5 ロロナ、鹿を狩る
冒険者たちによるクマ狩りが行われている間、十日間ほどは採集に出られなかった。
時間があるので、わたしは毎日ルーンベルの魔術知覚の訓練をしていた。
やはり、魔力を流してる間は感じるが、しばらくするとわからなくなるようだ。
「ねぇロロ、これって普通どれくらいでできるようになるものなの?」
「一日にやる時間にもよるし、個人差が大きいから……毎日やってれば、大体十日からニヶ月の間って言われてる……」
「明日から北門解禁らしいし、回数は減りそうね」
ルーンベルが残念そうな声を上げた。
次の日、いつもの守衛さんに見送られて採集に出る。
「まだ魔物が残っているかもしれないから、気をつけろよ」
久々なのもあって、みんな張り切っている。朝早くからの出発だ。
わたしはもう少し寝ていたかった。
「今日は先に小川の所の山菜を採るからな。小川に行くのに曲がるところ、覚えたか?」
「うん。大体だけどね」
そして、川が見える前にその気配に気がついた。
「何かいる」
今日は門を出てすぐにフードは脱いでおいた。感覚が鈍るのだ。
「また牙ウサギか?」
グラクティブが声を潜める。
「ううん、違う……というか、みんなももう見えるでしょ」
「あれか」
「いつもはもっと森の奥にいるのに」
「シカだー」
クマが山から降りてきた影響がまだ残っているのだろう。
小川で鹿が水を飲んでいた。
春なので、もう角は抜け落ちている。
初っ端から切り札ってのはどうなんだと思ったけど、普段はここらにはいないらしい。
貴重なチャンスなら、ものにしておきたい。
「予定変わっちゃうけど、あれ狩ってみていい?」
「いいけど、どうやって?」
「本当は危ない時用にと思ってたんだけど、これを」
「……魔石?」
魔石をのせた手のひらを顔の前に持ってくると、ターゲットの鹿を見据える。
魔力で風の魔術式を魔石の表面に描くと、魔力を吸い取って術が発現した。
発動した次の瞬間、わたしと鹿を結ぶ直線。その近くにあった木々の枝が揺れる。
鹿の首が宙を舞った。
「うおーっ!!」
「やったやった」
「すごい! わたしも早く使いたい!」
「お肉!」
放ったのは、いわゆるカマイタチ。風の刃を飛ばす魔術だ。
初めて見る魔術にみんなが興奮する中、チランジアだけはなにか理由が違う。
わたしも初歩とはいえ、久々の魔術の感触に大満足です。
ちょっともったいなかったかな。
術を放った後の魔石は、予想通り手のひらの上で軽い音を立てて割れた。
春の小川の水は、まだ冷たい。
重くて吊り下げられないので、岩の上に斜めに置いてしばらく放血してから、川に沈める。
鹿を冷やしながら山菜採りだ。
「魔石割れちゃったねー」
割れた魔石を確認してしていると、残念そうにチランジアが声をかけてきた。
割れなければまた肉が獲れるのに、と顔に書いてある。
「もう寿命だったから。ベルに魔力流すのに、結構使ったからね」
「どっちみち、もう限界だったのか?」
「うん。魔力の出力が不安定になってきてて。小さいのがもう一つあるから、訓練の方はもうしばらくできるよ」
しょせんは牙ウサギの魔石なので、この辺は仕方がない。
グラクティブはちょっとホッとしたようだ。
鹿を狩ったせいで、ルーンベルの訓練ができなくなったんじゃないかと心配していたのだろう。
割れた物も、まだ使い道があるしね。と付け加える。
別に無計画に割ったわけではない。思ったより使う機会が早かったのは確かだけど。
「魔石については心配しなくても大丈夫。ベルの訓練を続けるために、前の牙ウサギの皮とか今回の鹿をお金に変えて、魔石を買ってもいいしね」
「私のためになんてのはダメよ」
わたしの提案は当のルーンベルに拒否されてしまった。
「どちらも狩ったのはロロなんだから」
「さっきの鹿みたいに、最後は狩りに使えるよ?」
「そんな都合よく獲物に出会える? それとも魔物が出るかもしれない森の奥まで探しに行くわけ?」
気づかれてしまった。
この調子だと、貸しにしておくからと言っても駄目だろうな。
となると……
