56 ギルドカード
あいさつ回りを終えてから、朝ごはんのおかわりを我慢させたチアのためにも、早めにお昼ごはん作りに取り掛かった。
鹿型の魔物の肉で煮込みハンバーグを作った時に余ったひき肉があるので、ボロネーゼにしよう。
食べ終わったチアは、お腹を抱えて昼寝をしにベッドに直行した。
今度は牛になるぞ。
予想していた量の三割増しで食べたな、あの子。
特に急ぎでやることもない。
昨日作った魔石扇風機を動かすと、今日も今日とて暑い日差しを避けてベッドでごろごろする。
――そう、昼寝だ。邪魔をしてはいけない。
「すいませーん」
いきなり邪魔をされてしまった。
門の鐘がからんからんと乾いた音をたてた。
お腹いっぱいのチアは、もうすでに夢の中だ。
わたしは扇風機の角度を調整していたところだったので、そのまま起き上がりかけたおりんを手で制して外に出た。
「うわ、暑い」
照りつける日差しに、思わず回れ右したくなった。
「お待たせしました」
門まで行って声をかけると、訪ねてきた若い男は、額の汗をぬぐいながら、はきはきした声で用件を伝えてきた。
「ロロナ様のお屋敷でよろしいでしょうか。冒険者ギルドよりお届けものです」
封筒を差し出してきたので受け取ると、中には硬いプレート状のものが入っている感触があった。
「それでは、よろしくお渡しください」
若い男は頭を下げて帰っていった。
使用人の家から出てきたから、普通に使用人と思われたんだろうな。
夕方、おりんとチアは庭に出ていった。
チアにも精霊の靴を使った移動に慣れてもらいたいので、おりんが教えることになったのだ。
あれは長距離の移動にはもちろん、わたしが屋敷の門や壁を飛び越えるのに使ったように、瞬間的な跳躍の補助にも使える。
戦闘時はおいおいとしても、移動時には使えるようになっておいて欲しい。
まだ時間があるので、まずはガトー・ショコラ作りに取り掛かる。
チョコレートそのままでもいいけれど、よく食べる子がいるので食べごたえのあるものにしよう。
ガトー・ショコラをオーブンに入れて焼き上げている横で夕ごはんを作り始める。
そろそろ呼びに行こうかと思ったところで、二人が帰ってきた。
チアはご機嫌そうな顔をしている。うまく扱えたのか、よほど楽しかったみたいだ。
ごはんを食べながら話を聞く。
「どうだった?」
「チアちゃん、もう私よりうまいかもしれません」
おりんは少し困惑気味だ。
チアがもぐもぐしてから、元気よく答える。
「おもしろくて、いっぱい遊んじゃった!」
「そ、そう……」
それだけ言うと、チアはすぐに食事に戻った。
「どんな感じだったの?」
「覚えが異常に早いですね。空中での姿勢制御もすぐに覚えていましたし……」
「短時間でそこまでできるのって、もしかして無能術師だからかな」
「どうでしょう。可能性はあると思いますけど……」
魔力で体の状態を調節する無能術師は、適応力が高い。
精霊の靴という新しい因子に、すぐに慣れたということになるのだろうか。
「まあ、移動もそういうことなら大丈夫そうだね」
あくまで長距離移動用に作ったものなので、高出力でガンガン使うような戦闘補助的な作りにはなっていない。
今度改良しとこう、としゃべりながら頭の端で考える。
「ああ、そうそう。昼寝中に来てたのギルドカードだったよ。明日、見学がてら行ってみようか」
昼間の届け物は予想通りギルドカードだった。
わたしとチアの分で、両方とも準会員ではない正規のものが入っていた。
これでDランクくらいになっておき、チアが自分の身を守れる程度に戦えれば、旅にも出やすくなる。
デザートまでしっかり食べて、チアは昼に引き続き本日二度目のタヌキのお腹になっていた。
ぽんぽこ。
翌日、おりんから聞いた朝の混む時間を少しだけ避けて、冒険者ギルドに行ってみた。
今日はピンとくるものが無ければ依頼を受けなくてもいい。
とりあえず見学半分だ。
おりんは冒険者ルック、わたしとチアは日差し避けを兼ねてフード付きのローブを羽織っている。
普段着よりは、ちょっとそれっぽく見えるだろう。
冒険者ギルドは、ナポリタのギルドの数倍の広さがありはるかに大きい。
冒険者然とした人たち以外に、依頼人らしき人たちや、運送ギルドの配達に来ている人も少なくない。
これなら人の少ない時間帯じゃなければ、女の子三人のわたしたちもそれほど目立たないかな?
「おっきいねー」
「ロロちゃんたちも受けれる依頼となるとあの辺ですね」
とてとて歩いていく途中で、横から意外な人物に声をかけられた。
「あれ? もしかして、ロロとチア?」
「ミラドール?」
「ミラちゃんだー」
「二人の声がしたから、びっくりしたよ」
同じ孤児院出身のミラドールだった。
見覚えのある三つ編みの持ち主は、ここ半年ほどでまた背が伸びたみたいだ。
元々細かったせいもあって、余計にひょろりとした印象を受ける。
チアが突撃していって、ミラドールにそのまま抱きついた。
勢いよく飛び込んできたチアに、ミラドールから踏まれたカエルみたいな変な声が漏れた。