51 おりんハプニング
夕方の前に起きだして、お茶で一服したあとリフォームを開始した。
さて、まずはトイレだ。
水の魔石を使ったかろうじて水洗から、魔術を駆使して現代日本トイレという名の異世界トイレ風にする。
秋までに温熱便座にしておこう。
おまけで、壁や床にも手を入れて終わりにする。
次は調理場だ。
調理場も地属性魔術を駆使して水回り、コンロ、オーブン、作業台などを整えていく。
飾りっ気はなく、とりあえずは使いやすさ重視だ。
魔石を使った冷蔵庫は本館にあったのを持っていたけど、貴族用だけあってやたらと大きかったので、使いやすいサイズの冷凍・冷蔵庫を作っておく。
次はお風呂……の前に、そろそろ晩御飯を作らなければいけない時間だ。
先にこっちだな。
市場や食料品店で買った様々な食材を全て台所に出していく。
何が必要かよく分からないから全部出しとこう作戦だ。
ネコの姿で寄ってきたおりんが、大量の食材を並べているのを見て、不思議そうな顔で作業台に跳び乗ってきた。
ウロウロしながら出しているものを確認し始めたので、抱っこして足元に下ろす。
「晩御飯の材料になりたくないでしょ」
おりんが慌てて逃げて行った。
創造魔法で醤油を作ってみた。
発酵は違う気がするけど、元が豆なので植物神を頼る。それとも大地神とか豊穣神の分野だろうか。
発酵過程をすっ飛ばすので、やはりと言うか、消費魔力はお高めだ。
豆と小麦、一部雑穀などが材料になって消えた。
一舐めしてみる。
「おおー、醤油だ」
懐かしい。
何かつけるものが欲しい。具体的には刺し身が食べたい。
続いて、ソースを作る。
結構な数の野菜がみるみる干乾びていく。
野菜から抽出された物が集まってドロリとしたソースができていき、更に置いたままにしていた醤油がソースに流れ込んで消えた。
「へ?」
どうやらソースの材料に使われたらしい。
おのれ、貴重な醤油が。
ソースにも醤油って入ってるんだ……。
調味料にする予定なんてなかったので、豆はもう無い。
気を取り直してトマトモドキことアルフィガロを使ってトマトソースを作る。……これは普通にゆっくり煮込んで作ればよかった気がするな。
さて、そろそろメニューを決めないと。
昼はあっさりしたものだったし……何にしようかな。
コロッケ、鹿肉カツ、鹿肉ハンバーグ……ステーキのトマトソースがけ……。
よし、ソースとトマトソース両方を使って煮込みハンバーグにするか。
とりあえず、鹿――正確には鹿系の魔物――のスネ肉を取り出して、魔術でミンチにする。
後は普通に煮込みハンバーグを作るだけだ。
昨日に引き続き、タヌキのお腹になったチアだった。
夕食後、後回しにすると面倒になりそうなので、勢いで一階の奥の壁を壊して、そのまま増築して脱衣スペースと奥にお風呂を作った。
洗浄があっても魔物の血を浴びたりすると気分的にお風呂入りたくなるし、仕事を始める前にやっておかないと。
本館にはお風呂はあるが、いちいち往復するのは面倒だ。
広すぎるかな……でも狭いよりは広い方がいいか。
仕事終わりに三人そのまま入れるように、かなり余裕のある広さにする。
とりあえず試しに入ってみよう。
お湯を貯めながら、簡単に入り方を説明しつつ、お茶で一服。おりんも食べすぎたのか、ネコ姿でソファーに転がっている。
そろそろいいかな。
服を脱ぎ終わったところで、おりんもネコ姿のままでのんびり脱衣所にやって来た。
シャンプーなんかを作るの忘れていたな。
ストレージに入っていた液体の石けんを取り出した。今回はこれを使おう。
先にチアと一緒に中に入り、説明をしながらチアとわたしの体を洗う。
洗浄も使っているし、孤児院時代みたいに汚れていたりはしない。
遅れておりんが入ってきた音がしたので、床に置いていた石けん容器を拾い上げる。
視界に入ったきれいな足先に、頭の端で警鐘が鳴った。
やばい! これは見たらだめなやつ!
振り返りかけていたのをなんとか止めて、反対を向く。
目の端に一瞬太もも近くまでおりんの足が映った。
「あ、ここをひねるとお湯が出るんですね。その石鹸もらえますか?」
普段通りのおりんの声はわたしのすぐ後ろ、頭の上の方からした。つまりはヒトの姿で……さっき見えた足もやっぱりおりんのものだよね、うん。
……顔が熱い。
ネコのままだったらシャワーも使えないし、湯船も足が届かない。
考えたら当たり前だけど。
「あの、おりん……タオルとか巻いてる?」
おりんの面倒そうな声が返ってきた。
「自宅ですし……仕事のあとに同じ時間に入る度にタオル巻かせる気ですか? もう面倒なんで、他人の裸見ていちいち照れてないで慣れてくださいよ。チアちゃんのは平気なんでしょ?」
「チアは妹、妹。じゃあネコになってよ、ネコ。洗ってあげるから」
盛大にため息をつかれた。
「とりあえず、今日だけですよ」
湯船に移動したチアは、お湯に浸かってのんびりしている。
ネコ姿のおりんを、泡まみれにしながら声をひそめた。
お湯も使っているので、チアには聞こえてないだろう。
「もう……前も言ったけど、身体に精神を引っ張られてるんだよ? 枯れてるお爺だった前と違うんだからやめてよ。その……わたしが変な気を起こしたらどうするの」
「にゃ?」
文句を言うと、そうだっけ、くらいのトーンで反応された。
忘れてたの?
前は色も恋も枯れ果てた爺だったし、今は子供だからと思ったのか、もしくは同性で体の構造は同じだからと思ったのか。
「慣れるというか枯れるというか、もう百年くらい待ってもらわないと……」
チアを捕まえて魔術を使い、湯船の端っこにネコ用の浅い浅いスペースを作る。
「えーっと……配慮しますから、その代わり、ネコ姿の時は今日みたいに洗ってもらえると助かります」
「お、ネコ風呂気に入った?」
食べすぎた時とかもネコ姿だし、くつろぐ時ははネコの状態の方が楽なのかもしれない。
浸かるっているのに飽きてプール扱いして遊び始めたチアの相手をしている横で、おりんは満足したのか早めにお風呂から上がっていった。