62 冒険者を助ける
更に移動を続け、サリスの町の方へ道を進んでいく。
真夜中頃に目的地に到着した。
「多分、ここじゃないですか?」
「ここ……なのかな。堀が半分埋まりかけてるね」
ギルドで聞いていたとおりに、手入れのされていない野営用スペースがあった。
ここは旧野営地で、少し先に新しい野営地があるから、そちらへ行くようにとアドバイスをもらっていた。
でも、あえて今日はここで夜を越す予定だ。
深夜に野営地にふらふら現れる女の子三人とか、心配されるか説教されるかだろうからね。
結界を張って、組み立てていたテントを固定する。
「おやすみ~」
「ん、おやすみ」
言うが早いか、チアは寝息を立てている。
猫型ロボットの出てくる漫画の主人公みたいだな。
「夜の移動は時間の調節がちょっと面倒ですね」
「まあ、一晩くらいは我慢するよ」
宿の方が寝心地はいいだろうけど、サリスの町で朝にチェックインして寝てしまうと、活動開始が夕方にずれ込んでしまう。
ここで一眠りしてから、明日の昼までにサリスの町に入る予定だ。
翌朝、外が明るくなってしばらく経ってからのんびりと目を覚ます。
ストレージから出したサンドイッチで朝食を軽く済ませた。
チアは朝から追加でピザトーストを頬張っている。
……大丈夫かな。
昨日の夜とは違い、駆け足くらいのペースで移動していく。
「すぐ近くだったんだね」
道沿いにある、手入れのされている新しい野営地を通り過ぎた。
わざわざギルドの人が教えてくれたわけだ。確かにこれはまぎらわしい。
しばらくすると、前方に数台の馬車が見えてきた。
「馬車だー」
「さっきの野営地にいた人達でしょうね」
「うん、目的地は一緒かな」
護衛らしき冒険者の姿もある。
雰囲気がまちまちなので、一つの集団というよりは、同じ野営地を使った寄り合いグループのようだ。
積荷があるせいだろう。ゆったりと進んでいる。
馬車を操る一人の商人さんに話しかけた。
「こんにちは。サリスまでは、あとどれくらいですかね」
「やあ、こんにちは。俺たちが着くのが昼前くらいの予定だよ」
「帰りの積み荷は花真珠ですか?」
「おう、もちろんだ」
商人さんが歯を見せて笑う。
「おいしい?」
チアが興味津々な様子でたずねた。
「そうだな……ちょっと甘くてね。子供は大抵喜ぶよ」
そこで、商人さんは前を進む馬車を指差した。
「うちの馬車に三人は無理だが、空いてる馬車もあるぞ。乗れるように頼んでやろうか?」
「気持ちだけもらっときます」
顔をしかめてお尻を押さえると、商人さんがもう一度笑った。
道は王都周辺のように整備されているわけでもない。
かなり揺れるだろう。
「じゃあねー」
「おう、先に行くなら気をつけろよ」
あいさつをしながら横を通り過ぎ、馬車を追い越していく。
子供特典なのか、乗せてやれるぞ、と何人からか声をかけてもらった。
先頭にいる護衛の冒険者たちを追い越した。
一番前に出ると同時に、チアが珍しく緊迫感の含む声で叫んだ。
「ロロちゃん、あれ!」
チアが遠くのゴマ粒くらいの人間を指差す。
チアには悪いけど、見えない。
人が何かと戦ってる……のかな?
冒険者たちもチアの声に目を細めたり目の上に手を添えたりしているが、彼らにも見えていないようだ。
わたしはポケットに入れた魔石を握ると、遠見の魔術を発動させた。
うん、うまくいった。
転生して光や映像についての知識を得たおかげで作れた、最近構築したばかりの術だ。
地水火風の四元素と関係がないので、一般的な術ではない。使えるとしたら、一部の魔法使いくらいだろう。
出来立てほやほやだから、まだろくにテストもしていなかったんだよね。
人を超える体格を持つ猪顔の魔物、オークが男性の四人の冒険者たちにこん棒を振り回している。
こん棒といえど、馬鹿力のオークに殴られれば致命的だ。
「冒険者が四人いて、オークが……七……六体。戦ってるね。囲まれそうになってるし、旗色が悪そうかな」
わたしの言葉に、冒険者たちが色めき立った。
最初は七体かと思ったが、一体のオークはよく見たらすでに倒されているようだ。
「ビルさん!」
「おう、お前らは早く行ってやれ! おい、アニー! お前は後ろの連中に教えてこい!」
冒険者が指示を仰いで、雇い主らしい一番前の馬車にいた商人が迷いなく答える。
馬車の中から、連絡役を頼まれた見習いらしき女の子が慌てて飛び出してきた。
「おりんはチアをお願いね」
「はい、お気をつけて」
ストレージから魔石を取り出しながら、背中でおりんの返事を聞く。
「嬢ちゃん!?」
風精霊の靴を使って最大加速すると、商人さんの驚きを置き去りに一直線に戦ってる方を目指す。
冒険者たちの引き止める声と、追いかけてくる気配がした。
「おーい、手伝いいりますかー?」
下手に手を出して揉めるとまずいので、先に確認しておこう。
わたし相手では、助けてくれとは言い辛いかもしれないので、手伝いという言葉を使っておく。
子供の声だったので向こうは驚いたようだが、わたしの後方で叫んでいる冒険者たちに視線が走った。
「すまない! 頼む!!」
わたしというよりは、後ろの冒険者たちに向かって叫び返してきた。
とりあえず、彼らを巻き込まないのが第一だな。
戦闘の邪魔にならないオークに標的を定めると、すぐに魔術を発動させた。
三体のオークの足元をまとめて泥、というより泥水に変えてしまう。
これなら間違えて冒険者ごと落としても、ケガを負わせる心配も少ない。
泥飛沫をあげて落っこちたオークたちが、叫び声をあげて這い出そうともがいている。
おっと、そのままそのまま。
待っててよ。
魔石で術を使うのは、どうも自前の魔力だった頃よりスピードが出ないな。
次の魔術で泥を固めて動けなくする。
無事に、地面にオークの頭が三つ並んだ。
残りのオークのうちの二体が、泥に落ちた仲間に注意を引かれて動きを止めていた。
魔術師を相手に動きを止めるなんていい的だ。
こちらも直接殺傷する魔術は避けることにする。
二体の足元の地面をまとめてスライドさせた。
絨毯の上に乗った状態で、思い切り絨毯を引っ張った感じだ。
たまらずひっくり返って、オークたちは頭を地面に打ち付ける。
「仕留めて!」
空を見上げるオークたちに、冒険者の剣が振り下ろされた。
遠見を含めての魔術四連発で、手に持っていた魔石が砕け散った。
まあ、これだけ助勢すればもう大丈夫だろう。
最後の一体が冒険者たちの近くは危険だと判断したのか、距離を取った。
もしかして逃げるつもりかな。
あ……いや、違う。
こっちだ! わたしの方に向かってきた!
