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65  海トカゲを倒せ

「魔術師長さんって、この国の魔術師の最高位ですよね。あんな海トカゲ一匹に何してるんですか……」

「ぐっ……」


 ついキツいことを言ってしまった。

 魔術師長さんが痛いところを突かれたようにうめく。


「おい、尻尾付き! さっきからお前何様のつもりだ!」


 後ろについていた貴族らしい格好の少年が食ってかかってきたのを、魔術師長さんが手で制した。


「やめなさい。彼女は……私の知己で、どちらかと言えば私は借りがある立場だ……すまんね、うちの息子が」


 息子だったのか。あまり似ていないから気付かなかった。

 当の息子は、わたしに借りがあるという言葉に驚いている。


「ちなみに、今日は精霊は?」

「他の用事を頼んでいまして、ここにはいません」


 声をひそませた魔術師長が、それを聞いて落胆した様子を見せた。

 確かにストラミネアがいれば、わけもなく倒してしまうだろう。


「そうか……私が得意なのは火属性と地属性なんだ。投てき系で狙ったり、下から地属性魔術で貫いてやろうとしたんだが失敗してしまってね……。それ以来かなり警戒されている。厄介なことに、こちらの魔術に対してはかなり反応がいい」


 狙撃が無理なら、回避や防御ができない広範囲を対象とする魔術でなんとかするしかないということになる。


「じゃあ、大規模な魔術か魔法になりますね」

「そうなるね。ただ、私がそれをやると漁場への被害がすごいことになってしまう。倒すだけなら問題ないんだが、それでは本末転倒だからね」

「ああ、そういうことでしたか……失礼しました」

「いや、打てる手が無いという意味では情けない限りだよ」


 周辺被害を考えなければ仕留めることは可能だとあっさり答えた魔術師長に、護衛の兵士や息子が得意そうな顔になる。

 一緒にいた商人や周囲で様子をうかがっていた住人たちの目に、尊敬の色が混じった。


 魔術師長はわたしに一歩近づくと声をひそめた。


「それでロロナ君、周りに被害を出さずにどうにかできるような魔道具とかあったりしないかね」


 魔術師長は、スタンピードの件についてはストラミネアに言われるがままにやっただけだと思っているのか、わたし自身には期待していないようだ。


 さて、どうしようかな。

 この場で仕留めるなら、どうやってもわたしが魔術でやっていることは隠しきれない。

 宮廷魔術師長が手をこまねいている魔物を子供があっさり倒してしまうってのもどうなんだろう。

 追い払うのはどうかな。


「驚かして、ここから追い払う感じとかでもいいですかね」

「もちろんだ。必要な経費と報酬は私が言い値で払おう」

 

 さすがは領主、太っ腹だ。

 魔術師長としての外聞もあるのかもしれない。


「一応言っとくが、この前の竜王はやめてくれよ」


 魔術師長が困ったように付け加えた。


 魔法は元々秘匿するのが一般的だが、バハムートは特に禁忌扱いということにしてしまったので、ここで使ったと知られるとあとでややこしいことになるのだろう。


「もうあの杖はありませんよ。あと、失敗したら怒らせるかもしれません。町の人には避難してもらった方が……」

「ああ、問題ない。その場合、私が守るからね」


 そういうことなら、魔術師長にお任せしてしまおう。

 むしろ人がいない時間を選ぶよりも安全かもしれない。


「では、すぐに準備しますね」


 ストレージから適当な杖を取り出す。


「これは?」

「海龍の力を喚ぶ杖です。不完全に発動させて、気配で威圧をかけます」


 本当はなんでもない、ただの少し豪華な杖だ。


「なるほど、海の魔物には海の龍か」

「はい。うまくいけばいいんですが……」


 魔術師長から少し離れて、海を向く。


 喚び出す術式は、前世の記憶と魔法侯時代の知識から最近作ったものだ。

 喚ぶのは視線と気配くらいなので、その辺りは修正をしながら描かないといけないな。


 術式を描いているのを見られるとまずいのは、この場では魔術師長くらいだろう。

 魔術師長の方をちらりと確認する。


 何も言ってないのに、それを見たおりんがそばにきて体を寄せてくれた。

 これなら二人で話しているように見えるだろうし、他の人からも見えにくい。


 チアはよくわかってないみたいで、反対側に腕を絡ませてくっ付いてきた。それ、逆にやりにくいんだけど。


「魔道具で追い払うってことにするのは、何か意味があるんですか? 普通に倒してしまえばよいのでは?」

「魔術師長がどうにもできない魔物を、子どもが倒しちゃ立場がないでしょ」


 おりんが納得顔になった。

 たまたま持っていた謎の魔道具なら、角が立たないだろう。

 スポンサーへのちょっとしたサービスだ。もしダメだったら普通に倒しちゃうけどね。


 魔石を手に、魔力を使って術式を描いた。

 手の中で巨大な魔石が砕け散る。


 気配と視線だけを喚んだはずなのに、巨大過ぎる瞳の一部がはっきりと見えた。


 神々しくも荒々しい気配が瞬時に場を支配して、そしてすぐに消失する。

 背筋を凍らせる重圧感がしばらく残った。


 だから、なんでみんな本体が来ようとすんの!


 海の方へ対象範囲をしぼっていたにも関わらず、漏れ出た気配のせいで、町の人たちは尻もちをついたりしている。


 魔術師長はそのままの姿勢で耐えてくれたようだ。

 これでひっくり返られるとカッコ悪いもんね。


 ほんの一瞬だったにも関わらず、海では大量の魚が気絶して浮かんできた。

 これなら、モルザ海トカゲも驚いてどこかに逃げていってくれるのを期待できる。


 場所を探るのをお願いしようとおりんを見ると、おりんの尻尾がボワッと膨れていた。

 ちょっと触ってみたい。


 おりんに探知を頼むよりも早く、巨体が海面から波をたてて現れる。


 モルザ海トカゲだ! 怒らせたか!?


 ところが、現れたモルザ海トカゲは腹を上にして、仰向けの体勢のまま浮かんでいる。

 よく見ると、目を回していた。


 ……あれ、お前もなの?


「……え? そんなに効くもんなの? あー、えっと……魔術師長、とりあえず倒してもらってもいいですか?」

「ん……たおす?」

「はい、海トカゲを……」


 ほうけていた魔術師長が、わたしの言葉でようやく現実に戻ってきた。


「あ、ああ……そうか、そうだな。ええと、岩石の巨大弓(ロック・バリスタ)!」


 巨大な石の矢がモルザ海トカゲの頭部を貫くと、しばらくして歓声が辺りを包んだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >なんでみんな本体が来ようとすんの にんきものだねぇ 自分の事をよく知るものの顔は見ておきたいのかな
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