54 あいさつ回りとメイドのジニー
昨日、調味料やら色々と作ってしまったのもあり、作りたいものがたくさんあるので、料理はしばらくわたし担当だ。
今日はちび玉ねぎや白いパプリカを使ったピザトーストだ。
パン屋にも行きたいし、肉屋にも一度行った方がいいかな。腸詰めでホッドドッグなんかも作りたいかも。
「ロロちゃん、チアもう一枚食べたい」
「朝からタヌキに!?」
チアが気に入ってくれたのは嬉しいけど、朝から食べ過ぎて動けなくなられても困るので我慢してもらう。
成長期だから、よく食べるのはいいんだけどね。
昨日の袴風のエプロンドレスを、二人にやり方を教えながら着せていく。
着付けが大変だから本当の袴ではなく、あくまで袴風のモダンドレスになっている。なので、そこまで難しくはない。
当然、作る時の細かい調整は蜘蛛神に投げた。着やすく、ずれにくく、動きやすく、そしてかわいい。蜘蛛神様には頼りっぱなしだ。
リクエストされて、私も一度スカートを着物の下に入れて着てみせたところ、おりんがかわいいを連呼していた。
チアにもやってもらったけど、着物の模様がしっかり出るので、確かに袴スタイルよりかわいく見えるかな。
でも、お姫様っぽさはやっぱりおりんが一番だと思う。
長い時間を地中のダンジョンで過ごしたせいか、あれから何ヶ月か経つけど未だにおりんの体は極端に色素が薄いままだ。
立ち振る舞いもきれいだし、長いしっとりとした黒髪や、天然の黒猫耳と尻尾が着物に映える。
軽く言ってみると、おりんがものすごく照れていた。
朝ごはんを食べているとしたら遅すぎるだろう、くらいの時間になったのであいさつ回りに出かける。
一軒目の女の子が二人いるという家にはチョコレート、二軒目の学生の兄弟がいるという家にはチョコレートとタオル半々で、裏は維持管理の使用人だけなので、タオルのみだ。
一軒目を訪ねると、口ひげをたくわえた中年一歩手前くらいの執事さんが出てきた。
「王都へようこそ」
サミュエルと名乗った執事さんは、王都に住むのが初めてと聞くと、優しく笑んだ。
自分の屋敷の前を通り過ぎて、反対側の隣、二軒目へ挨拶に向かう。
こちらではメイド長と思われるおばちゃんが迎えてくれた。
あいさつをして、粗品を渡す。
子供三人暮らしと知って、随分と心配してくれた。
「この王都には、もちろん悪いやつもいるけど、なんだかんだいい人の方が多いからね。もし困ったり我慢できない事があったら誰かに相談するんだよ。人生は長いんだ、人間いざとなれば、なんとでも生きていけるもんさ」
なんだか心配してくれたのはわかるが、かけてくれた言葉がやたらとオーバーな気がする。
屋敷を辞しておりんと頭に疑問符を浮かべていると、わたしたちを待っていたらしい十三、四才の使用人姿の女の子が声をかけてきた。
「ああ、ちょうどよかった」
「こんにちは、何か御用?」
「さっきキミらが来た、バーレイ家で働いてるジニーだよ、よろしくね。執事のサミュエルさんから伝言。うちとリンドムル子爵はいいけど、裏のドラードフ伯爵にもあいさつに行くのなら、今は領地に帰ってて使用人しかいないから、食べ物はオススメしません。だって」
なぜか喋り方と顔真似までしながら伝えてくれた。
元々知っている内容の話だったけど、わざわざ使いまで出してくるとは優しい人たちだな。
「そっか、ありがとね」
「ジニーちゃんありがとー」
「私は頼まれただけだからねー。いいってことよ。キミらカワイイ服着てるねー」
チアと、いえーい、と言いながら握手をしている。
初対面なのにフランクな子だ。まあ使用人同士だから、変にかしこまってもおかしいか。
「日国の給仕服だよ、いいでしょ。それより、わざわざ暑い中待っててもらったみたいで悪いね」
「ぜーんぜん。ちょうど出てきたとこだったから待ってないし。そういえば、あれ美味しいね。見たことないお菓子だったけど」
「食べたの?」
「一個だけだけどね。味見……むしろ毒味かな」
「ああ、なるほどね」
そういえば、相手は貴族だった。
こちらはやって来たばかりという、知らない三人組だ。毒味くらいするだろう。
「せっかくだからお茶でも飲んでく? あのお菓子なら、まだあるよ」
作ったお菓子を褒められたわたしは、嬉しくなってジニーをお茶に誘う。
「ロロちゃん、よその子をサボらせようとしないで下さい」
真面目なおりんに怒られてしまった。
ジニーは仕事中だもんね。
「お、話がわかるねえ。もちろんいただいてくよー」
「お茶していくんですか!?」
「リンドムル子爵の所から出てこなくて待ってたって言っとけばいいんじゃない」
「それそれ」
ジニーと手を叩き合う。
使用人なんて、見てないところで適度にサボるもんだよね。
おりんは頭を抱えていた。
ジニーを家の中に案内する。
「わー、お台所すごいね。それに、思ったより、全体的にキレイなんだね」
「今回住むのに、結構手を入れてるからね。水回りはほぼ丸々だし、二階もフローリングに変えたりしたし」
「フロー……?」
ジニーが何それ、という顔をしたので、見せてあげることにする。
「見てみる? チア、お茶淹れてる間に見せたげて」
「あいあーい」
おりんがお茶を淹れて、わたしはチョコの余りを一部取り出してお皿に並べておく。
「いやあ、なかなか凄かったよ。靴なしってのも楽そうでいいね。使用人の家にお風呂まであるなんてびっくりしたよ」