「黙って買ってきて、知らん顔して使おうとか考えてないでしょうね」
「まさかー」
牙ウサギの魔石をずっと使ってるふりして、新しい魔石に交換してしまえばいいかと考えた矢先に、先回りしたルーンベルにぴしゃりと言われてしまった。
姉という生き物は、なぜいらないところで勘がいいのか。
心の中で舌を出す。
「てか、ロロは魔力なかったよな。今更だけど、なんであんなことできるんだ?」
なんとなく雲行きが怪しそうなのを感じてか、グラクティブが話題を変えた。
「獣人ぱわー」
「はいはい」
当たり前だけど信じてないな。
ここはそろそろ、それっぽいことを言っておこう。
「魔力はないけど、魔力の感覚自体はなんか分かるんだよね。この前、牙ウサギだって分かったのも魔力を感じたからだし。だから、その動かし方を、獣人の人たちに教えてもらって」
「初めから魔力の知覚ができてたってことか?」
「うん。多分生まれたときから」
「魔力があったら、魔術師になれてたわけか」
大昔から魔術師だったんだけどね。
「じゃあ、そろそろ帰るか。あれ持って帰るのは大変だぞ」
「私二人分より重いよね」
グラクティブが号令をかけて、ルーンベルがため息をつく。
「担ぐのは無理だろ。引きずっていいよな」
「お肉のために頑張る!」
仕留めたわたしに確認してくるガスパルの横で、肉があればチランジアは元気いっぱいだ。
さすがに担げないので、気合で引きずって持ち帰った。毛皮が痛むけど、どうしようもなかったのだ。
解体のメインを引き受けることになったので、わたしは持ち帰る係りは免除してもらいました。
解体も手伝ってもらいたいんだけど、みんな余力あるかな。
「にくー」
元気な子がいるので大丈夫そうだ。
まだ春の早い時期なので、残念ながら鹿にはそれほど脂が乘っていなかった。若草を食べて脂をつけ、美味しくなっていく手前の時期だったようだ。
大部分は今回の収穫の一つとなるコゴミのような植物と一緒に焼かれ、青臭さが強い骨周りの肉については、一緒に採集された野生のワケギの類――要は春玉ねぎ的なものとスープに投入された。
欠食児童たちにとっては、肉というだけでご馳走である。
すさまじい勢いでみんなの胃袋に消えていった。
次の日。
昨日の鹿運びでみんな疲れたのと、鹿がいたことから分かるようにまだ森が落ちついていないという理由もあり、みんなで相談して採集は休みになった。
ルーンベルの訓練も無しだ。休む時は休まないとね。
昼過ぎになって、ようやく割れた魔石のかけらを引っ張り出した。
「これから、ベルの属性適性を調べまーす」
「どうやるの?」
「魔石のかけらを属性変化させるの」
属性変化のしやすさで向いている属性を確認する、昔ながらの古い方法だ。
「はい、これを手に乗せてー。じゃあ、ちょっとベルの魔力動かすから、力抜いててねー」
ルーンベルの手のひらの上に割れた魔石の一部を乗せて、わたしの指を置く。
魔石のかけらに時間をかけてゆっくりと火の属性がうつり、負荷に耐え切れず、そのまま完全に砂へと変わった。
「どう?」
「火の適性はないね」
ルーンベルがいきなりの外れに落ち込んだ。
そのまま、別の割れた魔石を乗せて同じ手順を繰り返していく。
「水は火よりいいね」
「……風は向いてない」
もう最後だ。
魔力の変換を発動させると、魔石は見る間に地属性へと変換され、他の三つ同様砂に変わった。
「うん、地属性の適性はすごく高いね。おめでとう」
お祝いの言葉は、みんなの歓声にまぎれた消えた。
「地属性魔法使い!」
「水属性もいいって」
「地属性かー。ちょっと地味?」
「確かに派手さはないけど、地面はどこにでもあるし使いやすいよ」
属性の適性は人それぞれだ。
適性がなくても魔術は使えるが、適性のある属性を伸ばす方が効率はいい。
「そういえば、ロロも何か適性とかあるの? 昨日は風の魔術使ってたよね」
「さあ……魔力を持ってないんだから、適性も何もって感じだし」
孤児院の者たちの魔力の有無については、以前院長の知り合いの魔術師が訪ねてきたことがあり、その時に確認をしてくれた。