6 ゴブリンの魔石を拾え
「やっぱり、しばらくすると魔力の感覚がつかめなくなるわね……動いてる間の感覚は前よりわかるようになってる気がするんだけど……」
「まあ、予習くらいのつもりでやっときなよ」
魔力知覚がまだできないルーンベルの愚痴を、軽く流す。
今使っている魔石は小さい方の牙ウサギの物で、魔力を流せる回数はそんなに多くなさそうだと伝えたので、ちょっとあせっているのかもしれない。
ルーンベルは、元々孤児院の先輩であるミラドールにこの訓練をしてもらうつもりだったので、できなくなっても本来の予定に戻るだけだ。
そんなに訓練を進めたいと思ってるのなら、ウサギやシカの皮の売り上げで魔石を買う案に乗っかればいいのに、そこは頑なに拒否されている。
「おーい、二人ともそろそろ行こうぜ」
今日も採集だ。
なかなか出てこないわたしたちを、グラクティブが呼びにきた。
それから数日後の夜、完全に魔石が限界をむかえた。
魔力を流すのに、出力が安定しなくなった。変に一気に流れたりすると、魔石が耐え切れずに割れてしまうだろう。
「うん、もう無理だね」
「残念。できるようになっときたかったなぁ…」
次の魔石はもうない。
孤児院の先輩であるミラドールに手伝ってもらえるようになるのは、まだまだ先だろう。
ルーンベルの訓練はいったん終了になる。
これについては予想の範囲内だ。
訓練期間を考えると、もしできるようになっていたらかなり優秀な部類である。
ルーンベルの卒業までに、入手のチャンスがあればいいんだけど……
「明日はそろそろ川で魚が狙えるかもしれないから、見に行こうってさー。さっかなー」
肉を愛するチランジアは、魚も平等に愛しているらしい。
「ほらベル、明日に備えて寝よう、寝よう」
「うー」
残念ながら、魚は不発だった。まだ少し早かったようだ。
ただ、今はそれとは別の話だ。
「何だ、このにおい……」
「……何か腐ってるよな。やばそうだけど、どうする?」
「ロロ、何か分かるか?」
「臭いがひどすぎて、もう感覚がない。生き物の気配や音はないと思う」
腐臭がひどい。
ルーンベルと同じ十才の、一番臆病なコナーズが町の方を指差して言う。
「ねぇ、もう戻らない? 門番さんに報告しとけばいいんじゃないかな」
「さすがにこれだけじゃ調べてくれないんじゃない」
「人間の可能性もあるし、一応確認はしておきたいな」
というわけで、調査続行である。
そして、川に浮かんでいるそれを発見した。
「うわ、うわっ……」
意味にならない変な声をあげるコナーズ。
ルーンベルは即座に回れ右して視界におさめないことにしたようだ。
ゴブリンの死体だった。
死んでからそれなりに時間が経っているのだろう。
目玉もすでになくなり、体は腐り落ちたか鳥にでも突かれたか……要は、かなり損傷していた。
今は岩に引っかかっている状態だ。
「なんで死んだんだろ」
「うーん、水を飲もうとして滝から落ちたとか、オオカミにやられたとか?」
みんなは顔をひきつらせたり、興味が勝っているものもいたりとそれぞれの反応を見せている。
わたしは平常モードである。転生前で死体の類には慣れている。まあ、見ていて気持ち良いものではないけれど。
臭いは嫌だったが、もう麻痺しているのでそちらも気にならない。
「一応、門番さんに報告しておけばいいかな」
「そうだね、このまま帰ろう。すぐ帰ろう」
コナーズは今にも走り出しそうだ。
「待って」
「ど、どうして?」
そこに、チランジアがストップをかけた。
「あのゴブリン、魔石がある」
角度を変えたりしながら、少しだけ近づいて目をこらす。
損傷した体の間からわずかに魔石が顔をのぞかせていた。
……よく見えたな、この子。
「あるね。まだ残ってる」
「いやでも、さすがに……」
「魔石を手に入れるチャンスなんて、もうないかもしれないよー」