戦っていた冒険者の一人が、慌ててその背を追う。
「ちょっ、待って待って!」
巨体を揺らしながら走るオークは、鈍重そうな見た目に反して意外な速さで近づいてくる。
なんとか、次の魔石を取り出した。
逃げるかちょっと迷ってしまった。
オークが叫び声をあげて、こちらに突進しながらこん棒を振り上げる。
そのオークの膝裏に、後方から矢が突き立った。
ほとんど同時に、棍棒を振り上げた腕ごと私の放った風の刃が首を刈り取った。
「おつかれさま。けが人はいない?」
冒険者同士なので、緩い口調で話しかけた。
「ああ、おかげさまでね。ありがとう、猫の魔術師さん」
四人とも、まだ若い冒険者みたいだ。
猫呼びは、おりんの作った猫フードのせいだろう。
わたしは犬のはずなんだけど。
ややこしいな。
「おう、助かったぜ」
「まだ小さいのにすごいな、猫の嬢ちゃん」
まあ、それほどでもありますけどね。
「どうも。膝を狙うなんていい腕してますね」
褒めると、矢を放った冒険者が肩をすくめた。
「いや、脚は狙ったけど、膝に当たったのは偶然だよ。いらない援護だったみたいだけどね」
「いえいえ」
「それで、これはどうするんだ?」
三つ並んだ、地面に埋まっているオークの頭を冒険者が指差している。
「……なんでそのままにしてるの?」
生け捕りにするとでも思ったのか? そんなわけないでしょ。
剣が振り下ろされ、オークたちは静かになった。
今度こそオークがすべて片付いて、ようやく後方から護衛の冒険者たちが追いついてきた。
「おいおい、先走るんじゃねえ。危ねえだろうが」
理不尽な説教がわたしをおそう。
護衛の冒険者が開口一番、文句をつけてきた。
「いや、見てたでしょ。余裕だったじゃん」
「確かに詠唱の早さはたいしたもんだ、成りたて術師。だが、最後のオークを仕留めた術。あれを外してたら、どうなってたか考えてみろ」
「どうもならないよ。次の魔術も間に合うし、あんな大振りの攻撃に当たるほど間抜けでもないし、走って逃げてもわたしの方が速いし」
成りたてどころか、こちとら魔術師一筋三百年だぞ。
まあ、十才くらいだから成りたてと思われてるんだろう。
あの程度の術なら、もう一度術式を描いて打ちこむのはわけない。
どちらかというと、もし魔石が砕けたりしたら、次のを取り出すのに手間取った場合は危なかったかもしれない。
とはいえ、それでも逃げればいいだけの話だ。
「なかなか言うじゃねえか、猫頭」
なぜか護衛の冒険者は嬉しそうだ。
「猫頭じゃなくて、ロロだよ。ああ、オークが欲しかったの? あんまり食べたくないからあげようか?」
「違えよ!」
「女の子の前でいいところでも見せたかった?」
「それもあるが……それは別にいい!」
「あるんだ……」
冗談に対して素の返事が返ってきた。
そこは違うと言い切るところだろ。正直者か。
「普通に考えて、俺たちと一緒に行った方が安全だったろ」
「それで、こっちに万が一があったらどうすんの」
四人の冒険者たちを指差す。
「冒険者なんだから、俺らもこいつらも自己責任だ。それに、すぐにやられそうには見えなかった。とにかく、気概は買うが魔物相手に体を張るのは俺らの仕事だ」
「……わたしも冒険者なんだけど」
「え? 近所の村からの出稼ぎじゃねえのか?」
護衛の冒険者が急に勢いをなくした。
出稼ぎが突っ走ったと思っていたのなら、今までの反応は理解できる。
けど、なんで出稼ぎが戦い始めたと思ったんだ、この人。
「いや、気付きましょうよリーダー。出稼ぎが魔法使えるなんて、おかしいじゃないスか」
リーダーと呼ばれた冒険者に、仲間からもツッコミが入った。
「うるせえな。こいつがチビなのが悪いんだよ。肉ばっか食ってるからだぞ。もっとバランスよくだな……てか、嘘じゃねえだろうな」
別に獣人だからって肉ばっか食べてないけど。なんで食生活の指導をされているんだろうか。
「本当に冒険者だよ。さっきの手際のよさ見れば分かるでしょ」
「じゃあ、最近どんな依頼やったか言ってみろ」
「迷子の猫探し」
「威張って言うな」
胸を張ったわたしに、護衛のリーダーからツッコミが入った。
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