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68  新しい水着

 翌朝、宿の食堂で朝ごはんを食べて部屋に戻ったわたしは、床に並べた色の違うサリシアの花を鑑定してみていた。

 朝から食べすぎたチアは後ろでベッドに転がっている。牛になるぞ。


 鑑定結果は、同じサリシアの花だった。

 別の物に変わっているわけではないので、同じ物という扱いみたいだ。

 おいしくても腐ってても、玉ねぎは玉ねぎみたいなものなんだろう。


「チア、そろそろ動ける?」

「あーい」


 水着を引っ張り出して、昨日尻尾がキツかったことを思い出す。


「ねえ、おりん」

「なんですか」

「サリシアの花の値段はよくわからないけど、昨日かなり採ったし、海トカゲの報酬とで、もう赤字になることはないと思うんだけど」

「……そんなに水着作りたいんですか」


 バレバレだったようだ。


「いや、機能的にも欲しいんだよ。わたし、お手洗いで水着ずらしたりするの大変なんだから」


 ワンピースの水着は、もふもふ尻尾のあるわたしには着脱が大変なのだ。


 この世界の下着はドロワーズ系だけど、水着は普通に前世と変わらないワンピースの水着だ。この辺は動きやすさ優先らしい。

 ダーク系の色一辺倒なのもあって、仕事着や運動着の感覚なのかもしれない。


「……まあ、そういうことなら仕方ないですね」

「やった」


 さっそく水着を作る。

 上下に分かれたビキニ系で、無難にボーダー柄にしといた。

 尻尾穴の代わりに、尻尾の上側をボタンで止めれるようにしてある。

 これなら、ボタンを外せば水着をずり下ろせる。


「うん、小さいからそれほど魔力も使わないね」


 小さくても色々なコストがかかってくるから、買うと結構値段がするんだけどね。


「ロロちゃん、チアのも作って! チアも分かれてるのがいい!」

「はいはい」


 まあ、これは予想どおりの展開だ。 

 チア用に青と黄色の格子柄のビキニの水着を作る。

 そして、わたしたち二人が新しい水着にするのに、おりんだけそのままというのもなんなので。


「おりんも着ない?」

「……あまり変なのは作らないでくださいね」


 というわけで、結局三人分になるのだ。

 おりんが作るのを反対していたのは、こうなるのがわかっていたからかもしれない。


 おりんのも、わたしのと同じように尻尾の上をボタン式にしておく。

 おりんの猫尻尾は、尻尾穴でも通すのはそれほど大変じゃないみたいだけど、楽な方がいいだろう。

 こちらもビキニタイプで、色々と目立つ子なので胸をフリルで覆ったフレアビキニにしてみた。色は白地に花柄だ。


 よく考えたら、黒や紺色ベースの水着ばかりのこの世界では、少し攻めすぎたかな。

 みんな花の採集に忙しいのであまり気にされないとは思うけど。



 

