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52  はかまエプロン、天然猫耳付き

 翌朝、暑くなる前にさっさと買い物をすませようと、一人で市場に行った。

 試着がてら、エプロンドレスのメイド服に着替えて出かけてみる。


 メイドじゃないのにメイド服。変装、変装。


 他の買い物客に迷惑じゃないかな、という勢いで買い込んで家に戻った。

 幸い、大きいお屋敷に勤めてるんだねえ、と言われた程度で済んだ。


「おかえりなさい。変な人に絡まれませんでした?」

「ないない。大丈夫だよ」


 おりんはチアに貴族向けのあいさつなどを教えてくれていた。

 最低限、あいさつと食事マナーくらいはとお願いしている。またレストランに食べに行きたいし、お城に一緒に行くこともあるかもしれない。


 おりんを見ていると、昨日振り返りかけた時にちらりと見えてしまった色素の薄い足を思い出してしまう。

 そそくさと台所に移動した。

 こういう時は作業に没頭するに限る。

 

 あいさつ回りも放ったらかして、今日はひたすら種々の調味料やシャンプー、リンス、調理道具などを作っては鑑定したり、細かな追加リフォームをしていく。

 ついつい経済的に不安が出そうな勢いでやってしまったが、もしお金に困ったら国王にでも売りつけに行こう。


 なんとなく、おりんもわたしに対してぎくしゃくしてる気がする。

 昨日は思わず余計なことを言ってしまった。


 転生前におりんを拾った頃には年を経て色やら恋やらの感情はとっくに心から失せていたので、まさかペット兼弟子くらいに思っていた相手の体が、目の毒だなんて思う日がくるとは考えもしなかった。

 年頃の女の子がはしたない、的な方向で説得しておけばよかった。失言だったな。


 時間経過で落ち着いてくれるのを期待して、そっとしておく。

 たまにこちらを見ている気がしたけど、作業に集中して途中から忘れてしまった。


 とりあえず、ご飯で機嫌を取っておこうと、魔術で圧力鍋状態を作って時短で仕上げた鹿肉シチューにした。


 昨日、一昨日に続き、チアのお腹がタヌキになった。

 おりんも食べ終わった後、満腹になったらしくネコになってしばらく丸まって休んでいた。気に入ってもらえたみたいだ。




 夜、ストラミネアの起こした風で涼みながら、明日の相談をする。

 一日経ったからか、鹿肉シチューが効いたのか、おりんも表面上は普段どおりに戻っている。


 明日はあいさつ回りをしておこうと思うので、二人にも念のためメイド服を試着してもらった。

 生活環境は一通り整えたし、明日のあいさつが終われば、そろそろ冒険者としての仕事を始めたい。


「二人ともかわいい、かわいい」

「メイドさんの服だー」


 初々しさしかない元気印のチアのメイド服姿は、初めての制服にはしゃぐ小・中学生みたいだ。

 鏡の前で回ってるのをみると、あらかわいい、飴ちゃんどうぞと言いたくなる。


「ねえねえ、チア。おかえりなさい、ご主人様って言ってみて」

「おかえりなさい、ごしゅじんさま?」


 チアが小首を傾げる。


「カワイイ! うちの子にする!」

「元々うちの子です」


 おりんは何を着ても似合うので、もはや言うまでもない。でも、少し配色がおとなしい感じがあるのは黒髪だからか。


 そう言えば、メイドがよくつけているイメージのある白いカチューシャは用意してなかったな。

 わたしが銀髪だから、自分だけ着たときは色味的に気が付かなかった。


「おりんは、何を着ても似合うね。あと、なんて言うかブランクあるのに着慣れてる感すごいね」

「まあ、結構な期間着ていましたからね」


 立ち方とか仕草とか、普通に立っているだけなのにメイド感がすごい。大きな屋敷で使用人に混ざってもすぐに溶け込めそうだ。


「ロロ様も今日着ていらっしゃいましたけど、お似合い……と言っていいのか分かりませんが、かわいらしかったと思いますよ」

「そう? ありがと」

「ただ、あぐらを組んだり、そこらの床に座ったり、邪魔だからってまくりあげたりするのはどうかと思いますけど」

「うっ」


 買い物して帰ってきてから、大量の買い出した食材の山にテンションが上がって、我慢できずににそのままメイド服で作業を始めてしまった。

 作業を始めてしまえば、自分が何を着ていたかなんて瞬時に忘れていたので、無意識にそれくらいのことはやっていてもおかしくない。

 

