58 にゃんこを探せ!
ミラドールたちがいなくなって、改めて依頼票を見やる。
「こっちはなんだろ……あ、ロロちゃん、ちょっと来て」
チアに手招きされて、おりんと一緒にチアが指差す依頼票に目を向けた。
その内容に、頬が緩んだ。
「うん、チアらしくていいね。最初の記念になりそうでいいんじゃない」
「銅貨の依頼ですか。内容的には私たち向きですね」
おりんも賛成する。
「どうかのいらい?」
チアが見ていた辺りには、人によっては奉仕依頼などと呼ぶ依頼票が数枚貼り付けられていた。
貢献度としては評価されるが、金銭的には銅貨一枚しかもらえない。お金のない者が藁にもすがる思いで依頼する、ボランティア的な物だ。
チアに説明すると、ちょっと困ったような顔をした。
ほぼ無報酬というのが引っかかったようだ。
「いいの?」
「いいともー。お金なんて稼ぎたい時に稼げばいいんだよ。やりたいことをやる方が楽しいよ」
どうせ成り立てのわたしたちが受けれる依頼なんて、どれもたいした稼ぎにはならない。
お金には困っていないし、むしろランクを上げるために貢献度が欲しい状態なので問題ない。
依頼票を取って、受付に声をかける。
「三人の合同受注でお願いします」
「はいはい。あら、頑張ってね」
「ん? ああ……なるほどな」
三人分のギルドカードと共に依頼票を渡すと、記録をとりながら受付のお姉さんが顔をほころばせる。
横の受付で暇そうにしていたおっちゃんは、のぞきこんだあと、ファイルをめくって詳しい依頼内容を引っ張り出してきた。
「ええと、いなくなった猫の捜索……っと、これか。南の11番通り……南東の方だな、わかるか? 依頼人は……アルベール、八才の男の子だ。正直、意外に難しい仕事だぞ。うまくいかんでも落ち込むなよ」
「大丈夫。得意分野だよ」
少し真剣な顔をして私たち三人を見回したおっちゃんに、自分の鼻を指先で叩いてみせる。
捜索依頼と、わたしが犬の獣人で鼻がいいことがおっちゃんの頭の中で繋がったらしい。
「そうか、なるほどな……よし、じゃあ頑張ってこい」
おっちゃんは、まるで少年クラブチームのコーチみたいな雰囲気でわたしたちを送り出してくれた。
そして、後ろからお姉さんが預けていたカードを持って慌てて追いかけてきた。
「待って待って、ギルドカードがまだよ」
「こんにちは、冒険者ギルドの依頼で来ました」
大通りから二つ奥の通りに入った所にある、少し歪な家を訪ねると、話に聞いていた男の子と、妹と思われる半泣きの女の子が出てきた。
近くの大通りでは何か工事でもしているらしく、威勢のいい声と石を叩くような音が響いている。
「お姉ちゃんたちが探してくれるの?」
「そうだよ。まずは詳しい話を教えてもらってもいいかな?」
フードを外したわたしとおりんが獣人なのに気が付くと、女の子は目を輝かした。
「お姉ちゃんたち、じゅーじんだ!」
「そうだよ、鼻が効くから探しものは得意だよ」
猫の名前や外見を聞き、それから匂いのわかるものをお願いすると、寝床に使っていたというぼろ服を持ってきてくれた。
「じゃあ、今日で六日目なんだ」
「あいつ、ほとんど鳴かないんだ。だから見つけられなくて……」
もう六日間帰ってきてないらしい。
もし飲まず食わずだったら、急いで見つけてやらないと命に関わってくる日数だ。
「よく行くところとかも教えてもらえる?」
「わかった。俺が案内するよ。ティアナ、きっとすぐ見つかるぞ。兄ちゃんも一緒に探しに行くから、家でちゃんと待ってろよ」
「鼻は効かないけど、私もお兄ちゃんと一緒に頑張るからね」
チアがティアナと呼ばれた女の子をよしよし、と撫でている。
猫のたまり場や、お気に入りの昼寝場所、よく歩いている辺りをアルベールに案内してもらいながら回っていく。
わたしとおりんは匂いをさぐる。チアもあちこち隙間をのぞいたり、ひっくり返してみたりと頑張っている。
残り香らしきものはあったけど、新しい匂いはない。しばらく雨は降ってないので、この辺りにはいないのかもしれない。
探す範囲を広げながら歩いて行くが、わたしの鼻にもおりんの鼻にも反応がない。
かなりの範囲になってきたけれど、まだまだ手がかりは無いままだ。
馬車にでも乗ってしまって、一気に移動したとか?