チアの案内で一通り見てきたジニーが、戻ってきて椅子に座った。
紅茶とチョコレートをジニーの前に出す。
「元が殺風景で、あちこちリフォーム……改築しちゃったからね」
ジニーの視線は、すでにチョコレートにしか向いてない。
四人で紅茶とチョコレートを片手にテーブルを囲む。
ジニーが、早速チョコレートに手をかけた。
「あー、他の色のやつもいいね。でもやっぱり白いのが一番かな。……紅茶も、うちより美味しいや。淹れ方教えて欲しいくらい」
ジニーは喋りながらも、一口ごとに目を閉じてチョコレートを味わうのに集中している。
簡単に自己紹介して、わたしとチアはナポリタの孤児院出身のことや、三人とも身寄りはない事、それから王都の市場やお店の話なんかも少しした。
そろそろ時間的に帰らせた方がいいかな、と思っていたところでジニーが話を変えた。
「それでさー、キミらって誰に囲われてるの?」
何言ってんだ、この子。
わたしが怪訝な顔をしている横で、おりんは紅茶でむせている。
チアは意味が分からなかったみたいで不思議そうな顔をした。
「……なんでそう思ったか聞いていい?」
「そんなキレイな服着てて、かわいい子揃いな上におまけに身寄りがない孤児院出と聞けば、そう思うでしょ。実際入ってみたら、体を洗えるお風呂と、その、色々と使えそうな大きなベッドもあったわけだし……あと気を悪くするかもしれないけど、君らみたいな獣人の子は、貴族の家では人目につく仕事はさせないものなんだよね」
おお……たしかに状況証拠が完璧だ。
どこぞのお貴族様の別宅だと思われたってことか。
おりんの目が、お前のせいだからなんとかしろと言っている。
「うちのご主人は女性だし、そもそも貴族じゃないから」
「え? ホントに?」
これ、リンドムル子爵のところのメイド長もそう思ってたな。
かけられた違和感のある言葉に合点がいった。
「…………」
スッと、ストレージに入れていたチアの誕生日ケーキの残りを出す。
「あ、この前のケーキだ」
「これもどうぞ」
「え、今どこから……――――! 何これ!? ふわふわで甘くって……すごいおいしい!」
ふっ、そうだろう、そうだろう。
「お休みの日はいつでも遊びに来ていいからね。お茶とお菓子用意して待ってるから……だから変な噂が立たないようにお願いね。わたしたち、友達だよね」
ポン、とジニーの肩を叩く。
「会った瞬間から、友達になれると思ってたよ……たまにお風呂も借りていいかい、親友」
「もちろんだよ、親友」
とりあえず、買収に成功したらしい。
「こんな利害関係だけの友人は初めて見ました」
「おりんちゃん、これってウラ取引ってやつだよね」
ちょっとチアの教育に悪かったかもしれない。
あと、どこでそんな言葉覚えてきたんだ。
「それでさあ、本当の所はどうなの? そういう扱いされないように噂流すにしても、多少は材料ないとやりにくいんだけど」
素に戻ったジニーが、改めて質問してきた。
さっき言ったことは信じてくれてないみたいだ。
もうここまで来たら、協力者になってもらった方がいいだろう。
「ぶっちゃけると、この屋敷の主人はわたしなの」
「……何をどうやったの?」
ここはいつも通り、ストラミネアを頼ることにする。
「ストラミネア、ちょっと来てー。本気バージョンでね」
数秒後、紫と白で構成された半透明の風の精霊、ストラミネアが威厳のある八頭身美女の姿で現れた。
「神様!?」
「精霊だよ。まあ、こういうこと。ちなみに、国王様も知ってる。ストラミネア、ありがと。もういいよ」
一礼して、ストラミネアが姿を消した。
ジニーが息をついた。
「はー、びっくりした。精霊使いってやつ?」
「そんなとこ。でも屋敷をもらったはいいけど、獣人の子供が貴族街の屋敷で主人やってるなんておかしいでしょ。気に食わない貴族に嫌がらせされても困るし……家もらっただけで、貴族になったわけじゃないけどさ」
実際にそこまでする輩がいるのか知らないけど、貴族は自分の立場にプライドがあるものだ。
貴族街に住んでいるのを知れば、普通は嫌な顔をするだろう。
「それでメイドのフリして、使用人の家で生活ってわけね……それなら普通のメイド服を着て目立たないようにしとけばいいのに。そんな派手な給仕服着ちゃって、何やってんの?」
ジニーのセリフの最後には、「バカなの?」という言葉が省略されてくっ付いている。
おりんも、それ見たことか、と言わんばかりの顔でわたしを見ている。
わたしは明後日の方に目を向けた。
「だって……うちの子たちがかわいいから、つい……」
「孫に服を買うお婆ちゃんか!」
ジニーの前に、先ほどと同様にストレージから取り出した鹿肉シチューの入った器とスプーンを置く。
湯気が立ち昇るシチューに、ジニーが無言で手をつけた。
一口食べた後は、器と口をスプーンが高速で往復していく。
食べ終わったジニーが、フッと笑った。
「貴族街の噂話なら右に出るもののない、このジニーお姉ちゃんに全て任せなさい」
「ありがとう。頼りにしてるよ、お姉ちゃん」
がっしりとかたい握手を交わす。
「どうしよう、おりんちゃん。お姉ちゃんが増えたよ」
「どうもしなくていいので放っときましょう」
その後、さすがに長居しすぎたとジニーは慌てて帰っていった。