7 結構力作です。遺跡もどき。
今、目の前にはわたしと同じ、一人の犬系獣人が立っている。
会うのは冬以来で、三回目になる。
彼が最初に来たのは、完全に記憶が戻ってちょうど落ち着いた頃だった。
三十前くらいに見える精悍な顔立ちの男はリーガスと名乗り、獣人が暮らす村に一度来てみないかと誘ってきた。
「村で暮らすかどうかは、また考えればいい。まずは同族として俺たちのことを知ってもらおうと考えている」
子供の自分に対しても対等な相手として手順を踏んでいこうと考えているようで、リーガスのその律義さに悪い気はしなかった。
ただ、前世・前々世と人間だった上に、生まれてからも孤児院で獣人一人きりだ。わたしには特に同族意識はない。
獣人の差別的扱いなどを経験していれば、また違った気持ちが湧いたのかもしれないけど、孤児院の仲間たちはわたしを見下すようなことはしない。
むしろ子供特有の、運動できる子はすごい、の精神で身軽で運動神経のいいわたしに一目置いている節があった。
面倒だが、まあ見物くらいはしてもいいかなと考えながら、ふと思いついて言ってみた。
「何か帽子とか欲しい。もらえるなら行ってもいいかな……」
「確かにその髪の色と尻尾だ。目立つだろうな。……隠すことに思うところはあるが、身を守れないうちはトラブルを避けるのが一番だろう。次に来るまでに用意しておいてやる」
わたしの髪や耳、尻尾は銀色で、尻尾はやたらともふもふした犬系のものである。
つまりは、目立つ。
自分としては、もふもふ過ぎて犬を通り越してタヌキやキツネじゃないかと疑っているが、タヌキとキツネの獣人は今のところ聞いたことがない。
その後、持ってきてくれたものは、予想外にまともなものだったので受け取った時は驚いた。
孤児院の子供へのサービスなので、正直ぼろ布程度が出てくるかと思っていた。
残念ながらサイズは大き過ぎて、引きずらないのがやっとだったけど。
「……そういうことなら仕方ない。来年にするか」
リーガスにあっさり了承してもらって、肩透かしを食った。
彼は今日、そろそろ暖かくなったからいいだろう、と獣人の村へ誘いに来たのだ。
しかし、今年の春になって初めて孤児院から外に出た自分では、獣人の村まで体力がもたないことを理由に断った。
獣人の村までは、ここから王都まで三日、王都から四日の片道七日かかるそうだ。
主に馬車での移動だが、最後の一日は徒歩で、しかも行き先は山だと言われてしまった。
「いいの?」
「俺が運んでやってもいいんだが、最初から人を頼ろうとするよりは、正直好感がもてる」
そうなんだ。ありがとうございます。
というわけで、獣人の村行きは来年に延期だ。
乗り合い馬車での連日の移動から、更に登山となるとさすがに体力に不安がある。
「そういえば、王都の正式名って知ってる? 昔の呼び方とかでもいいんだけど」
「確か……ラルドアウラだったか。それがどうかしたか?」
「へー、そうなんだ。ちょっと気になっただけ。この町みたいに名前があるのかなって」
「そうか。まあ、この国の者はみんな王都と呼ぶからな」
リーガスは、子供の他愛のない興味だろうと判断したようだった。
一方、わたしは知っている名前に、心の中で小躍りしていた。
わたしの次の目標は、死ぬ前に残した数々のアイテムの回収である。
転生前のアバンディア魔法候だった時に、役に立ちそうな物を創り出した別空間に放り込んで、世界中の何箇所かにアクセス可能な魔法の鞄を作って置いておいたのだ。
贅沢な品々を国に返還し、慎ましく暮らし世を去る古き英雄、みたいな顔をして死んだけど、実は結構な量のあれやこれやを隠していたのだ。
財産自体が膨大だったので帝国側も把握しきれてないだろう。
魔法の鞄をどこに隠したかは取り戻した記憶で覚えているし、地図も分かる。
問題は、現在地が分からなかったことだ。
今いる都市はナポリタと呼ばれているけれど、残念ながら名前に心当たりはなかった。
「獣人の村は王都から北に三日行った街から、さらに西に一日だったっけ」
「そうだな。山あいにある」
頭の中に地図を浮かべる。
これ、もしかしてドンピシャなんじゃないか。
「その辺りで一番高い山辺りに、もしかして遺跡っぽいのとかない?」
「それを知っているのは俺たちの中でもそれ程いないはずだが……どこで聞いた?」
リーガスが目を細める。心なしか声が硬くなった気がした。
「別に獣人の誰かから聞いたりはしてないよ。そこには、取りに行かないといけないものがあるの」
やったやった。
それは是非とも早く取りに行きたい。早く手に入れたい。早く欲しい。
自分の声がうわずっているのが分かる。
心の中でガッツポーズだ。
その遺跡もどきは、わたしが設置したものである。
遺跡もどきには、魔物の巣にならないよう魔物除けの結界を張って、あとは一通りの設備と保存食なんかを備えてある。
ついでに軽い封印をかけた宝物庫を作り、適当に金貨や銀貨、それっぽいお宝も放り込んだ。
ただしそれはダミーで、別のところに本当の入り口があり、奥にわたしの創った固有空間に繋がる魔法の鞄を隠してある。
「わたしが獣人の村に行ったとき、そこも案内してもらえる?」
「村長に確認しないとなんとも言えんな」
なるほど。村長が管理人ポジションなのか。
食料品とかおいてたからかな。それとも宝物庫を開けたのか。
「村長には伝えておくが、お前の言っている場所と俺達が思っている場所が同じなのか、一応確認したい」
「噴水があって、その上に黒猫の像があるよね。手足と耳と尻尾の先は白いの」
「!」
その像は、わたしが解錠の言葉をど忘れしたときのためのヒントになっている。
もちろん言葉も像も、場所毎にそれぞれ変えてある。
あるのが分かっていたら、無理してでも今から行くと言ったのに……ここで言葉を翻すのもよくないかな。
お楽しみは来年に持ち越しだ。
しかし自分の立てた計画ながらすごい杜撰だ。
あちこち設置しまくるわけにも行かないし、仕方ないけど。
回収できるのは、少なくとも大人になってからだと思っていたので、これは予想外のラッキーだ。