いっそ風の魔術で空気を集めて匂いを嗅げば、方向だけでも絞れないかな。
いや、もしかすると……。
「一度、家に戻ってみようか。意外に近くにいる可能性もあるかも」
「家に?」
「家だから匂いが強くて当たり前だと思っていたけど、周りは残り香しか感じないんだよね……。念のために家の近くを確認しておきたいかな」
いなかったとしても、捜索範囲をこれ以上広げる前に可能性を潰しておきたい。
家に戻るとティアナちゃんが出てきた。まだ見つかってないと聞いてがっかりしている。
やっぱり、家に戻ると匂いが段違いに強い。古い匂いだけじゃない気がする。
おりんも気がついたようだ。こちらを見てうなずいている。
「やっぱり、家の近くが怪しいね。チア、上をお願いできる? 屋根とか木の上とか」
「りょーかい!」
風精霊の靴の力で、チアが二階建ての屋根の上まで一息で飛び上がった。
アルベール君とティアナちゃんが目を丸くする。
わたしとおりんは家の周りをぐるりと回ってみる。
「この家、もともとあったレンガづくりの小さな倉庫を一部流用して木造の二階建てにしてあるみたい。歪なのはそのせいだね」
外から見ても、天井や床の高さがまちまちになっているのがわかった。
チアが上からふわりと飛び降りてくる。
「上にはいなかっ……あっ!!」
下りてくる途中で声を上げた。
「今、隙間から見たかも」
チアが指差した一階と二階の間くらいの高さ、板のわずかなすき間に三人とも浮き上がってかじりつく。
「見えないですね。何かあるのはわかりますけど、ガラクタか生き物か判別できないです」
「ちょっと動いた気がしたんだけど」
「……あ、でもこの匂いだ。やっぱり奥にいそう」
地面に下りるとティアナちゃんが駆け寄ってきた。
アルベール君はなぜか赤い顔でそっぽを向いている。
……ああ、スカートで浮いてたからか。
「見つけたよ。あそこ辺りの奥にいるね」
「お家にいたの!?」
びっくりしているティアナちゃんとアルベール君に、中から猫がいた場所を案内してもらった。
「多分、この奥じゃないかと思うんだけど」
階段の途中は縦板がなく、二階の床下と一階のレンガの天井の間は、隙間がそのままむき出しになっている。
猫は通れるだろうけど、残念ながら人が通れるほどのスペースはない。
ここまで来るとはっきり匂いもわかる。
チアと場所を交代していると、飛び出している釘の頭にフードが引っかかった。
色々雑な家だな。なんなら、自分で作ったのかもしれない。
「たまにここで昼寝してるんだ。でも、奥に入ってたことはなかったんだけど……」
「奥に行って、出れなくなっちゃったのかな……こっからじゃ見えないね」
わたしと交代して隙間をのぞいているチアが、階段の上にいるアルベール君に首を振った。
「探検でもしてたのか、それともびっくりして奥に隠れたのかもね」
「びっくりって、何に?」
ちょうど大通りの方から石を叩く大きな音がして、床がわずかに揺れた。
「これとか?」
「そういえば大通りの工事、あいつがいなくなった日からだ」
アルベール君とティアナちゃんが隙間に向かって、猫の名前を呼ぶけど出てくる気配はない。
あまり鳴かない猫だと言っていたとおり、鳴き声もしない。
「床を壊しちゃう?」
「中で迷ってるだけだから、それよりはストラミネアに頼んだ方がいいかな」
「じゃあ、チアが行ってくるね」
そのまま飛び出していった。
アルベール君たち二人はまだ頑張って、交代で声をかけている。
ストラミネアは情報収集に出かけているけれど、家に戻れば連絡用の分霊が待機している。
しばらく待っているとチアが戻ってきた。
姿は見えないけれど、ストラミネアも一緒だろう。
二人と交代したチアが隙間の前で待っていると、不思議そうな顔をしたグレーの猫がふよふよと飛んできて、チアがそれをしっかりと抱きかかえた。
「セキワケ!」
ティアナちゃんが嬉しそうに叫ぶ。
ちび姫エライア様といい、なんか名前がいちいち相撲寄りだな……。
「お姉ちゃんたち、見つけてくれてありがとう」
「ごめん。本当はちゃんとしたお礼したいんだけど……」
アルベール君が申し訳なさそうに言う。
「気にしなくていいよ。そういう依頼だし」
「ねえねえ。アル君、ティアちゃん、今度一緒に遊ぼうよ。チアたち引っ越してきたばっかりで、こっちの方は今日初めて来たんだ」
「……ああ、なるほど。そうですね。この辺りは私たちよく知らないので、案内してもらえると嬉しいです」
チアとおりんの申し出に喜んで了承してくれた二人と別れて、わたしたちは冒険者ギルドへ報告に向かう。
「あの子たちができるお礼をとっさに考えてあげるなんて、チアちゃんは優しいですね」
おりんが感心したふうにチアを褒めた。多分、深読みしすぎじゃないかな。
この子の性格的に、単純に知り合った子を遊びに誘っただけのような気がする。
そもそも依頼だったことを覚えていたのかも疑わしいところだ。
「遊ぶ約束しちゃった、楽しみ〜」
……やっぱりね。