「私とチアちゃんしかいませんけど、あまりはしたない格好は、チアちゃんの教育に悪いですよ」

「……もしかして見えてた?」

「下着のことでしたら、それなりに」


 たまにこちらを見ていた気がしたのは、そのせいだったらしい。




「うーん、ちょっと物足りない感じがあるね」


 やっぱりカチューシャもないとね。

 小さな魔石と布を取り出して、まずはチアの分からだ。


「じゃーん。メイドさんカチューシャ」


 白いフリルのついたヘアバンドをチアの頭にのっけてみる。

 あった方がかわいいね。


「うん、これでよし」


 もう一つ作って、おりんに見せる。


「はい、おりんの。猫耳仕様でかわいくしてみました」

「かわいらしいとは思いますけど……この使用人服には派手じゃないですか?」


 黒いリボンをあしらったフリル付きのカチューシャを見せると、おりんが困った顔をした。

 おりんの猫耳がよりかわいくなるようにと思って作ったら、ちょっと気合いを入れすぎてしまったみたいだ。

 服に合わせることを忘れていた。


「うーん、そっか……」


 いや、蜘蛛神様が作ったカチューシャは悪くないのだ。

 つまりは服が悪い。

 既製品の、適当に買った実用性重視のメイド服だからな。 


 いっそ猫人のおりんだから、鈴とかもあってもいいかもしれない。

 天然猫耳のおりんに似合う服……でもメイドから離れ過ぎてもいけないから……。

 そうだ。和風ならどうだろう。そうなるとカチューシャも直した方がいいな。

 

 大量の布をマジックバッグから取り出し始めると、おりんが慌てて止めてきた。


「ロロ様、ステイにゃ!」


 蜘蛛神の魔法が発動し、あざやかな服が織り上げられていく。

 うん、さすが蜘蛛神様。いい仕事してる。


「カチューシャに合わせた新メイド服! ……なんか今、犬扱いしなかった?」

「そんなことより、またそんな無駄遣いを……」

「かわいいから無駄じゃないの。着せたげるから、まずこの薄いのから羽織って」


 おりんにはバスローブみたいだとでも思われてるかな。

 下着の上に襦袢を着たおりんの方を振り返り、袴を着せていく。

 あざやかな赤色に白や薄い桃色の花があしらわれた布に袖を通して羽織らせる。

 おりんの目が着物の柄にひかれているのがわかる。


 紺色の(はかま)を履かせ、帯を巻き、フリルの入った白いエプロンを上からかけた。

 赤いリボンと鈴のあしらわれたカチューシャを頭に載せる。


 着せていくに連れて、おりんの目が冷ややかになっていく。

 カチューシャ自体も作り変えてしまったし、何のために服を作ったんだと思われているんだろう。

 もちろん、おりんをかわいくするためです。


「わー、おりんちゃんきれい」


 半眼になっているおりんを、チアが褒めた。

 おりんの目が鏡に向かう。


「あ、かわいい……」


 思わず、といった感じでぽつりと声が漏れた。

 ハッとしたおりんが、手を口で押える。


 おりんの反応に頬が緩んだ。

 鏡の中には、おりんの横でだらしない顔をしてにへにへ笑っているわたしが映っている。


「でしょでしょー。前いた世界の服だよ。タイショーロマンだよ。かわいいでしょ。おりんが着ると、エプロンなかったら、異国の女学生みたいだよね」


 おりんが咳払いをした。

 そんな事をしてももう遅いよ。

 袴エプロンのかわいさを認めるがいい。


「これ、本当に使用人服ですか? この袖ではとても仕事できそうに思えませんけど」


 む、実用性の話で来たか。


「そのままだと、どちらかというと給仕服で……ウェイトレスさんとか客間(パーラー)メイドっぽいかもね。でも袖を絞れるから」


 細長い布を取り出すと、背中や肩のあたりに巻いて結ぶ。袖が二の腕まで上がった。


「たすきがけって言うんだよ」

「きれいな服だとは思いますし、着て働けるのは分かりましたけど、これを着てあいさつ回りは止めておきましょうよ。使用人だと思ってもらえないんじゃないですか」

「えー、いいじゃない。うちの制服はこれにしようよ。チアも着てみよ」


 おりんのたすきがけを外して、今度はチアの分を作る。

 完成した着物には、わずかに桃色がかった白い生地に、赤やピンクの花が踊っている。

 淡い色の帯に、おりんと同じ同じ紺色の袴を合わせた。


 着せ替えたチアに、お揃いに見えるように作ったカチューシャをチアの頭に載せた。


「うん、チアの髪は栗色だからこういう色の方が合うね。スカートは赤い方が合うと思うんだけど、それだとさすがにメイドさんに見えないからね」

「そうですね。チアちゃん、似合っててかわいいですよ」


 チアがスカートを広げて鏡の前でくるくる回る。

 カチューシャに付いている鈴が涼やかな音を鳴らした。


「えへへー、ロロちゃんも着ようよ」

「ん、わたし? うーん……」


 髪の色を考えると濃い色の方がいいかな。

 おりんのより、更に深い赤色で織り上げる。


「えっと、こんな感じで」


 着替えて二人に見せる。

 こういう、きれいな服を着て人に見せるというのは、生まれ変わってからでは初めてかもしれない。

 ちょっと気恥ずかしい。


「ロロちゃん、かわいー!」


 チアが飛び跳ねながら抱きついてきた。

 鏡をのぞくと、自分の姿から受ける印象がいつもとはだいぶ違っている。

 蜘蛛神様の満足そうな顔が見えた気がした。

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