61 夜の旅立ち
「はい、蜘蛛神の魔法陣。これに沿って魔力を流してみて」
ほとんど完成させていたところにおりんが最後の魔力を流し込んだ。
実際に対面したおりんは蜘蛛神について、文献や伝承で知識を得る以上に雰囲気なんかを肌で感じている。
無事に力を喚び出せたらしい。
「どうですか」
得意そうな顔をしたおりんが完成したフード付きの外套を差し出す。
「ねこさんフード?」
「えっと、かわいいね」
出来上がったのは、ケモ耳のあるフードだ。デフォルメされた猫の顔がついている。
猫探しの依頼の時にフードが釘に引っかかって派手にほつれてしまっていた。
ついでなので、わたしの耳に合うようにケモミミデザインに作り直そうとしていたところ、おりんがやってみたいと言い出したのだ。
「一応聞くけど、なんで猫なの? わたし、犬獣人なんだけど……」
「だって、かわいいじゃないですか」
あっ、はい。
もしかするとペアルックというか、姉妹コーデみたいなことがしたかったのかな。おりんは天然猫耳だし。
確認すると、帽子の猫耳部分と、わたしの犬耳部分はきちんと重なるようになっている。
この辺は、さすがの蜘蛛神様だ。
さて、準備は出来た。今晩から遠征だ。
◇ ◇ ◇
今日はアリアンナ姫の部屋を訪ねている。
出発前にと、本を返して感想大会を終え、また新しい本を借りたところだ。
安物の紙でいいなら、今度わたしも暇な時にでも書いて渡そうかな。前世の本の内容なら記憶の再構成のおかげでそのまんま書き写せる。
「サリスの町まで?」
「うん、花真珠の採集に……と言っても見物半分だけど」
ノックの音がして、メイドさんが現れた。
「陛下がお客人に御用があるとのことです」
アリアンナ姫と首をかしげ合う。
「じゃあ、また戻ってきますね」
よく分からないけど、メイドさんについて行く。
国王と宰相が待っていた。
「おう、来たか。約束の本だぞ」
「そちらはあとだ。先に必要な話をさせてもらう」
国王が本を持って見せてきたが、宰相がさえぎった。
「ダンジョンの調査が終わったので、お前にも結果を教えておこうと思ってな」
「ああ、炭焼小屋の」
「元々のダンジョンコアに加えて、新しくつながったダンジョンのコアも確認された。新しいエリアとなる部分ではワイバーンを始めとして危険度の高い魔物が多少は確認されたが、その程度だ。ボスモンスターはグリフォンだったそうだ」
わたしは地図がある状態で無人のエリアを突っ切っただけだったけど、結構な深さのダンジョンだった。
もう踏破したのか。
「そういうことだ。話は終わったからもう帰っていいぞ」
「いや、わしの方がまだなんじゃが」
国王が手に持っている本を振った。
「アリアのところにまた戻るのか?」
「軽食を一緒に食べようって。話をしたら食べてみたいって言ったから……私の用意したものですけど」
国王の目が光った。
「ほう、街の味じゃな……わしも食べたい」
父親が女子会に参加しようとするな、と思ったが黙っておく。
「量は十分あるけど、わたしが用意したものですってば。……それでいいなら宰相様も食べてみます?」
これで一人だけ放っとくのもと思い、一応声をかけておく。
「ふむ。たしかに、最近あまり街の方では食べておらんな。どんなものがあるのか多少興味はある」
こちらは国王と違って、視点がまるで市場調査だ。
宰相がすぐに人を呼ぶと、アリアンナ姫を呼びに行かせる。
「いや、だから私が用意したってのは、わたしが作ったって意味なんですけど……」
ようやく言葉の意味を理解した二人が、こちらを見て一瞬きょとんとする。
「お前、料理できるのか!?」
「なに!? トカゲやヘビはごめんだぞ! あと道端のキノコとかもだ」
「食べないよ!!」
姫様にそんな物出すわけないだろ。
サバイバル食を普段から食べるような食生活はおくっていない。
テーブルの上に並べたのは、最近作った物をストックしていたもので、ピザ、カレーパン、エッグベネディクト、それと肉まんだ。
それぞれを四分割して取り分ける。
「口に合わないものもあると思うから、無理しなくていいからね」
