。

 本題はこちらだな。

 もちろん構わないので、結果を教えてもらうのを条件に食事のあとに譲る約束をした。

 自分で何が何でも調べたいという案件でもない。




「そういえば、魔道具を使ったと言っていましたけれど、どんな魔道具だったのですか?」


 メイレーンに、適当に海龍を呼ぶような魔道具を使って驚かせたのだと答える。本当に使ったのは魔法だ。


「まあ、怖そうですね」

「海トカゲがひっくり返っていたからな……ロロ、お前他にも物騒な魔道具を持ってるのか?」

「物騒って……まあ持ってるけど」

「本当か? どんなのだ?」

「雷を出す杖とか、地属性の遠距離攻撃用の魔剣とか」


 無難なものを答えておく。この辺はヴィヴィから報告があがってるだろうから、どうせ魔術師長も知っているだろう。

 モールズが目を輝かせる。

 まあ、魔術師で男の子だ。興味を持って当たり前だろう。


「見せないよ。冒険者が奥の手をほいほい見せたりしないからね」


 わたしも転生前には魔術師少年だった時期もあるわけで、モールズの気持ちはとても理解できる。

 解析とかまでは考えてなくて、純粋に強力な力を持つ魔道具を見てみたいだけだろう。


 サービスしてあげたい気持ちもあるけど、モールズはともかく魔術師長に見せるとどこから何に感付くかわからない。

 ないとは思うけど、術式の癖から考えて、これはアバンディア魔法侯の作ったものだな、なんて言われたらシャレにならない。


「もっとかわいいものとかないんですの?」

「それは無理だろ」


 断られて残念そうな顔をしていたモールズが、メイレーンの奔放な発言にツッコミをいれる。

 かわいい魔道具ってなんだろう。


「うーん、妖精を喚ぶ珠とか……?」

「あるのかよ」

「妖精!? 見てみたいです!」

「呼ぶんじゃなくて、喚ぶんだよ」

「何が違うんですの?」

「……端折ると、呼び寄せるんじゃなくて、生み出すって感じ。誰かが面倒をみないといけなくなるからね」

「お願いします! 私、飼います!」


 メイレーンが勢いよく手をあげた。


「ちゃんとご飯をあげて、散歩もします!」

「犬かな」

「ブラッシングもして、お風呂にも入れます!」

「犬かな」

「お父様、お母様、飼ってもいいですよね。ちゃんとお世話しますから」

「あらあら、仕方ないわね。ちゃんと面倒見るのよ」

「犬かな」


 メイレーンがどういう想定をしているのかわからないけれど、妖精は世話を焼く必要はない。

 人に迷惑をかけないように言い聞かせる程度だ。


 ただし、小さな存在の意思を拾い上げる関係上、妖精は個体による性格差が激しい。

 いたずらっ子なんかにあたると、かなり大変なことになる。


 そもそも、まだやるって言ってないんだけど……。

 まあ自重する必要のある場面でもないか。


「どんな子が生まれるかわからないから、イメージと違うかもしれないよ」

「大丈夫です! それに、妖精さんが一緒にいてくれるなら、春まで寂しくないかなって……」

「ん、どういうこと?」


 メイレーンの両親が説明してくれた。

 メイレーンの姉は王都の学園に通っていて、母親は王都と領地を行ったり来たりしているらしい。

 そのため、母親が姉についている間は、使用人などはともかく、父親と二人きりだ。

 来年の春になれば、メイレーンも学園に通うため、母親と姉と王都で三人で暮らすことになるそうだ。

 