たしかにチランジアのいうことは正しい。
わたし一人なら森の奥で魔物を狩ってくることも可能かもしれないが、リスクを考えると許してもらえないだろう。
今なら、腐った死体の気味悪さと臭いにさえ我慢すれば、ほぼノーリスクで魔石を手に入れることができる。
「……やるわ」
全員の視線がルーンベルに集まった。
まあ、そうなるよね。
「……分かった。やるぞ、みんな」
ルーンベルが一人でもやりそうなので、諦めたグラクティブが全員でやる方向に持っていった。
「実際、あれは引き上げといた方がいいだろ。病気が出そうだし……ある意味、毒流してるようなもんだしな」
グラクティブが川から回収する理由を増やそうとしているのを横目に、切り替えのいいチランジアとガスパルの八才組の二人はどう引き上げるかすでに相談を始めている。
「川で体を洗えるんだから、つかんで引き上げれば?」
「腐っててやばいんだろ。目とかに、なんかこう飛んだらやべぇじゃん」
というか、思い切りが良すぎるチランジアをガスパルが止めていた。
あと、それをやると臭いでひどい目にあうことになると思うのでやめておこうね。
ちなみに怖がり屋のコナーズは遠くに一人避難していて、今は吐くのをこらえるのに必死だ。
初めて見る腐乱死体だ。臭いもひどいし、これはこれで普通の反応だろう。
ルーンベルがわたしを見る。
「ロロ、牙ウサギの魔石を使って、なんとか岩の上にあげれない?」
「多分できるけど、魔術で洗浄をかけられなくなるから、魔石は自分で洗わないといけなくなるよ」
先程まで背中を向けていたルーンベルは、今はゴブリンの死体を睨んでいる。
「……うん、いいわ。やって。グラクティブたちは一応周りを警戒しててもらえる?」
「分かった」
「いいぜ」
引き受けた十一才組の二人が、見通しのいい場所に移動した。
「やるよ」
今回使うのは水の魔術だ。
わたしが魔術を発動すると、水が盛り上がりゴブリンの死体を岩の上に押し上げた。同時に手の中で魔石が砕け散る。
危ない。ぎりぎりだった。
「じゃあ、魔石取り出して洗ってくるね」
「ううん。ここからは私がやるわ。私のための物だから、甘えっぱなしってわけにはいかないし」
ルーンベルの強張った顔は、やや青白い。
魔石は壊れたから、もう洗浄の魔術は使えなくなった。
残りの作業は最初から自分でやるつもりだったのだろう。
「待った。俺がやる」
横からガスパルが名乗りを上げた。
「こういうのは向き不向きだろ。途中で気持ち悪くなってぶっ倒れたらやべぇからな」
「え、でも……」
「任せとけ。魔術が使えるようになったらうまい肉を頼むぜ」
ガスパルはルーンベルの肩を叩くと、適当な木の棒を拾って、迷いなくずんずん近づいていく。
小さいながらも頼もしい背中は、さすが、年少組をまとめるガキ大将だ。
「これか」
魔石を見つけると、棒で少しずつ動かして取り出していく。時折、あーくせえ、などという呟きが聞こえてくる。
最後は二本の枝で挟んで取り出した。
「とりあえず、川につけるか」
まだ魔石にはぬらぬらとした液体やらが絡みついていて、わたしはもう麻痺して感じないけれど、異臭を放っているのだろう。
「ありがとう。でも、そのまま川につけたら流されちゃいそうだし……後はわたしがやるわ」
ルーンベルは、ガスパルの持つ枝の先に挟まっている魔石を躊躇しながらもつかみ取った。
「お、おい!?」
魔石を手の上に乗せてゴブリンの死体のあるところよりも上流に歩いていき、それを川で洗い始める。
しばらくして、ルーンベルが自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「ロロ、私、絶対魔術師になるから」
たくましいなあ。
そしてゴブリンの魔石がスクラップになる頃、無事にルーンベルの魔力知覚訓練は無事に終わったのだった。