50 フィフィの演奏
「なんだ、今日は冷やかしだったのか」
「まあ、そう言えばそうだね」
鍛冶屋通りの、場所の確認くらいのつもりだったからな。
「……興味本位なんだが、どんな素材を用意してるんだ?」
バルツに聞かれて、わたしはダンジョン奥で回収した使えそうな魔物の名前をつらつらと並べていく。
「すごい……」
フィフィが息を呑んで、おりんに尊敬の目を向けた。
グリフォンはわたしだぞ。それ以外は国王に渡したレッドドラゴン含めておりんだから合ってるけど。
「確かにすごい、けど……それを持ち込むのはやめた方がいい」
バルツは難しい顔をして首を振った。
「なんで?」
「おそらく、扱ったことのある職人がいない。ここらの職人だとワイバーンくらいが限界だろう。できないとは言わないが、ドワーフの国に持ち込んだ方が出来上がりは間違いなく上だ」
それから、バルツがおりんを見ながら付け加えた。
「ヴィルへ……おりんさんなら、その程度の魔物はいくらでも仕留められるから惜しくないって事なら止めはしないけどよ。それくらいのランクの素材となると、大陸西部の冒険者は、ドワーフの国で作ってもらうんだ」
高ランクの素材は大抵ドワーフの国に運ばれ、欲しい者もドワーフの国まで買いに行くらしい。
そのため、ここらの職人はノウハウがないようだ。
うーん、そういうことなら、いっそ魔法で作ってしまった方がいいかもしれないな。
「ねえ、鍛冶師の神様は鍛冶神がいるけど、革細工の職人たちの神様って何なのか分かる?」
「唐突にどうした? 同じだぞ。火と鍛冶の神だけど、基本的に物作り全般の神だからな」
うんうん、なるほどなるほど。
それなら追加の風精霊のブーツやおりんの装備を作る時は、蜘蛛神に力を借りたけど鍛冶神の方がよかったのかな。
と言っても、実は鍛冶神にはあまり詳しくない。
「そうなんだね、ありがと。ところでバルツ……さん、作業はもういいの?」
「おっと、そうだった。いけねっ」
水を向けると、都合よく作業場の方に戻って行ってくれた。
親父のボッツを呼び捨てにしていたので、息子のバルツにさん付けはちょっと抵抗がある。
「フィフィ、お願いがあるんだけど。鍛冶神について、知ってることを出来るだけ教えてもらいたいんだけど、いいかな?」
「バルツのお尻を叩いてもらっちゃったし、他にお客さんもいないからいいけど……。でも、何で?」
「うーん、バルツさんには言わないで欲しいんだけど、装備を作るのに創造魔法を使おうかと思って。あの魔法は呼び出す神様のことをよく知ってた方が都合がいいの」
フィフィがおりんの方を見る。
おりんなら、使えても不思議じゃないと思ったんだろう。
おりんも否定せず曖昧に笑った。
実際に使うのはわたしだけど。
「私でいいの? 鍛冶神なら、バルツの方がよく知ってそうだけど」
「さっきも言ったけど、バルツさんには言わない方がいいかな」
創造魔法は技術的な問題を魔法で強引に解決してしまう手法だ。
日々腕を磨き、研鑽を積み、より良いものを……と努力を重ねる職人たちには、間違いなくいい顔をされないだろう。
しかし、ドワーフの国まで今すぐ行けと言われても難しいし、装備は下手をすれば生き死にに関わるものだ。
理由を説明すると、フィフィも納得してくれた。
彼女も日々努力しているバルツを見ているから、余計によくわかるのだろう。
「じゃあせっかくだから、歌いながらでいいかな。そっちの方が調子が出るから」
「ほんと? ありがと!」
一度奥に消えてから鳥の絵が彫ってある小さなハープを持って戻ってくると、フィフィのぷちコンサートが始まった。
各地の伝承に詳しいハーフリングだけあって、フィフィも色々な話を知っていた。よく知られていることから全く聞いたことのない話まで、奏でるリズムにのせて、鍛冶神の話を語り、歌ってくれた。
「フィフィちゃん、すごいすごい」
チアが遠慮なく手を叩く。
わたしとおりんも拍手をする。
「うん、すごい。話も面白かったし、完全に聞き入っちゃった」
「素敵な演奏でした」
知識として頭に入れるつもりで聞いていたのに、途中から完全にただの観客になってしまっていた。
鍛冶神だけでもこれだけの話を知っていたフィフィに感心しながら、お礼を言って工房を出た。
武器屋などにも卸しているんだろうけど、販売もしてるのに結局客はわたしたちだけだった。
冒険者たちは朝から仕事をして、仕事帰りに寄る者が多いから、たまたまだろう。
特に、今は夏なので昼間は客は少ないだろうし。
涼しいうちに帰るという目標は達成できなかったけど、装備関係は創造魔法でなんとかするという方針は決まったのでプラマイゼロかな。鍛冶神の話も聞けたことだし。
三人で、できるだけ日陰を伝いながら家へと帰る。
チアは日陰から日陰に跳び移っていた。うん、そういう遊びするよね。日なた踏んだら死ぬやつね。
暑いので、お昼ご飯はトマトもどき――アルフィガロの冷製パスタであっさりとすませた。
食べ終わって、おりんに淹れてもらったお茶をすする。
「さて、じゃあどこから話すかな」
「ほへ?」
この子、すでに忘れてるな。
チアにとっては明日の天気くらいの質問だったのかもしれない。
「なんで色々と知ってるのかって話。今のお昼ごはんの作り方とかね」
「ああ、そのこと」
チアが手をポンと叩いた。
「うーんと……わたしね、ロロナになる前のことも覚えてるんだ」
「それって、もしかして……」
チアが、いつも通りの緊張感のない顔でのんびり続ける。
「犬の時ってこと?」
「ちがう」
この子、わたしをなんだと思ってるんだ。
「子犬の時?」
「まず犬から離れて」
チアへの話は、まず獣人についての説明から始まったのだった。
おりんが猫に変身できるせいで、何か勘違いしてしまっていたようだ。
犬や猫が育っても獣人にはならない。
ようやく前世の話に入る。
他の世界の人間だったこと、どんな暮らしをしていたのかなどをざっくりと。それから、その前はこの世界の魔法使いだったことも。
ぽろっと漏らされても困るので、最低限の話だけに留めておく。
「へー、そうなんだー」
「あんま驚かないね」
「院長先生の部屋の本を読んだり、料理はクロカータさんから聞いたのかと思ってた」
転生者云々はどうでもいいらしい。
改めて聞いたとしても、家族なのは変わらないからとか、この子からはそんな答えが返ってくるに違いない。
チアの頭を撫でると、くすぐったそうにしたあと、ひっついて甘えてきた。
お昼ごはんを食べて、眠くなってるな。
そのままベッドに移動して、話の続きをしながら一番暑い時間帯を、昨日同様ごろごろしてやり過ごす。
シエスタっぽいな。
おりんもネコ姿になってくつろいでいた。
「じゃあ、異世界の日国みたいな所にいたわけですね」
「そうだねー。わたしみたいな行き来もあるからかな。日国に限らず、なんとなく似てるものがあることは多いね。もちろんない物も多いけど」
「……もしかして、二文字の名前には「お」を付けて呼ぶのって」
「向こうの日国の話。こっちにもある習慣かもしれないけど」
「適当ですにゃ」
チアはもう寝てしまっている。
前世の話をして、ちょっと懐かしい気分にひたりながら、わたしも眠りに落ちた。