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60  チランジアは褒めて伸ばすタイプ

 チアが落とした銅貨は、いかにも冒険者、といった禿頭(とくとう)のガタイのいい男の人が拾って渡してくれていた。


「銅貨の依頼か。いい仕事をしたな」


 笑っているつもりらしいが、迫力のある顔のせいで一見凄んでいる様に見える。

 禿頭の冒険者が、紐で繋がった五、六枚の銅貨をチアに見せた。


「たまに引き受けるんだ。いいだろ、俺のお守りだ」

「わー、すごーい」


 チアが素直に感嘆の声を上げる。

 見掛けは怖いが人のいい冒険者と、小さな女の子冒険者の心温まる風景だったが、チアの次の一言でなんとなく空気が変わった。


「すごいねー。お兄ちゃん、カッコいいね!」

「おいおい……よしてくれ」


 そう言う禿頭の男は、どうも本気で照れているようだ。

 お世辞にもイケメンとは言い難い。カッコいいなんてあまり言われたことはないのかもしれない。


 見ていた一人の冒険者が、懐から紐に通した十枚程の銅貨を取り出すと、チアの前でこれみよがしに髪をかき上げた。


「奇遇だな、俺も結構やるんだ」


 顔には褒めて欲しいと書いてある。


「わっ、すごい。大変だったでしょ。お兄ちゃんいっぱい頑張ったんだね」


 チアが銅貨を持つその手を両手で包んだ。

 どうでもいいけど、チアの褒め方は完全に孤児院で年少の子たちを褒める時のそれだ。

 喜んでるみたいだから、別にいいけど。


「やってよかった……」


 冒険者がこっそり小声でつぶやいた。


「ふん、そんなもんが何の足しになるってんだ」


 近くにいた無精髭の冒険者が見下したように笑う。

 チアがむっとした顔で膨れていると、彼は数十枚の連なった銅貨を取り出した。


「やるなら、これくらいはやらねえとな」


 おおーっと周囲の冒険者からも声があがる。

 たしかにすごい枚数だ。これだけの数、ボランティア的な依頼をこなしたのなら十分誇っていいと思う。


「さすがにそれはやりすぎじゃねえか……?」

「好きでやってんだよ。放っとけ!」


 最初の禿頭の冒険者のあきれたような声に、無精髭の顔が少し赤くなった。


「どうだ、たいしたもんだろ?」

「おじさん、すごいっ!」


 無精髭の首がカクンと下を向いた。

 ヒゲを剃ったらまだ割と若いと思うんだけど、チアから見たらヒゲのおじさんだったらしい。

 おじさん扱いされた無精髭は、周りの冒険者に慰められている。


「俺もあるぜ! ……まあ、一枚だけだけどな」

「チアたちも一枚だよー。お揃いだねっ」


 アイドル顔負けに思えるセリフだけど、あれも以前小さい子が失敗した時に似たようなことを言っていた。

 手が届くなら頭を撫でてそうな雰囲気のチアは、代わりににこにこしながら手を叩いている。


 チアからは完全に大きな子供扱いされている気がするけど、冒険者は喜んでいるようだ。

 ただ、さっきからチアに自慢する冒険者たちを見る受付嬢の視線がとてつもなく冷たい気が……。


 更に横合いからも声があがる。


「お兄ちゃん、優しいんだね」


 褒められた冒険者がだらしない顔をして鼻をかいた。


 依頼を達成したとき、その場でも感謝の言葉は受け取っているだろ……。


 まあ、感謝をされることはあっても、褒められることはあまりないのかもしれない。

 裏も表もまだないような女の子が、お兄ちゃん、お兄ちゃんと呼びながら褒めてくれるのだ。

 そりゃ嬉しいだろうけどね。わたしなら嬉しい。


「冒険者ってよくわかってなかったけど、チア、なるならお兄ちゃんたちみたいな冒険者になりたいな」


 チアがニコニコしながら言うと、早速それを聞いた一部の冒険者たちが、銅貨の依頼を掲示している辺りに移動していくのが見えた。


「さて、ちょっと依頼でも受けてくるか」


 わざとらしくつぶやきながら銅貨の依頼に手を伸ばした冒険者の手を、別の手がつかんだ。


「いやいや、これは俺がちょうどやろうとしていたんだ。お前は向こうにある普通の依頼を受けてきたらどうだ」

「まあまあ二人とも。ここは俺に任せとけ」


 更に別の手が依頼の紙にのびる。

 一瞬のうちに、いくつか残っていた銅貨の依頼は全て消えてしまった。


 おりんが唖然としている。


「あれ、わざとじゃないですよね……?」

「もちろん」


 お子様のチアには、そういう発想はまだない。


 わたしは銅貨の依頼が消えていくのを見ながら、床の穴どうしようかな、と考えていた。




「何を騒いでるんだ、お前ら」


 奥から見覚えのある筋肉が現れた。

 あ、ギルマスだ。

 ちょうどいいや。


「ロロナ、お前か。何やってんだ」

「床壊しちゃったから、代わりに修理賃払っといてよ」

「お前な……ギルドで暴れるなよ」

「貸しはまだあるでしょ。よろしくね」

「……わかった、わかった。ここはもうやっといてやるから」


 押し付けられたギルマスが、ため息をつきながら追い払うように手を振る。

 全く面倒な……と、ぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。


「感謝の足りない人がいるみたいだねえ」


 ボソッとつぶやくと、ギルマスの顔が引きつった。

 スタンピードを止めたのは誰だったと思ってるのかな。


「まあまあ。色々と後始末にも奔走してもらったんですから」


 おりんがギルドの外に向かって背中を押してくる。

 ギルマスの反応がおもしろかったので、にやっと口の端を吊り上げて笑ってみせると、ギルマスの顔が更に引きつった。


「スタンピードを鎮圧したお礼を、ないことないこと叫んじゃおっかな」

「やめてください……はい、帰りますよ。ハウス、ハウス」


 おりんに押し出されて冒険者ギルドをあとにする。

 完全に姿が見えなくなるまで、ギルマスはこちらに不安と警戒の混じった視線を送り続けていた。


次回からまた別のクエストとなる予定です。


お読みくださった方、ブックマーク、ご評価いただいた方にこの場を借りてお礼申し上げます。

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