「やっぱり尻尾穴通さなくていいのは楽でいいね」

「こんな感じでしょうか?」

「じゃーん!」


 三人とも着替えてみる。特に問題はないみたいだ。

 まあ蜘蛛神様の作品だもんね。


「うん、二人ともかわいい、かわいい!」

「……お尻のこれ何?」

「それは尻尾穴の上をボタン式に……」


 チアが、尻尾の上のボタンを外してわたしの水着を引っ張った。


「わー、こうなってるんだ」

「食い込むからやめて」


 あんまり引っ張られると痛い。


「ロロちゃんの尻尾が大きくてよく見えなかったから」

「おりんのと一緒だよ」


 魔術で三人まとめて映れるような大きな鏡を宙に出してあげると、チアとおりんが身体を傾けたりして、横からや、後ろ姿なんかを確認している。

 仕方なく付き合ってる風な態度のおりんだけど、鏡を見ている顔は緩んでいて、嬉しそうにしている。


 鏡の中のおりんと目が合ったので笑いかけると、ちょっと照れていた。


「ロロ様、ありがとうございます」

「ロロちゃん、ありがとー」


 仕組みが気になるのか、チアは浮かべた鏡の横から見たり、裏から見たりして遊んでいる。初めて鏡を見た犬みたいだな。

 その横で、鏡に向かって髪をみつ編みおさげにしておく。


「そういうのも似合ってますね。新鮮でいいと思いますよ。今度、他の髪型も試させてくださいね」

「ロロちゃんだけズルい。チアもくくってー」

「くくるくらいなら自分でやりなよ。じゃあ、せっかくだから編んであげようか」


 何がズルいのかはよくわからないけど、チアの髪を編み込みのポニーテールにまとめてあげる。


「うん、かわいい。チア、こんなんでどう?」


 浮かべた鏡に向かって、あっちを向いたりこっちを向いたりしながら嬉しそうにしている。

 落ち着きのない仕草は、ポニーテールというか、どちらかと言うとリスの尻尾みたいだ。


「ロロ様、編むの妙に早いですね」

「操糸でやったから。こんなことに使うとは思わなかったけど、髪をセットするには便利だね」


 指の間に挟んだままの魔石を見せる。

 操糸は魔力で作った糸を動かす技術だ。

 レストランでの食事の時に、おりんがエライア姫のにんじんを動かしていたやつである。


 指一本一本から出した魔力糸を髪に巻きつければ、魔力操作で自在に動かして編めるので、腕二本より余程早い。


「ついでだから、おりんのも編んであげる……うん、これで泳ぐのに邪魔にならないね」


 おりんは編み込みのお団子にしてあげた。

 チアは、わたしがおさげにしていた理由にようやく気がついたらしい。


「泳ぐためにまとめてたんだ」

「そうだよ。まあ、編んで欲しかったら、別にいつでもやってあげるけど」


 着替えたついでに髪で遊んでいると思ってたのかな。


「ありがとー、ロロちゃん大好き」

「はいはい、わたしもチアのこと大好き」




 浜に行くと、すでに海は大盛況だった。

 冒険者や出稼ぎの人たちは、残念ながらほとんどがもう見切りをつけて町を去ってしまっていたそうだ。

 代わりに、住人たちが買い取り値五倍効果で浜に集まっている。

 水着姿の魔術師長の息子のモールズもいた。


「おはよう。早いね」

「おう、ロロナ……だったか。お前は遅くないか」

「ロロでいいよ、みんなそう呼ぶから。疲れて寝坊したり、朝からちょっと食べすぎた子がいたりしたから。みんな体力あるよね」

「まあ、毎年のことだ。みんな慣れているからな」


 モールズは、ちらりとこちらを見てから視線を外した。

 他の人たちも、一瞬目を止める程度ですぐに採集に向かっていく。やはり、みんな買取値五倍の方が大事らしい。

 注目されすぎないので都合がいいな。


「昨日と違い、今日は変わった水着を着ているな」

「どう? かわいいでしょ」

「女の言うかわいいとかかわいくないとかは、俺はよくわからん……まあ、別に悪くないんじゃないか」

「はいはい、ありがと」


 そっぽをむいたまま返してきた言葉に、思わずくすりと笑ってしまう。


「モールズ兄様、もうちょっと気の利いたことを言えないんですの」


 今のおりんと同じくらい、十二、三才くらいの女の子が、横からあきれたような口調で言った。


「照れてるんでしょ。年頃の男の子らしいじゃん」

「勝手に決めるな!」


 吹き出すと、モールズはこちらを睨んできた。

 反応を見るに、図星だったのか、女の子を褒めたりするのは苦手なタイプなんだろう。


 おりんとか目を引く子もいるしね。

 しかし、おりんはもう少しゆっくり歩いた方がいいと思う。ちょっと歩くときに揺れすぎている。どこがとは言わないけど。


「それで、キミは?」

「こいつは、いとこのメイレーンだ。メイレーン、こっちのロロ……ロロナは父上の知り合いで、こんなナリだが冒険者だ。海トカゲの討伐に魔道具を提供してもらった」

「まあ、そうなんですね。ありがとうございます」


 メイレーンがペコリと頭を下げる。

 メイレーンたちにチアとおりんを紹介した。


「獣人さんなのですね」

「そうですよ、メイレーン様」

「メイレーンでいいですよ。その水着は王都で買ったんですか?」


 メイレーンがわたしたちの来ている明るい色の水着を興味深そうに見ている。

 メイレーンの着ている物ももちろん黒のワンピースタイプだ。

 

「メイレーン、水着の話はいい。それよりも誰に頼むんだ? さすがに俺一人でお前を背負っていくのは、何かあったときに危ないかもしれないからな」

「でも、みなさん殺気立っていますし……」


 二人が困った様子を見せた。


「メイちゃん、どうかしたの?」

「メイレーンは泳げないんだ」


 珍しい青いサリシアの花を生えているところを直接見てみたいとやってきたはいいが……というところだったらしい。

 浜で誰か領主屋敷の者にフォローを頼もうかと思っていたが、総出で必死になって採集にかかっているので声をかけにくかったようだ。


「水中呼吸の魔術も、まだ練習中でして……」

「あれ、メイレーンも魔力持ちなんだ。どこでつまずいてるの?」


 この子も魔術師なのか。

 もし使えれば、泳げなくても水中を歩いて行ける。


「水に入るのが怖くて、集中を保てないんです。頑張って集めていても、水に顔をつけると魔力が散ってしまって」


 メイレーンがぎゅっと握りこんだ拳を開いて見せた。

 モールズがため息をつく。


「水に慣れるしかないと思うんだがな」

「ねえロロちゃん、メイちゃんと三人で行ける?」

「そうだね。一回やってあげたら、次から自分でもやりやすいかもね」


 ここは魔術師長の姪っ子のために、一肌脱いであげることにしよう。


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