64 出会い頭の攻防
昼前にサリスの町に到着した。
風に乗って潮の香りが流れてくる。この匂いも前世ぶりだな。
町にはかわいい感じの白い壁の家が立ち並んでいた。
しかし、道行く人の表情は暗く、町の雰囲気も重苦しい。
「この時期は、いつもなら冒険者や近くの村からの出稼ぎなんかで賑わってるんだがなあ」
商人さんがぼやいた。
やはり、サリシアの花が採れないのは本当のようだ。
普通なら、今は採集時期の終盤らしい。
助けた冒険者たちのように、ほとんどがあきらめて町を立ってしまったあとなのだろう。
町に入ると、まずは冒険者ギルドだ。
こちらも閑散としていて、まるで活気がなかった。
運んでもらったオークを買い取ってもらい、オークの駆除の常時依頼として貢献度もつけてもらう。
ギルドカードからわたしたちが王都の所属だと気付いた受付のお兄さんが、申し訳なさそうな顔をした。
「花真珠が目当てで来たのかな。遠くから来てもらったのに悪いが、今年は採れそうにないんだ。すまないね」
「案外、まだ何とかなるかもしれませんよ」
「ははは、そうなることを祈ってるよ」
そらっとぼけて能天気そうに言うと、ギルドの職員さんは力なく笑った。
運んでくれた商人さんたちと別れて、彼らに教えてもらったオススメの宿に向かう。
「はいよ、一泊かい?」
とりあえず三日分お願いすると、おばちゃんがため息混じりに言った。
「あんたたち、花が採れないの知らないのかい?」
「知ってますよ。でも、魔物がいなくなるかもしれませんし」
「それならいいんだけどねぇ……」
部屋に入って、ストレージにあるもので軽くお昼をすませてから着替えをしておく。
これからモルザ海トカゲを追い払うとして、それからを考えて下に水着を着ておいた。
さすがにパンツみたいにローライズの股上が浅いタイプにするわけにはいかないので、今回はワンピースの水着に尻尾穴を空けて、スカートのようにその上からかぶせるようにして穴を隠している。通すのもキツかったし、着た後もずっと締め付けられている感じだ。
今回の水着は、三人とも一言でいうとスクール水着のような感じのものだ。
あえて地味なのを選んだわけではなく、水着はワンピースの暗い系の色しかなかったのだ。
お店で聞いたところ、技術的な問題で薄い色の水着は透けてしまうようだ。ワンピースしかない理由についてはよくわからなかった。
肌触りもゴワゴワしていてイマイチなので、かわいいのを作ろうと魔石を取り出したら、赤字仕事になるような無駄づかいはやめてください、とおりんに止められてしまった。
宿を出て海の方へ行ってみる。
浜は閑散としていて、雑な魚らしき絵と共に魔物が出るから海に入るな、と書かれた看板が砂に突き刺さっていた。
海トカゲというよりはこれだとサメの絵みたいだな。
海の向こうには大きな島があり、そちらにも砂浜が見える。
ここは陸と島に挟まれた海の水路のような場所、内海になっているようだ。
強い日差しと遠くまで続く砂浜……魔物さえいなければ海水浴日和だな。
何人かの町の人たちが海の様子を見ていた。
海に出れなくて暇なせいもあるのか、魔物がいなくなってやしないかと見に来たのだろう。
祈るような気持ちなのか、もうあきらめ気味なのかまではわからないけど、遅くても今晩中にはいなくなる予定なのでもう少し我慢だけしてもらおう。
「まずは相手を確認してみようか」
浜まで下りてから、おりんに探知の魔術を使ってもらう。
探知魔術にも何種類かあり、今回使ったのは魔力波を放って、その動きで探るソナー的なものだ。
伝わり方で、魔物の持っている魔力の大小と位置がおおよそつかめる。
鈴のような、弦を弾いたような音が響いた……はずだ。
チアが音に反応したけれど、周りの町の人たちにも変化はない。
魔力がある者にしか聞こえないのだ。わたしも聞こえてない。
