53 猫耳少女は意識し始める
おりん視点です。
「また着方も教えてもらわないといけないですね」
「そうだね。チア、服脱がすからおいで」
ロロ様が、チアちゃんに声をかけながら、こちらに背を向けた。
それを見て自分も服を脱ごうとしたが、ふと手を止める。
そのまま鏡の前でスカートを広げたり、くるりと一周その場で回ってみたり、それから、エプロンを外してもう一度鏡を見る。
うん。少し横から見ると、袖がとてもきれい。
どうしよう。この服、ロロ様が着た時のかわいさももちろん文句なしだったけど、私自身もすごく気に入ってしまった。
こんなゆるんだ顔は、絶対に見せられない。
調子に乗って色違いも作ってみようとか言い出すに違いない。
それからスカートを一度脱いで、ふとした思いつきで赤い着物の下にはいてみる。使用人からは更に遠のいたけど、鮮やかなワンピースみたいだ。
下にはいた紺色のスカートの裾が少しだけ下から見えているせいで、はしたなさもない。
大人っぽさは抜け落ちたけど、これはこれでかわいいかも。
でも、これだとむしろ……
「わあ、おりんちゃんお姫様みたい」
「ん?」
チアちゃんの声に、ロロ様が振り向く。
「…………」
「いや、なんで無言なんですか」
驚いたような顔のまま、ロロ様が固まった。
「……あ、ごめん。おりんがキレイすぎてびっくりした。うん、すごく似合ってて、本当にお姫様みたい…………いや、むしろ……尊い……」
チアちゃんはかわいいより上の褒め言葉が欲しかっただけだろうけど、本物をいくらでも見たことがあるロロ様にお姫様とか言われるのは、少々反応に困るところだ。
チアちゃんが先に言ったからだろうけど、驚いた顔からして、褒めてくれたこと自体は嘘ではないのだろう。
つい嬉しくなってしまった。
「……ありがとうございます。よく分かりませんけど……あの、なんで拝んでるんですか?」
自分の声が少し弾んでいるのが分かる。
「尊いから」
何それ?
変なことを言い始めたことについては、もう無視してしまうことにした。
「それより、勝手に変な着方してしまいましたけど……」
「ううん。メイド服からは遠くなっちゃうからやらなかっただけで、元々そういう風にも着れるようなデザインだから大丈夫だよ」
「そうでしたか、じゃあ着替えちゃいますね」
それを聞いて安心すると、今度こそ服を脱ぎ始める。
ロロ様は慌ててチアちゃんの方に向き直ると、服を脱がせる作業に戻った。
今日は何かを思いついたらしく、ロロ様は昔みたいに作業に集中していたようだった。
精神が若くなっているだけで根っこは同じだと言われたけれど、やはり昔とは別人なんじゃないかと思ってしまう瞬間がある。
だから、ああいう昔と変わらない姿が見られると、少し安心する。
魔術一辺倒だった頃と違って、服飾や料理など興味の範囲が広がっているようだが、凝り性なところや、集中し始めると黙々と作業をするところは変わっていないようだ。
私が着替えをする時には、こちらを見ないように特に気をつけていたけれど、それ以外ロロ様は普段どおりのようだ。
あまり昨日のことを気にしてはいないらしい。
私の方はと言うと、恥ずかしい事に昨日のお風呂の件をまだ引きずったままだ。
裸を見せかけたこともだけど、ロロ様に言われた言葉のせいで。
‘’わたしが変な気を起こしたらどうするの‘’
こんなの、もう告白されたも同然じゃない?
変な気を起こすって、その……キスとか、その先とか……そういうことをしたくなるって意味だよね。
そういうことがしたくなるのって、当然、好きな相手なわけで……。
いや、でも、勘違いだったら恥ずかしすぎるなんてものじゃない。
ちょっと落ち着いて、順番に思い起こしてみよう。
再会した時に私の裸に照れていたっけ。
改めて出会った私に一目ぼれしちゃったとか?
まあ、私は自分で言うのもなんだけど結構かわいいですからね。今は年齢的にも近い姿だし。
あの時に、デリカシーが復活したからかも、とか適当なことを言うから……紛らわしい。そのせいで昨日はお風呂で失敗してしまった。
最初は年頃の子供になっているせいで、単に裸を見たり見られたりすることに対して、照れたり恥ずかしがったりしているのかと思っていたけど、どうもそれとは違ったようだ。
前は男性というか、枯れ切ったお爺さんだったし、今は同性で、何よりまだ子供だ。
自分がそういう恋愛的な対象として認識される可能性は、まったく考えていなかった。
少し恥ずかしかったけれど、今後を考えてあえて堂々としてしまったせいで、思い切り裸を見せるところだった。
まったくもう……。
この前、王都で泊まっていた宿の話をした時は、たしか女の子扱いされてたっけ。
女の子一人だから気をつけてって。
うん。とりあえず、女の子扱いはされてる。
女の子に、女の子扱いされてるってのも何か変だけど。
服を着替えた時とかもマメに褒めてくれるし。そういうのポイント高いよね。
その褒め言葉の一つ一つに好意がひそんでいたのかもしれないと思うと、ちょっぴりむずかゆい。
おっと、少し脱線してるかな。
うーん……思い起こす限りでは、特別な感情は見当たらないような……
そもそも、あの時にロロ様が言いたかったのは、肌をみだりにさらさないように、ということだったはずだ。
ひょっとしたら、言うことを聞かせるために、わざとオーバーに言ってみたのかもしれない。
それなら相手が私じゃなかったとしても同じ言葉を使ったわけで、もしそうなら、完全に勘違いだってことになってしまう。
冷静になってみれば、‘’変な気を起こしたら……‘’の‘’変な気‘’というのは、恋愛対象として見るようになったらという意味の可能性もあるよね。
つまり、まだそういうステージに私は立っていないのかも。
思春期の子が姉の裸に焦った、というイメージが一番近いんじゃないだろうか。
大体、あの人に恋愛感情があるっていうのが、まず想像しにくいのだ。
私が知っていた昔のご主人の姿は、多くの弟子を育てながら研究に没頭する魔法使いや、盤石な準備を整えて帝国の脅威を打ち倒す老獪な魔術師や、姪や甥の子孫たちを孫のようにかわいがる爺だ。色や恋などかけらもない。
そのかわいがり、自慢する身内の中に自分も含まれていたと聞いたときは少し驚いたけど。
それが今はあのかわいらしい姿だ。正直、困る。
明日は、あのタイショーロマンって服を、私が着たワンピースみたいな着方をしてもらおう。絶対にかわいいはず。
ふわふわした毛に包まれたあのちょっと大きな耳。あれがズルい。ああいう感じの耳に私弱いんだけど。
あんなのかわいすぎる。卑怯だ。
それで、呪われていた私を助けてくれて、お料理もおいしくて……。
おっと……いけない、いけない。
もう色々考えすぎて、頭から煙が出てきそうだ。
そろそろやめておこう。
あんな一言くらいで、こんなに振り回されちゃって……もう。
とりあえず、まだ特別な好意を寄せられているわけではなさそうかな。
今は、それだけわかれば十分だ。