「できるなら、私達からもお願いします」

「もし手に余るようなら、その時は私が引き受けよう」


 メイレーンの両親にも頼まれたうえに、魔術師長が責任を持つと手を挙げた。

 わたしが面倒を見ることにならないなら、問題は何もない。


「まあ、そういうことならやってみましょうか。お代はまとめて魔術師長さんお願いしますね」

「……わかった」


 使うのは精霊核の出来損ないだ。精霊核にはなれない品質だけれど、妖精の核にはなる。


「妖精の前に、食事を片付けてくださいませ。冷めてしまいます」


 いい加減に見かねたらしく、食事が進まないわたしたちは年配のメイドさんから怒られてしまった。




 食事を終えてから、改めて妖精を喚ぶ話をする。


「それで、何の妖精にする? 樹とか花とか、実物がいるんだけど」

「そういうことなら、サリシアの花はどうかね? 青く咲いた記念に」

「いいですね、素敵です!」


 魔術師長さんが使用人に言いつけると、大きなガラスの入れ物を重たそうに運んできた。

 入れ物は手のひらくらいのガラスがつなぎ合わされて作られている。


 中には砂が敷かれていて、白や青のサリシアの花が数本入っていた。


「実験用に根ごと採取してきていたものだよ。どうだね?」

「ええ、大丈夫だと思います。メイレーン、花を選んでくれる?」

「はい。じゃあ、この青の花で」


 手を入れて、メイレーンの選んだ花の上に、妖精核を乗せた。


「これで、妖精さんが生まれるんですの?」

「少し待ってればね」


 手の中で握った魔石の魔力を操り術式を描く。

 妖精核の裏、見えないところに極小で描いた術式が発動した。

 妖精核が溶けるように消え、サリシアの花全体がぼんやりと光ると、花の上に小さな女の子が現れた。

 無事に喚びだせたようだ。


 現れた妖精は、寝ぼけたような顔で周囲を見回している。

 それからトンボみたいな透き通った羽を震わせて水中から飛び上がり、テーブルに着地した。


 水の中から出れば、姿や色合いがはっきりとわかる。髪は青から青紫に毛先に向けて色が変わっていて、瞳は濃い青色だった。

 妖精は水を垂らしながら、テーブルの真ん中に飾られていたサリシアの花に向かって、とてとて歩いていく。


「これですの?」


 メイレーンが花を一つ渡してあげると、花びらをかじりとって、そのまま中の花の結晶を食べ始めた。

 眠たそうな顔はそのままなので、こういう子なのかもしれない。

 花から生まれた妖精は蜜を好むけど、この子はサリシアの花から生まれたから花結晶がいいのだろうか。


「か、か、か、かわいいです」


 明らかにお腹に入りきらない量の花結晶を食べて、ようやく満足したらしい。

 ぺろぺろと猫みたいな仕草で手を舐めている妖精にメイレーンが話しかけた。


「妖精さんは、名前はあるんですの?」


 妖精が首をフルフルと振った。


「では、サリシアの花の精ですので、シアでどうですか?」


 妖精がいいよ、と言うようにコクンとうなずいた。

 どうも無口な子らしい。


「シア、私とお友達になってもらえますか?」


 もう一度うなずいた妖精が、メイレーンの指を持ってブンブンと振った。

 握手のつもりかな。


 シアは大きなあくびを一つすると、また羽を震わせてふわりと浮かびあがる。そのまま瓶の中に戻り、すぐに花の上で眠ってしまった。

 マイペースなところはいかにも妖精だな。

 水の中で息が苦しいなんてこともないらしく、仰向けで眠りこけている。


「とってもかわいいです。シアのこと、大切にします。ロロさん、ありがとうございます」


 妖精が寝ているからか、少し声を小さくしてメイレーンがお礼を言う。

 この眠りっぷりだと、普通に話してても起きないと思うけど。


 メイレーンの邪魔をしないように黙っていたチアが、口を押さえていた手を離した。


「今度、チアにもシアちゃんにお花あげさせてね」


 チアがメイレーンと話している横で、魔術師長さんが奥さんに服を引っ張っられているのが目に入った。


「ねえ、あなた。私も一人欲しいのですけど」

「君は大人だろう。我慢しなさい」

「うちは二人とも男の子だったから、ああいう子が家にいてもいいんじゃないかしら」

「男のうるさい妖精が生まれるかもしれないだろう」


 魔術師長の奥さんがこちらに視線を向けてきたので、全力で気付かないふりをしておく。


「あ、青い花そのままみたいな外見をしていましたね」

「そ、そうだねー。なんか無口な子だったね」


 顔を背けて、おりんと白々しく話をする。


「別の入れ物を用意しておいてくれ。今度妖精が起きた時に実験用の花と分けておく」


 後ろでは奥さんから逃げた魔術師長さんが、使用人に指示を出していた。

 こうして花結晶が好物の、少し珍しい妖精が誕生したのだった。

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