ちなみに肉まんは味も変だし、ふわふわした食感が気持ち悪いと、おりんとチアにダブルで拒否された。ケーキは許されたのにね。
「よくわからん物もあるな」
「この国で初めて食べられる料理もあるかもね。オメデトー」
適当なわたしの言葉に、国王は目を輝かせて、アリアンナ姫はそうなんですね、とうなずいた。宰相は顔が曇った。
「これは、アルフィガロのソースにチーズを合わせたのか。悪くないな」
ピザはこちらにもある食材の組み合わせだ。普通に問題なく三人とも食べている。
カレーパンもアリアンナ姫は少し辛そうにしたが、普通に平らげた。国王は結構スパイシーに仕上げたカレーパンを気に入ったようで、追加要求してパクパク食べている。
アリアンナ姫はエッグベネディクトの方が気に入ったようだ。
そして、やはり肉まんは国王とアリアンナ姫は駄目だった。
意外にも、平気な顔をして食べ切ったのは宰相だ。
「ふむ。なかなか、腹にたまって悪くない」
「宰相様、食事の守備範囲広いね」
ここらでは全くなじみがない食べ物なので、無理だろうなと思いながら出したんだけど。
「冒険者時代の賜物だな」
「そやつ、ちょっと味音痴じゃからな」
国王が横から茶々を入れる。
「お前こそ、全員が音を上げた香辛料煮込みを苦もなく平らげた馬鹿舌ではないか」
内容的に、こちらも冒険者時代の話だろう。
おっさんのじゃれ合いを横目に、紅茶とホワイトチョコレートのかけら、ガトー・ショコラを取り出して並べる。
「はい、甘いもの。アリアンナ姫はこれが本命だけど」
「そうなのか?」
「元々、これが食べてみたいって話だったんだよ」
紅茶で口の中をリセットした国王とアリアンナ姫が早速フォークを入れた。
「初めて食べたが、うまいな」
「おいしいです!」
さっきは平気で肉まんを食べていたのに、今度は黒い見た目に気後れしたのか、宰相はおそるおそるフォークを入れている。
「この匂いは何だ?」
「お酒の匂いだよ」
「ふむ……なるほど。いけるな」
一口食べたあとは、宰相も普通に食べ始めた。
先に食べ終わってを紅茶で一服した国王が口を開いた。
「今のケーキ、レシピはあるのか?」
「もらえるならこちらも欲しいが」
「卵のせトーストも」
横から宰相とアリアンナ姫が口を挟む。
「今度来るときに書いといてあげるけど、貸し一つね。あと、コレ王妃様とエライア様にも」
ガトー・ショコラとホワイトチョコレートをおまけで出しておいてあげた。
「お酒入ってるから、エライア様にこのケーキは駄目だからね」
帰ってみると、おりんとチアはすでに作り置きしておいたサンドイッチを食べて昼寝していたので、私も一緒に横になった。
日が傾き始めた頃に、準備を整えて西門から外に出る。
暗くなって歩いている人がいなくなってから、精霊の靴を使って本格的に移動を開始した。
いくつか町にもぶつかるが、入らずに横を通り過ぎていく。
月もない夜は、もう星の光だけだ。
一度速度を緩めた。
「チアもう暗いけど、怖くない? 大丈夫?」
わたしとおりんは獣人なので夜目が利くけど、普通の人間にはきついかもしれない。
「うん。慣れちゃったから、ちゃんと見えてるよ」
そういえば、チアは普通の人間じゃなかった。
内在魔力を駆使して環境に適応化する、無能術師だった。
「……夜闇もいけるんだねぇ。ちなみに、向こうに生えている木は何本か見える?」
「葉っぱが針みたいなのが三本と、その向こうに二本。それとも、向こうにある根本にキノコが生えてる木のこと?」
「……私たちより見えてるんじゃ……」
簡単なテストをしてみたら、予想の三段上くらいの答えが帰ってきた。
どんな視力してるんだ、この子。鷹か何かかな。
「えっと……じゃあ、手をつないだりする必要はなさそうだね。先を急ごうか」
「つないで行こー」
「はいはい」
かなりの速度で移動しているので、見えているのなら手をつないだ方が逆に危ない気もするけど。
秘密の夜のお出かけ気分。
横を走っているチアと顔を見合わせて笑い合う。
目の前に現れた急な坂を上りきった勢いそのままに夜空へと飛び出した。
チアが歓声をあげる。
ひっくり返った視界の中、足の下で星が瞬いていた。