魔力を持つ存在である魔物側にも探知していることがわかるわけで、警戒されてしまう欠点もある。
「いました。あちらですね」
おりんが方向を指差して、おおよその距離を教えてくれた。
早速、遠見の魔術を使う。
「あー、いたいた。なかなか迫力あるね」
今回は、わたしたちの前に海中の様子を映しだした。
巨大な影が海の中を動いていく。
ちょっと、カメラ……じゃない。視点が近いな。ズームバック、ズームバック。
うん、映画みたいだ。
「へー、これが海トカゲなの?」
「そうだよ」
「あの、なんか泳いでる方って……」
おりんが言い終わる前に、海面を割って巨大な海トカゲが現れた。
はっきりとこちらを向いている。
探知魔術が癇に障ったのかもしれない。
周りで海の様子を見ていた人たちが慌てた声で逃げろ、隠れろと叫んでいる。
モルザ海トカゲの周りの水がゴボリ、と不自然に蠢いた。
「やる気みたいだね」
「目立ってしまうかもしれませんが、手間は省けますかね」
「海トカゲって食べれるの?」
多数の水球がわたしたち目がけて撃ち出されてきたのを、風の結界で迎え撃つ。
全ての水球が結界にさえぎられてしぶきに変わる。しぶきの一部がこちらに降り注いだ。
「わー、涼しいー」
チアが楽しそうに両手を広げている。
アトラクションかな。
わたしが撃ち出した風の刃が、空気を裂いてモルザ海トカゲに向かう。
モルザ海トカゲは、素早く海中へと潜ってしまった。
放った巨大な風の刃が、誰もいなくなった海面を派手にえぐって水を跳ね飛ばした。
逃げられてしまったようだ。
「見えていたんですかね」
「まさか。魔力感知か、独自の感覚器官でもあるんだろうね。投てき系の魔術で狙ったのはうかつだったかな……。まあ、あの程度で倒せる魔物ならとっくに討伐されてるか」
ちょっと舐めてたな。
思ったよりも攻撃も強力だったし、反応も早い。
それなりに面倒な相手のようだ。
先程の攻防で力を使い果たし、粉々になった魔石を投げ捨てた。この辺が面倒だ。魔術が使えるだけ、ありがたいんだけど。
周囲で伏せたり隠れたりしていた人たちが、海トカゲが去ったのを見て姿を現す。
「ああ、怖かった」
「やっぱりまだいたのか」
「今のは何だったんだ? 威嚇か?」
さっきは仕方なかったが、周りに人がいる状況でやるのは少し不安があるな。
「どうします?」
「万が一を考えたら、人のいない夜の方がいいかもしれないね」
ここで避難していてくださいとわたしが言っても、みんな相手にしてくれないだろうし。
「半日無駄になっちゃいますね」
「そうだねえ」
せっかく下に水着を着てきたのにな。
魔法による精密な探知からの、位置指定による不意打ちならいけるかもしれない。
ほぼ確実に倒せると思うけど、これでもし反撃されたらなあ……。
うーん、どうしよう……。
「おーい、全員無事か? 誰だ、今探知の魔術を使ったのは?」
オークを運んでくれた商人さんたちやその護衛、兵士数人を引き連れてどたどたとやってきたのは、なんと宮廷魔術師長だった。
「あれ、魔術師長さん」
分かりやすいように猫フードをとって耳を出し、ローブの襟から目立つ銀色の髪をずるずると引き出す。
「ロロナ君じゃないか……もしかして今のは君たちだったのか?」
「ええ。討伐に来たんですか? すいません。せっかく釣れたのに、逃がしちゃいました」
「いや、ケガが無いようでなによりだ」
「魔術師長さんが来たのなら、もう出番は無さそうですね。あとはお願いします」
そう言うと、魔術師長はバツの悪い顔をして、言いにくそうに答えた。
「できるのなら、もうやっているんだがね……」
「え? 領主に呼ばれてモルザ海トカゲの討伐に来られたんじゃないんですか?」
「いや……なんというか、ここらの領主は私で、その……どうにもできなくて困っていたところだったんだよ」
「え?」
その言葉に、わたしは思わず間の抜けた声を出してしまった。